私と貴方

 いたちごっこ。


 意味合いなどは知っていたが、いざ目の当たりにすると非常に面倒くさいものだ。自らその手段を選んだとはいえ、ここまでとは思わなかった。


 行方不明者を一人救うと、木塚が別の誰かを斬り、何処かへと連れていく。それの繰り返しで、人数は一切変わらない。行方不明者を救いながら、犯罪者を捕まえる事により、世間の剣士に対する評価が上がったのは確かだ。当初の犯人疑惑もすっかり消え失せ、応援する人が増え始めた。それでも、否定的な人も少なからず存在するが、以前よりもずっと動きやすくなってきた。


 この全てが木塚の思惑なのが気に食わない所はあるも、感謝されるのは嬉しい。そんな人達が心の底から安心して過ごせるように、元凶を早く叩かなくてはならない。


 剣崎は夜の街を、ビルの屋上から見下ろしては深いため息を吐く。手に携帯電話を持ち、自宅で家事をしている美紀と会話を挟んでいた。


『ため息吐くと幸せどっかいっちゃうわよ?』

「出ちゃうよ……。二日に一回はその人達と戦ってるし、ほんとに疲れちゃう……」

『けど、自分で選んだ事でしょ?』

「そうだけどぉ……」

『それで、その犯人はずっと学校に来てるの?』

「うん。先生だしね。突然休みだしたら怪しまれるだろうし」


 人を斬り、他の被害者に街を放った謎の存在と救う女性と世間からの認知は途轍もないものとなってきた。それに伴い、評価も分かれていく。強盗や暴力といった犯罪者が著しく少なくなった事に安心していると話す者もいれば、入れ替わる行方不明事件を二人がかりの自作自演と謳い、批判する者もいる。


 知る者全員が肯定してくれるとは思ってはいない。何かするに対して、必ず肯定と否定が二分化される。肯定はともかく、否定に対して落ち込んだり憤ったりしない。評価の為に、自分は動いていないのだから。


『それもそうよね……。いつ頃帰ってくるの? 今日はお父さん帰って来ないけど』

「もう帰るよ。特に騒ぎはなさそうだ――」


 だし、と言い終える直前、遠くから警察車両のサイレンが鳴り響くのが聞こえてきた。それも一ヶ所からではなく、数カ所から。


『……なんかあったみたいね』

「やり残した宿題を見つけた気分……。すぐに帰るから」

『はい。気をつけて』


 美紀はそう言い、通話を切った。

 剣崎は一つ息を吐くと、意識を集中させる。

 視界が鮮明となり、通行人にぶつかりながら走る一人の男を捉える。


 警察車両に追われているのは木塚や行方不明者ではないようだ。いつも見る何か悪さをした逃走者。警察車両のサイレンに怯えながら走る姿に、二度目のため息を吐く。


「それなら悪いことしなかったらいいのに」


 建物から建物へと飛び移り、逃走者との距離を縮めていく。そして、彼が人気のない路地裏へと入り込んだところで、その路地となる建物と建物の間から飛び降りた。


 行く手を阻む形で降り立った事により、男は慌てて引き返そうと踵を返したが突然だったのもあり、ばたつかせた足が縺れ、盛大に転けてしまった。


「悪い事しても、結局は捕まるんだ。大人しくしろ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 返すから助けて!」


 男が肩掛け鞄から取り出した女性物の財布を数個、こちらに差し出してくる。自分に対する恐れによる罪逃れと一瞬思ったが、彼の仕切りに後方を気にしているあたり、それは違うようだった。


