天使の言葉に耳を傾けよ

 周りには何もない、陸の孤島であるシティの流通を一手に担うのが、この貨物駅だった。

 シティの重要な生産プラントである地下工業生産区、そして隣町へと続くトンネルから、ディーゼルエンジンの轟音を響かせる赤い機関車の牽引する長大でもないコンテナ、タンク混成の貨物列車が、これまたそこそこの頻度でやってくる様子は、栄えている訳でも、維持限界の危機に瀕している訳でもない、この町の「微妙さ」をひどく明確に映していた。


 そんな貨物駅に、物々しい武装で身を固めた3機の装脚車両・LVが集まった。

 戦車砲塔ていどの大きさのコア・モジュールから逆関節の脚部を生やし、コア両側面にはハード・ポイントを備え、武器や輸送コンテナ、果ては出前の容器さえ(火薬の出前かもしれない)搭載可能なLVは、この時代においてもっとも普遍的な兵器だった。


 3機のLVには、どれも一撃の重い30㎜重機関砲が2挺吊るされ、戦闘とは程遠いこの場所では異彩を放っていた。

 だが、警戒色にガラス張りのコックピットというなりの2機と比べて、濃紺の対爆塗料に包まれた、いやに攻撃的な機体がストールのLV「Ro-71 ドヴィナー」だった。

 傾斜装甲の多用されたコア・モジュールに、対HEAT成形炸薬弾用爆発反応装甲がこれでもかと貼り付けられたこの機体は、当然軍用機である。Roで71番目に開発された装脚兵器だが、その基本設計はRo初の装脚兵器である「Ro-01 レヴァリツィヤ」から殆ど変わっていない。もっとも、時代と共にソフトウェアや装甲材質は近代化されているが。


 そんな厳めしい機体の足も延ばせぬコックピットで、気休め程度のリクライニングを最大にし、HMDヘルメット・マウント・ディスプレイをアイマスク代わりに、のんきに聞きもしないラジオニュースを流すのは、他でもないストールだった。


《本日のイサカ・シティ周辺の天気は晴れ時々曇り。午前11時現在、シティ最寄りの戦場は第789号要塞付近…》


「…近いな」


 そのとき、HMDのヘッドフォンに酷いノイズが入る。スピーカーから流していたラジオはとたんに聞こえなくなった。


「おいおい、なんだ」

『すみません、通信機の調子が…』

 ノイズの代わりに、男の声。挨拶というわけだ。ストールは計器盤から通信機を操作し、回線を開く。

「あんた、名前は」

『あっ、あ、ちょうど言おうとしていたんです。…ハワードです。よろしく頼みます…』

 知らない名前だった。しかしどうにも気弱そうな男だった。

「…ストール・フィフィスだ。こちらこそ、よろしく頼む。そうだ、もうひとりの…うわっ!」

 直後、強烈な高音が耳をつんざく。また通信機だ。

『すまんすまん、おれのもそのようだ』

 乾いた笑い混じりの口調に、ストールはまたストレートな嫌悪を抱く。

「あんたは」

 ストールは脅迫じみた低い声で訊く。

『ジャックだ。こんな、わけのわからぬ仕事だ。何があるか分からんからな。背中はあんたらに任せる。ストール・フィフィス。名は知ってるぞ。すくなくとも、おれよりは役に立つだろう』

 また知らない男だった。知ってる奴はみんな死んでしまったのかもしれない。しかしまぁ嫌なやつだ、とストールは思った。

「悪いがこちらはあんたの名は知らん。情はもたんぞ」

『それで構わんがね。ところで私には家族がいてな、遺族年金はクライアント様から出されるそうでな、死んだら報酬減額もあり得るぞ、あの倹約婆さんのことだからな』

「まったく、いい父親どのがこんな仕事か」

『これは副業さ。ウチはパン屋でな、中央街4番通りに店がある。『ジャック・ベーカリィ』だ。ほら、あの一番でかいビルにある。農業コロニー直送小麦粉製だ。化学物質まみれの地下生産区のとは違う。美味いぞ?ぜひ買ってくれたまえ』

