第3章 皆の為に

 木塚含め、被害者達の襲撃により学校の一部が破壊されてしまい、授業どころではなくなったので、臨時休校となった。だが、あくまでも進学校。自宅学習するようにとの言伝をもらい、自宅にある教科書で予習することになった。


 休校になって三日も経ち、剣崎と緑原は日向の見舞いに病院へ来ていた。最初の二日は精密検査するということで面会謝絶。それもそうだ。刀に体を貫かれても傷が塞がるのは普通に考えればありえない現象でもある。医療に携わる者からすれば、調べないわけにもいかないものだろう。


 しかし案の定、日向の身体に変わったものは見つからず、年相応の健康体でしかなかった。


「さすがの貴美子でも、食欲はないわよね?」

緑原が袋に入った数個のゼリーやプリンを見下ろし、後悔の言葉を呟く。

「かもしれないね。けど、食欲が戻ればいっぱい食べれるようになるよ。戻って食べれるものなかったら、それはそれで辛いと思うし」

「……そうよね」


 二日間会っていない中、彼女はどのように過ごしていただろうか。刺された事を自覚し、殆ど無傷の生還。嬉しくもあるだろうが怖くもあるはずだ。落ち込んでいるなら、どうにかして立ち直らせる。それが親友というものだ。


 日向がいる病室のドアをノックすると、『はぁい』といつもの調子の声で返事が返ってきた。


 病室に入ってまず目に入ったのが漫画を手にしていた日向の姿だ。その横の台には、手にしている漫画のナンバリングがいくつも見受けられる。


 落ち込んでいる様子もなかったので、安心出来た。だが、あまりにもいつもの日向に拍子抜けしてしまう。それは緑原も同じで、呆気にとられ、その場に立ち尽くしていた。


「し、心配して損した……」

「いや、心配してよね。一応、怪我人だよ? あ、プリン! 持ってきてくれたの?」


 日向は緑原の手にぶら下がる袋を見るなり、大きく両手を広げる。


「プリーズ! ここから動いちゃだめとかお菓子はだめって言われて、たまんなかったよぉ」

「それって今もだめなんじゃないの?」


 剣崎は袋からプリンとプラスチックのスプーンを取り出し、問いかけると『今日からオッケーみたい』とすかさず受け取り、蓋を開けていく。


「あー美味しい……。甘さが沁みるぅ」

「……何かおかしなことはない? 気持ち悪いとか意味なくイライラするとか」


 自分に降りかかった感情のぶれを聞いてみる。しかし、彼女はきょとんとした様子で首を横に振った。


「ううん。そんなのはないよ。急にどうしたん?」

「えっと……剣士さんにそんなこと聞かれたから……。斬られた人はそうなりがちだって」

「え、剣士さんと話したの!? いいなぁ!」


 心底羨ましそうに嘆く日向だが、はたして自分の身に降りかかった事を自覚しているのだろうか。話したかったという以前に、自分の命すら危ぶまれたのだ。その事ばかり気にしそうなものだが。


