A.R. 戦争定食
近衛シスコ
46億年後のウロボロス
永続戦争。軍需複合体「
のんきに飯を食っていたらお向かいさん家が吹き飛んだなど、日常茶飯事であり、世界とはそういうものだと、彼———ストール・フィフィスは年端もいかぬ頃から認識していた。
彼の母は彼の健やかな誕生と引き換えに力尽き、GFS契約兵士だった父は、いつだかに名も知らぬ土地で戦死したと、名も知らぬ兵士から聞かされた。難しい言葉ばかりで当時こそ理解しきれなかった彼だが、これからは一人で生きねばならぬのだという事実だけは、彼の心に強く刻まれた。
そうして親の愛を知らず、ただ生き抜くことだけに傾倒した彼は強かった。
身を預けていた元Ro社契約兵士、メイナード・カイリー伍長の遺したRo社製軍用
そうしろ、とカイリーは蒸発する前にストールに言い残した。自身の所属部隊は「手違い」で全滅、たった一人生き残り、敵陣ど真ん中のシティに流れ着いた彼は紆余曲折あってストールの元に身を寄せ、何を考えたか装脚兵器のいろはを叩き込んだのだった。
それからまた斯く斯くあって、彼の親代わりになっていたその男もまた、彼の元には既にいなかった。
帰ってこないブーメランは、やはりというべきか戻っては来なかったのだった。
とはいえ、正規軍だけではなく装備ごと軍を脱走した集団、所謂「賊」の襲撃も受けた。
その度に彼は相手をせざるを得なかった。もとより生きることに熱心な彼は、たかが泥棒騒ぎで死ぬことは無いと思っていた。故に強かった。
そして、幾年もそんな生活を続けるうちに、彼の名はそれなりのものとなっていた。
だが、それでも彼の懐は寒いままだし、それを黙認しているのもまた事実。
そして寒いのは懐だけではない。早朝、廃材バラックのひどい外壁は、頬にしみる寒さを提供する。
「ぬあ、寒い」
薄いブランケットを蹴飛ばし、朝から調子のいい身体のわりに、気の乗らない脳みそを起こすべく、ストールはのそのそ洗面所へ向かう。
ちょろちょろと細い水が滴る、見ているだけで気が滅入る貧弱な蛇口で顔を洗うのは、毎朝の恒例。外の水道管が死にかけているのだ。
それが済むと、台所に立つ。戸棚を開けると、いつか鹵獲したレーション・パックの箱がふたつ。中身はサンドイッチとサラダと聞いたが、味は期待できなかった。
「どうせ日は保つんだ」
既に腐っている事には気付いていない。
こうして、備蓄の食材に嫌気がさし、シティ外縁部の商店街に繰り出すまでが朝の流れ。高層建築物が乱立する中心部は基本的に身分の高い者が暮らす場であり、日稼ぎ屋が気軽に出入りできる場所ではなかった。外縁部は中心部から流れてきた廃棄品で生活をどうにかするような連中ばかりだが、ストールも似たようなものだった。
そこら中に露店の並ぶ商店街は今日も賑わっている。貴族たちは支配といったものに興味はない。土人連中もここでは頭を下げる必要もなく、そんなのが一堂に会するが故に治安は悪い。
「食い逃げだ!だれか捕まえてくれ!」
どこかの屋台のおやじが叫ぶ。人波が動き、サンドイッチを咥えた褐色の男が飛び出してきた。一瞬目が合う。どこかでみたような顔だった。おそらくはそうなのだろう。しかしこんな光景がいつものことであり、ここを見下ろす貴族にはエンターテイメントであり、自分たちには日常の部品である、とストールはここに来るたびに思っていた。
特に目移りもせず、いつもの屋台に向かいバナナと弁当を買ったストールは、前に背負ったグレーのデイパックにそれらを詰め込むと、商店街を後にする。
それがおわれば、次は仕事だ。
日稼ぎ屋が気軽に出入りできない中心部に行かねばならない。クライアントはそこにいる。
「今日は荷物の護衛ね。西の貨物駅で、LVに乗って待機。同業者が二人いるから、まあ上手くやってちょうだいな」
眼鏡の女が、唇を尖らせだるそうに言う。昼間なのにやけに暗いこの部屋、女が奏でるキーボードの打鍵音だけがBGM。手入れを知らぬのかと伺いたくもなる、つやの無い長髪を恥ずかしげも無くそのままにするこの女は、ストールのクライアントである。
自分の事を気にしない割には、執務室の家具には口うるさいらしい。部屋には、全く似合わぬアンティーク調のものばかりが揃っていた。
きっと上級人間の集まるシティに流れるものを、この辺境に流してきたんだろう。
それにしてもこの手の種類の人間は嫌だ、と彼はあからさまな嫌悪を表情に隠そうともせず、クライアントの渡した一枚の紙に目を通していた。
「なんだ、荷物の詳細が無いじゃないか」
そこには、ただ「荷物」とだけ記載されていた。中身の分からないものにはたいてい厄介ごとが付いて回るというのは、毎度のことだった。
「嫌だ嫌だ。乗れんわ、この仕事」
打鍵音の単調なメロディに、深いため息が合わさる。ひどい曲だった。
「報酬」クライアントはモニタに視線を向けたまま、抑揚のない声で言う。
ぴくり、と耳が反応する。言われるがままに、改めてよく読んでみる。
「む」
そこにあったのは、100
それは普段の仕事の3倍近い数字だった。これで少しは美味いものにありつけそうだ、と彼はクライアントを尊敬のまなざしで見る。
「よし、行こう」
「そんな目で見ても増やさないからね。それよりちゃんと帰ってきなさいよ、あなた、そんな小銭でもよく働くんだからさ」
ストールは振り向きざまに、そう言われた。
だが、彼は何も言わなかった。日常に何か期待を抱いている訳でもなく、ただそれは「起伏」に過ぎなかったからだ。
近くの誰かが死のうが、次の日には新しい顔が見える。誰も、気に留めることはない。
仕事仲間はだんだんと入れ替わり、ストールはそんな彼らをずっと見てきた。
永続戦争は、人を壊死させてしまったのだろう。
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