誤算
(なんだ……あいつは……っ?)
十数分の交戦をして、木塚は見失った剣崎の姿を探しながらあることに気付いた。それは、彼女の身体能力の向上だ。初めて戦った時は、本来の力を殆ど出さずに弄ぶことが出来た。勇ましく、強い女剣士と注目され始めた彼女の顔を歪ませてやった。しかし、その時は、弱い女の反応を見せられ、湧き上がっていた好奇心が急降下してしまった。そして、今度こそは、と思い、今回の事件を起こしたのだが、完全に押し勝つという展開に持ち込む事が出来なくなっている。それどころか、僅かながら押される時が多々見受けられ、思い通りにいかない展開に苛立ちが募っていっていく。
「生意気なんだよ……エセ野郎が……」
近くに乗り捨てられていた乗用車を、まるで石を蹴るようにして蹴り上げる。乗用車は冗句に十数メートル浮き上がり、飲食店のガラスを突き破る。それにより、割れたガラスの音が静まり返った街に響き渡った。
『きゃあっ!?』
「……あぁ?」
今となっては誰も居なくなった街に、女性の声が聞こえてきた。声のした場所は、すぐ後ろに建てられたコンビニ。強化された目で凝視していると、少女と母親らしき姿が二つ確認出来た。そして、奴を誘き寄せる最高の材料でもあった。
「ククッ、良いもの見つけた」
木塚は手に持っていた刀を鞘に納め、正面から刀が確認できない様に位置の調整を行い、短い息遣いを繰り返してからコンビニへと駆け足で向かう。
「大丈夫ですかっ!?」
コンビニの中で隠れている親子を心配するように叫び、警戒心を取り除こうとする。
「は、はいっ」
「敵は居ません! 一緒に逃げましょうっ」
その言葉に親子は蹲っていた状態から立ち上がると、ガラス越しに手を振ってきた。木塚は周りを気にする演技をし、早く来るように手招きする。それに倣い、二人がこちらに駆け寄ってくる。
(このまま、来い)
「良かった。他の人が逃げ遅れてないか気になってたんですよ」
「あ、あなたは?」
「教師です。生徒を逃がしていたところでした」
コンビニから出てくる親子に、木塚はゆっくりと背負う黒い日本刀に手を伸ばし、笑みを浮かべる。
親子を手中に収め、暴力の限りを尽くさせれば、剣崎は激昂し、怒りに任せて挑んでくるだろう。他の物への思いやりもなく、形振り構わず挑んでくれば、本来の目的が達成される。
「あとはオレにまかせ――」
「二人に手を出すな」
突如、剣崎の声がすぐ後ろから聞こえ、背筋が一気に寒くなる。木塚は振り返りざまに刀を振り抜く。しかし、剣筋を読まれていたらしく、僅かに身を屈ませる形で避けられ、そのまま肩で鳩尾に体当たりされた。
「ぐっ……あぁっ!?」
女とはいえど、常人離れした力が人間の弱点を的確に狙われれば、尋常ではない衝撃に襲われる。内蔵が潰されるのではないかと思える程の激痛が、鳩尾を中心に広がっていく。
当然のように体はコンビニの方へ弾き飛ばされ、自動ドア諸共、店内へと叩き込まれる。それだけでは終わらず、壁すらも突き破り、裏路地にまで追いやられたところで漸く止まった。
「あ……の、糞餓鬼がああぁああぁあっ!!」
木塚は再び店内に乗り込むが、そこにはもう三人の姿はなかった。どこかに身を潜めたという訳ではなく、コンビニ内から出ていったようだ。
どうやら、剣崎の事を見誤っていたのかもしれない。自己主張の少なく、周りに流されやすい彼女が、己の意思で恐怖の対象に物怖じせずに戦いを挑んできた。恐怖に付け込んで良いように遊んでやろうと考えていたが、そういかなくなったかもしれない
「どこ行きやがった……剣崎ぃ……」
今まで挫折というものをしてきた事がなかった。勉強もそこそこに出来れば、運動も出来た。異性にも好意を持たれる事も多く、不自由なく過ごしてきた。何となく就いた教職でも、面倒な事があったが、特に問題なくこなせてきた。生徒にも慕われ、色々扱い易かった。
旅行先で訪れた山道。寂れた寺で無造作に置かれていた日本刀に触れてしまったが、常軌を逸した力を得た上、斬った相手を操れるようになった。最初は気味の悪い代物だと感じたものの、操れる人間が増えていくにつれ、楽しさすら覚えてきた。行方不明者、犯人の特徴が挙げられても、逮捕にまで及ばない状況が面白かった。
自分が動けば動くほど、世間は勝手に慌てふためく。警察が動いても、何の収穫もない。むしろ、被害が増えていく一方だ。
そして、数ヶ月前、一人の生徒を襲った。自分が勤める学校で行方不明者が出れば、ちょっとした混乱が生まれるだろう、と考えた。しかし、彼女は自分の前に現れるどころか、当たり前のように学校へ登校してきた。
挙句の果てには白刀を手にし、人助けをする始末だ。
自分が増やしてきた手駒も確実に斬られ、救出される形になった。最初は剣崎の力量を測る為に差し向けたのだが、苦戦はするものの、必ず勝利している。
自分が直々に彼女を叩きのめしたが、今こうして、立ちはだかってきた。
「苛々させんなよ……」
常人の目では見えない距離で、剣崎が先程の親子と会話しているのが見える。この状況下でさすが母親だのなんだのほざいている。
「剣崎ぃ?」
木塚は舌打ちをし、傍に停まっている車に手を掛ける。
もう一度、奴を叩きのめすしかないようだ。
それも、二度と立ち向かう意思が起こさないように。
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