「……元気だね」

「そりゃ、殆どの無傷だし。でも、あの時は痛かったなぁ…。ほんと、死ぬかと思った」


 日向は自分の胸元をさすり、目を細めさせる。


「イライラするとかはなかったけど、寒かったかな。死ぬんだなって思ってたし、二人にもう会えないとも思ってたけど、生きてて良かった」


 患者服の胸元を少し開く。すると、そこには縦に数センチの切り傷が痛々しく残っているのが見えた。おそらく、傷が塞がっていく過程でその治癒力を奪われたからだろう。

剣崎はたまらず目を背け、込み上がってくるものを必死に抑える。


 二人を守り切ったと思っていたが、そうではなかった。親友の一人の体に、一生残る傷を残してしまった。


 あの時、何よりも二人を逃がす事に全力を注いでいればこんな事にはならなかった。しかし、そうしていれば他の人が大怪我を負っていただろう。


全てを護る事は決して出来ない。

自分は何て無力なのだろう。


「痛くないの?」


 緑原が心配そうに問うが、日向は笑いながら首を振った。


「全然。胸に傷って漫画のキャラみたいでかっこよくない?」

「……心配するのもめんどくさくなってきたわ」

「薄情者! 葵、どしたの?」


 視線を逸らしていた事に気付き、日向が問いかけてくる。剣崎は涙が出ない事を確認すると、改めて彼女を見る。しかし、胸の傷が目に入るなりまた、涙腺を刺激してくる。


「な、なんでもないよ! ちょっと痛そうだったから……」

「痛くない痛くない。私より葵も怪我したんじゃないの? そんなこと聞いたけどさ」

「あ……軽い打撲くらいだよ」

「そっか、良かった」


 自分の怪我は放っておけば勝手に塞がるが、彼女の怪我は程度次第で残ってしまう。優先順位を間違えたと思え、自責の念が渦巻く。


 ズキズキと痛む胸に小さくため息を吐いていると、病室のドアをノックする音が聞こえてきた。


「貴美子、誰か来たわよ」

「あれ、朝のうちにお母さんとか来たからもう来ないと思ったけど……誰だろ? はぁい」

来訪者に入るように促すと、ドアが開かれる。


「なっ……!」

「よう、元気かぁ?」


 木塚だ。

 学校を襲撃し、日向の胸に傷を残した張本人が何食わぬ顔で病室を訪ねてきた。どんな神経をしていれば、このような事が出来るのか。


「あ、先生! 来てくれたの!?」

「ついでだついで。竹下先生もここで入院してるからな」


 竹下とは、自分が助けた体育教師だ。襲われた際、足を骨折させてしまい、救急車に運ばれる事になった。あの状況で重傷ではあるが、犠牲者を出していないだけ幸運と思うしかない。


 木塚はこちらを横目で見るなり笑みを浮かべさせた後、再び日向へと目を向ける。その目は、この状況を楽しんでいるのがはっきり分かり、奥底に抑えていた怒りが込み上がってくる。


 しかし、ここで敵意を剥き出しにしても、二人から不審に思われてしまう。それすらも楽しんでいるに違いない。


「適当に菓子持ってきたが、持ってきてくれてんならいらねぇな。これは竹下先生に持っていくか」

「欲しい欲しいっ。お菓子はいくつあってもいいからさっ」

「動けねぇ時に食ってばっかだと太るぞ」

「先生、それセクハラになるからね」

「先生を脅すなんて怖い生徒だな。剣崎、どう思うよ」


 話を振られ、剣崎は木塚を一瞥すると、苦笑して見せる。


「私も先生が悪いと思います。そういうのに敏感ですから、私達は」

「剣崎もかよ……。オレには味方がいねぇのかよ」


 木塚はあからさまにショックを受けた様子を見せ、すごすごと病室から出て行っていった。の際、『しばらく居るから、何かあったらこっちに来いよ』と言い残す。


 ショックを受けていたのを演技だと理解していた緑原、日向は互いに笑いあっている。彼の行っている事を知らなければ、他の生徒から人気のある国語教師だ。裏表がはっきりしている分、タチが悪い。誰も彼が怪しいとは思わないのだ。


 剣崎は彼の足音が遠くなっていくの確認すると、自分も病室のドアに手をかける。


「私、自販機でジュース買ってくるね」

「おっけー。オレンジジュースは外の自販機にあったよ」

「うん、ありがと」


 二人と別れ、外に設置されている自動販売機まで向かう。最短で行けるルートがあったが、今回はなるべく遠いルートで向かう事にした。歩いている間に頭の整理もしたかったし、木塚に対する感情を落ち着かせる為だ。パジャマを着た子供がすれ違う度に、こちらを興味部下層に見上げてきていた。その度、微笑みかけ、軽く手を振っていく。


