父として、警察官として
都心部。
黄金色の瞳をした者達が、一般人を襲い始めた。直ぐに近場に居た警察官が応戦したのだが、まるで紙切れの様に薙ぎ払われた。最初の内はたった数人だった者も、時間が経つにつれ、数を増やしていった。その数、およそ五〇。警察側も、数で応戦するのだが、相手の驚異的な身体能力の差に、牛耳られる事となってしまった。その結果、何人もの負傷を出す事となった。本部からは、発砲許可が下りた。市民、自分の身を護る為の最終手段だ。機動隊も出動しており、実際、各場所で機動隊が応戦している状態。それでも、一般人の避難に多くの人員が割かれる事となり、機動隊だけでは荷が重く、防戦一方となっていた。
「撃つ事は駄目だっ!! 彼らは一般人なんだぞ!?」
そんな中、宗司はパトカーに設置されている無線に怒声を上げていた。
『剣崎、そうも言っていられない。実際、何人負傷者が出ているのか知っている筈。そもそも、指揮する側の人間が現場に行くのは――』
無線から聴こえてくる淡々とした声に、忌々しく舌打ちをする。
「あの……あの剣士が言っていた事を無視するのかっ!?」
『問題解決が出来ていない彼女に期待するのか? 当ての無い解決を待ち、負傷者を増やせと言うのか? そんな事ならば、彼ら一般の方には、名誉の負傷として受け取ってもらった方がいい』
「……警察が言うセリフじゃないだろう……っ」
『これが最善の選択だ。君には、抗う権利などない。役職を降りるとなれば、話は別だが』
「もういいっ!!」
宗司は投げつけるように無線を戻すと、共に行動していた來原へと目を向けた。
「來原、上は当てにならん。俺達は一般人の避難を優先させるぞ。拳銃は絶対使うな」
パニックを起こし、逃げ惑う人達の中の数人に、何処に向かうよう優しく促していた來原が、こちらを慌てて振り向き、大きく頷いた。
「はいっ! ですが、僕達だけでは……」
最初よりは減ったが、多くの一般人がこの街に居る。違う場所でも、警察は避難の先導している様だ。しかし、上手く回っていないのが無線から伝わってきていた。こちらも、二〇人以上で行っているのも、明らかに人数不足だ。もっと人が欲しい。
すると、來原が急に頭上を見上げた。
「剣崎警視正っ!!」
宗司の居る後方を指差し、叫ぶ。宗司は後ろを振り返ると、建物の壁を黄色の瞳をした女性が疾走していた。その光景に、愕然とする。
何の支えも無く、壁を走っている。その上、踏みしめた部分は足の形に減り込んでいた。どれ程の力で踏み込めば、あのような形を残せるというのだ。
その計り知れない力に、宗司は息を呑んだ。
來原の声に、他の警察官も女性の存在に気付いた。そして、ホルダーに差していた拳銃を抜き取り、照準を合わせる。
「待てっ!!」
叫ぶが、彼らは構う事も無く発砲する。しかし、女性は銃弾を意とも容易く避けるなり、撃った警察官の一人に向かって大きく跳躍した。一人の警察官の前に降り立つと、手を開いたまま横へと薙ぎ払う。それにより、警察官の体が浮き、すぐ傍に建てられたコンビニへと叩き込まれてしまった。
「馬鹿野郎……っ」
女性の動きはそれだけでは終わらなかった。
突然、悲鳴に近い声で叫んだのだ。その叫び声に、顔を顰めさせながら耳を覆い、彼女が何をしようとしているのかを睨みつける。
「……嘘だろ」
近くに居た來原が、力無く言ったのが聞こえた。
宗司は叫ぶ女性から視線を外し、別の方向へと目を向ける。そこで、何故、來原があの様な声を上げたのか理解した。
黄金色の瞳をした人間が地を走り、壁を這い、建物の屋上を跳び、一〇人を超える数でこちらへと押し寄せてきていたのだ。その光景を目にした警察官は、持ち場を放棄し、一目散に何処かへと走り去っていく。それは一般人も同じで、一層パニックを起こし、他人を強引に押し退けては安全な場所へ逃げようと足掻き始めた。
「こんなの……無理だ……」
來原が絶望に顔を歪めた。しかし、宗司はそんな彼を叱責する事はしなかった。
彼の気持ちが分かるからだ。この状況を、常人である自分達が押し退ける事など出来る筈が無い。挑もうものなら、一秒も持たずに叩きのめされ、最悪、殺されてしまう。
絶望的だ。逃げてしまいたい。この場に居る自分が生きていられる確率は、限りなく〇に近いだろう。無謀にここに居るのであれば、持ち場を離れてしまいたい。
家族の下に帰りたい。
(いや、ダメだ。美紀さんを、葵を……)
家に帰っても、黄色の瞳をした者達が猛威を振るい続ければ、遅かれ早かれ手が回る筈だ。どちらにしろ、家族を失う事になってしまう。ならば、この場で死のうとも、家族への危険を少しでも減らさなければ。
自分の命よりも、大切な物から。
「來原、お前は俺の指示は従い続けると言ったな」
「え……」
「あとは、俺達がやるぞ」
宗司はホルダーから拳銃を抜き取ると、一歩ずつ前進する。
「嫌なら来るな。それでも、責めはしない」
「……いえ、自分の言った事は責任を持つ信条ですので」
來原の覚悟を決めた声に、思わず笑みを浮かべてしまった。
來原は宗司と同じ様に、拳銃を抜き取ると、集団へと向ける。
「いいか、なるべく足を狙え。どんなことがあろうが、殺すな」
「はい。その前に、僕達が死にそうですけど……」
「……それを言うな」
集団が着実と向かってくる。一般人は近くないのだが、居るのにも関わらず、二人しか居ない宗司達へと、視線を逸らす事も無く。進行を邪魔する、乗り捨てられた車やバイクを、まるで玩具の様に横殴りする形で薙ぎ払う。彼らの姿が大きくになるにつれ、心臓の高鳴りがはっきりと伝わってくる。隣に居る來原に関しては、拳銃を持った手は小刻みに震えていた。
距離は五〇メートルを切った。速い者なら、あと六秒もあれば宗司達の下へと辿り着く。しかし、彼らは違う。残り、三秒もあれば宗司達を殺す事が出来る。
「ぐっ……!」
人差し指を引き金に掛ける。
(すまん……)
宗司はここには居ない女剣士に謝罪し、引き金を引いた。
しかし、人差し指が空を切った。その直後、足元に何か小さな物が地面を転がっていく音が聞こえてきた。それは、來原も同じで、彼は『え?』と地面を見下ろした。
「これって……」
來原の声に、宗司も地面を見下ろした。
引き金だ。
「な……」
(何故、引き金が――)
そこまで思考が廻ったと同時に、集団に異変が起きた。
凄まじい速度で迫っていた集団が、倒れていくのだ。まるで、糸が切れた人形の様に、力無く、地面を滑り、宗司達の近くで止まった。その光景が、あまりに異様なもので、呆気に取られてしまった。
「危ないところだった」
女性の、少し前に聞いた鋭い女性の声が前方からした。
宗司はゆっくりと顔を上げ、声の主を見る。
目の前には、あの女剣士の凛々しい後姿があった。
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