「何から逃げてる?」

「く、黒い男から……っ!」

「黒い?」


 自分よりも恐れている存在となれば、ただ一人だ。


 男越しに前方を見据えていると、靄のかかった男性の顔が覗かされた。


木塚だ。


 彼は黄色の眼を細めさせ、黒い刀で壁をなぞりながら歩み寄ってくる。その光景はまるでホラー映画のワンシーンを彷彿させるものだった。


「ひっ……ひっ……!」


 男は後ずさりながら、剣崎の体に縋りつこうとするが、それを避ける。変に拘束されてしまえば、彼諸共一閃される可能性があるからだ。


 そして、木塚と男の距離がたった数十センチとなった時、木塚は目の止まらぬ速さで刀を振り下ろす。だが、彼を斬るような事はせず、脚と脚の間を垂直に突き刺すのみだった。

いつもの通り魔らしからぬ行為に剣崎は片眉を上げ、二人の成り行きを観察することにした。


 死を覚悟していたであろう男は口の端から泡を吹き、仰向けに倒れてしまう。それもそうだろう。並の人間が真剣を目の前で振り下ろされて平静を保てるはずがない。


 そんな姿を、木塚が顔の靄を振り払いながら笑う。


「いい歳して間抜けな顔してんな。なぁ、剣崎」

「先生も、いい歳して下らない事しますね」

「ほう。言うじゃねえか」

「今回は斬らないのですか?」

「今日にそんな予定はねぇよ。別件だ」


 木塚が刀で茶色のブランド物の財布を差すと、寄越せとばかりに上下させる。


 剣崎は財布を拾い上げ、投げ渡す。


「知り合いのですか?」

「まぁな。ちょっと目を離した隙に抜き取りやがったもんで、脅しも兼ねて追いかけ回してたんだよ」


 財布を受け取った木塚は中身を手短に確認し、ポケットに押し込んだ。


 人を襲ってしかいない彼が人の為に動いている事が意外に感じた。いくら彼でも、知人が被害にあえば動くという事か。


「知り合いの為なら、犯罪者を捕まえるんですね。その気持ちがあるなら、あんな――」

「勘違いすんな」


 木塚が剣崎の言葉を遮り、顎で気を失っている男を示す。


「少ない善意をもっと広めようなんて口走んじゃねえよ。お前がいなけりゃ、ついでに斬ってた」


 少し苛立った様子を見せる。


「オレとお前は相容れねえんだ。仲良しヒーローごっこはごめんだ」


 確かに、刀から伝わってきた記憶からでも、互いを潰し合う光景しか映らなかった。肩を並べるのではなく、殺気をぶつけ合う。今、自分と木塚のような関係が一切ぶれる事なく存在し続けているのだ。


 黒刀に触れた時に伝わってくる悍ましい感覚が、彼をここまで変えてしまった可能性だってある。本来の彼の事は知らないので、一概には言えないが、人を傷つけるのを楽しむ強さは異常だ。


「オレが倒れるまで終わらねぇぞ。勝てねぇんなら、鬼ごっこは続行だ」


 木塚は踵を返し、鼻で笑う。


「……そろそろ、おしまいにしねぇといけねぇな」


 そう言い残し、どこかへと飛び去ってしまった。


 取り残された剣崎は去っていった方向を見つめた後、気を失った男に目を向ける。


 犯罪者ではあるが、得体の知れない者にとてつもない恐怖を抱かせている。それはこの街に住む人達も感じている事だ。武装した警察官でも、彼を押さえ込めないだろう。


 対峙出来るのは同等に近い力を持った自分だけ。しかし、実力では彼には敵わないと実感し、今まで意図的ないたちごっこを続けてきた。重ねてきた犯罪者との戦闘で得た立ち回り方で、ある程度の自信をつける事は出来た。動画でも攻撃の避け方、攻め方なども出来る限り学んで、実践もしてきた。


 あの時よりもまともに戦えるようにはなったが、それでも勝率は甘く見て五分五分。いや、六対四で劣勢だろう。


 正々堂々と戦えば負ける可能性の方が高い。

 彼の言動からして、自分が思いのよらないタイミングで行動に移してくる。先手を打たれてしまえば、確実に自分が倒れる道を歩む事になる。


「私が負けたら……皆が危ない、よね」


 ならば、こちらが先手を取るしかない。


 剣崎は腰に差した白刀をなぞり、唇を僅かに噛み締めた。

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