 目的の自動販売機の前まで来るまでは良かった。だが、その向かい側にあるベンチに座っている男に落ち着かせていた気持ちがあっという間に先程のものへと戻ってしまった。


「どのツラ下げてって顔してんな」

「当たり前じゃないですか。先生は二人を襲ったんですよ? 不愉快です」


 剣崎はベンチに座り、缶コーヒー二本手に持つ木塚を睨みつけ、吐き捨てる。


 木塚が小さく笑うと一人分空いた隣を叩き、座るように促してくる。敵であり、単なる外道の彼の隣に座るつもりなど、毛頭ない。


「まぁ座れよ。あいつらの為にもな」

「……わかりました」


 彼の言動は、二人を人質としてのものだ。場所的にも圧倒的不利な状況である今は、従うしかない。


 剣崎は木塚の隣に座り、差し出された缶コーヒーを受け取り、開ける。それを見届けた木塚が再び笑うと飲み始める。


「ここ三日、姿出してねぇな。どうかしたか?」

「別に。私の出る幕のない事件なだけです」

母にしばらく休めと言われたからだが、自分からみすみす巻き込むような発言などしない。それに漬け込んで母を危険な目に合わせるに違いないからだ。


「なんだつまんねぇな。といっても、オレも出てねぇけどな。学校の事もあっから、時間がなぁ」


 空を仰ぎ、ため息を吐く。

 その原因を作った男が何を言う、と思うが、それは彼の企ての一つだろう。荒らされた学校の整理に尽力するふりをしていれば、他の教員からの更なる信頼を勝ち取ることが出来るため、必然的に犯人候補から除外される。


「再来週には再開出来る目処だから、そんときはよろしくな。優等生」

「願い下げですけどね。本当なら、ここで倒してやりたい。そう思います」

「出来るのか?」


 木塚はベンチから立ち上がるとこちらを振り返る。


「無意識でビビってるのに気づかねえ内はオレには勝てねぇぞ」

「……そんな事ありませんよ」

「それだよ。気付けてねぇ」


 空となった缶を視界に入れていなかった、離れたゴミ箱へと放り投げる。缶一本分の大きさしかない穴にどこも当たる事なく、静かに吸い込まれていく光景を側で歩いていた少年が目撃した。あまりに衝撃的だったのか、その場で立ち止まり人目も気にせず感嘆の声を上げる。


 そんな少年に軽く手を振る木塚が鼻で笑い、笑みを浮かべた。


「でねぇと、あのガキもうちの仲間入りだぞ? ビビリを克服してこいよ。勉強は得意だろ?」


 そう言い、彼は笑いながら病院の方へと歩いていった。


 剣崎は悪意に満ちた木塚の後ろ姿を見送った後、沸き上がる怒りを抑え込めるためにコーヒーを一気飲みする。そして、空になった缶を彼と同じようにゴミ箱へと投げつける。しかし、彼のように山なりではなく、直線。

案の定、穴に入るも勢いに負けて蓋が、大きな音を立てて空中を舞ってしまう。その際、他の缶やペットボトルも地面を転がっていき、ゴミ箱は周囲の注目を浴びる事となった。


 その場から立ち去ろうと病院の方に足を進めた剣崎だったが、すぐ立ち止まった後、駆け足でゴミ箱へ向かい、元に戻しにいく。そして、自販機の小銭投入口に数枚硬貨を入れオレンジジュースを購入した。


「……内緒にしてくれる?」


 剣崎が少年にオレンジジュースを手渡すと、彼は大きく頷いた。


「あれってどうやるの? ぼくにも出来る?」


 普通の人間には到底出来るとは思えないが、純真無垢なその目に現実を突きつけるのも胸が痛む。


「いっぱい食べて、いっぱい寝て、いっぱい運動したら出来るようになるよ。頑張って」


 好きでこんな体になった訳ではないが、それに憧れる人がいるのだと、ここ数週間で実感した。


「わかった! ぼく、がんばる!」

「うん」


 剣崎は少年と別れを交わし、足早に日向の病室へと向かった。


 途中、売店で頼まれていた飲み物を購入していくと、二人はテレビを観ながら談笑していた。


「おかえり、遅かったわね」

「なになに? 木塚先生とお話? いやぁん、おませさんっ!」


 妙にテンションの高い日向に、剣崎は嘘の苦笑いをし、ベッドに飲み物の入った袋を置く。


「そんな話じゃないよ。学校いつ始まるのとかの話」

「えぇぇ、つまんない」

「そもそも、教師と生徒の恋愛はダメだよ?」

「わかってるけどさぁ、いいじゃん? 漫画みたいで」


 そういう関係の漫画やドラマ、映画を観たこともあるし、面白いとは思う。だが、それはあくまでフィクションという枠内だからこそ楽しいのであって、現実となると話が変わってくるとは思う。それに、自分が木塚に対してそのような感情を抱く事はない。むしろ、その逆だ。たとえ、何の変哲も無い教師だとしても、そのあたりは弁える。