 酷いマーケティングだった。だがここで良いところを見せてやれば、「買いやすくなる」可能性は否定できなかった。

「…買わん」

『何故だ?』

「…金がない」

そういうことにした。理屈を並べるのは苦手だった。

『あるさ。手に入るぞ、これが終わればな。無論、おれを殺さずに済めばの話だが』

「まあ善処はしよう」


 計器盤を叩くように無線を切る。今日の僚機ははずれ、特に大はずれだ。

 滅入ったり上がったり忙しい一日だな、と彼は思う。

 始まる前から溜まった疲れを溜め息に乗せ吐き出す。これで少しは楽になればいいものの、結局は気分も何にも楽にはならん。彼はひどく辟易した。

 時計に目を遣る。「荷物」の到着まであと10分。本当に何事もなく終わってほしい、ここまで強く願ったのは、久しぶりのことだった。

『あ、あのー』

「今度はなんだ…」ハワードとか言った男だ。またなにかあるのか、と彼はぶっきらぼうに返す。

『大丈夫…でしたか?あっ!個人回線ですので、盗み聞きは…』

「…なんだ、そんなことか」

 心配、心配か。図らずも口角が上がる。

「気配りも大事だが、謙虚すぎるは身を滅ぼすぞ」

『えっ…は、はいっ!』

「ほうら、おいでなすった。まあ、何もないことを祈ろう」

 トンネルの闇の中、前照灯の光が大きくなってくる。

 光は刻々と大きくなる。外部マイクのボリュームを上げると、ディーゼルの唸りが鼓膜を震わす。

「…本当に、何もないと良いんだが」

 だが、疑問だった。先程から、普段なら護衛対象となるはずの受取人の姿が見られないのだ。というのも、そもそも人がいないのである。

 ストールの不安を余所目に、赤いディーゼル機関車がトンネルから顔を出す。低速で場内に進行する機関車には、見たことのない、横幅の広い大きなコンテナを積んだ無蓋車が連結されていた。

「なんだ…ありゃあ」

『あれは…フィフィスさん、これを』

 何かに気づいたハワードが、データファイルを送ってきた。画像付きのようだ。

 開いてみる。

「輸送用コンテナ…GFSのか」

 GFS製の大型輸送用コンテナ、そこにはそう記されていた。画像も目の前のそれとほぼ一致している。

 少なくとも、情報がここまで出回っている程度には普遍的な物らしい。

「ならば」

 その直後、再び聞き覚えのあるノイズが飛び込む。酷い高音だった。3回もされてはたまらない。

「今度はなんだ!」

『そこから離れろ!』

「…誰だ?」

女性の声だった。聞いたことのない。

それに呼応するように、けたたましいアラートがコクピットに反響する。

尋常ならざる事態。通信機をオープン回線に。

「気をつけろ!なにか来る」

『おいおいやめてくれよ、こっちは昼飯を食ってるんだ』

「悪いが後にしろ!兵装に電源を繋げ!」

『そんな、射撃禁止地帯ですよ!?なにが来るかもわからないのに』

「構うな!こんなことで死にたくはないだろうが」

ストールはそう言うと通信機を切り、今度は外部マイクに集中する。

トンネルの奥には急なカーブがある。通る列車は必ずそこで酷い金属音を鳴らす。

なにか来る、と言って想像できるのはそれぐらいのことだった。

だが、そんな予想に反し、鉄と鉄の擦れる特徴的な音が聞こえてきたのだ。それも、短く大きい。

なにかが、なにかが来る。時間はない。

ふと、先刻の謎の通信を思い出した。離れろ、と言っていたあの女。

まさか、とは思った。相手に逃げろと言って攻撃してくる敵はいない。

だが、そういうモノがいるのも異常だ。ならば、あれはなんだ。

「…ッ!?」

光だ。光が落ちた。蛍光灯の明かりが一斉に消えた。

かわりにトンネルを照らしたのは、ゴーグル状のセンサー・ユニットの発する赤い光だった。メインシステムがそのわずかな画像データをもとにデータベースから機種特定に入る。2秒と経たずに結果が出た。GFSのALV近代化計画「100プロジェクト」により開発されたハイエンド・モデル。「G99ALV アルヴァマ―」その改造機らしい。機動性を重視した特別仕様。こちらより巨体だが、動きでは遥かに上だろう。G99はそのような機体だった。

「来る…」

熱センサーが悲鳴と共にトンネル内温度の爆発的な上昇を告げる。

「焚いたか」

重連の機関車が、トンネルから飛び出した。

いや、吹き飛ばされた。見えたぞ。

猛烈な爆音と閃光。状況を理解する間もなく、別の破裂音が、感度最大のマイクに飛び込む。

鼓膜が吹き飛ぶ。なにも聞こえなくなる。

ならば目で見ればいい。影のように黒いボディに赤いカメラアイ。肩にはグラスハープらしきものが描かれたエンブレムが貼られている。

それは躊躇いなく、進路を塞ぐ2機のLVを蹴り飛ばした。ポリカーボネート張りのコクピットが、内側から血で染まるのが見えた。間髪入れずにALVはその腕に握るライフルカービンを連射。マズルフラッシュを見るや否や、ストールは反射的にフットペダルを踏み込んだ。











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A.R. 戦争定食 近衛シスコ @Unsung5358

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