「現実見ろって言いたいけど、隣のクラスの子、両親が先生と教え子って聞いたわ。あながちありえない事ではないのよね」

「木塚先生ってイケメンだから、そういうのになりそうだよね! 見てみたいわぁ」

「なら、あなたがアタックしなさいよ」

「いやぁ無理。あたしには荷が重い」

「なによそれ」


 緑原は袋から飲み物を取り出すと、蓋を開けてから日向に手渡し、自分も予め買っておいた飲み物を飲み始める。


「そんな青春は周りで物騒な事終わってからにしなさいよ。それ以前に、勉強だらけの学校じゃ、灰色生活が目に見えてると思うけど?」

「うっ……それもそうか。あの犯人、近くにいるかもってなると、遊びにも行けないもんねー」

「そうよ。今回は運が良かっただけ。剣士さんが居なかったら、もっと酷くなってたはずよ。少なくとも、私達は確実に無事じゃなかったわ」

「……そだね。剣士さん様々だ!」


 そうだ。木塚がいる限り、自分達に平穏は訪れる事はない。警察や自衛隊といった、制圧する力を持つ組織でも彼を止める事は出来ない。自分に置き換えれば、それは現実的となる。亜音速に迫る銃弾を肉眼で捉えられ、車程度なら片手でどうにか出来るのだ。最早、普通の人間にはどうこう出来る次元ではない。


 彼はおそらく、遠くない未来に近しい人を狙うだろう。それがまた日向、緑原なのか、両親なのかは分からない。


 護る為には倒さなければならない。しかし、あの一戦で自分に彼を倒す力がない事を思い知らされてしまった。その時が訪れた時、最悪の結果が鮮明に思い描けられ、恐怖すら抱く。


「剣士さんに助けられっぱなしってなると、あの人も大変だよね」


日向が腕を組み、悩む。


「助けてくれたお礼もしたいし、また会いたいな」

「私もそう思う。命の恩人だもの。あの人を助ける力なんてないけど、恩返しはできるわ。必要とあらば、サポートだってしてあげたい」


 緑原も頷く。

 自分は一体何をしていたのだろう。こんな常軌を逸した体にされて憤り、感情に任せて戦ってきた。人を助けるのは奴を探し出すついで程度にしか思ってこなかった。悪いことの逆をしようとしか考えてこなかった。


 だが、本来はその考え方は最初に捨てるべきだった。自分を大切に想ってくれている人を助けられる力だと思うべきだ。今までの自分は両親や親友二人に助けられながら、引っ張ってもらいながら過ごしてきた。だから、今の自分がある。


 私は自分の事は嫌いだ。


 そう思うが、今の自分には大切な人を守る力がある。誇るべき力がある。


 大切な人達を悪い奴から護らなければならない。


 倒すなんて二の次だ。

 なによりも、護り通す。

 剣崎はベッド前に設置されているソファに座り、両手を組む。

 

 これ以上、二人に危険を及ばさないようにしないといけない。そして、最終的には誰もきつかに怯えないようにしないといけない。

自分には足りないものはいくつもある。それを少しでも克服する。そのためにも、経験。


 つまり、実戦が必要だ。


 木塚の提案を飲んだ。これをマイナスの考えとしていたが、プラスに考えていこう。これがいつかの戦いにきっと役に立ってくれる。


「どしたの?」


 日向がこちらを見て、首を傾げさせる。


「ううん、なんでもない。歩き回って疲れただけだよ」


 そう言い、笑う。

 緑原は日向と同じようにこちらを見やると、少し伸びをするなり、食べ終わった物や飲み物を片付け始める。


「そろそろ帰りましょ。お腹空いたわ」

「えぇぇ、もう帰るのぉ? まだ四時過ぎだよ?」

「家に着いたらちょうどいい時間だからよ。それに、一応あんたは怪我人なんだから大人しくしてなさい」

「検査入院みたいなもんだし、元気だってばぁ」

「ダメよ。葵も、帰るわよ」


 日向の縋りを躱し、迷いもなくドアの方へと彼女は向かう。それに倣い、剣崎も立ち上がり、ドアの方へ歩く。


「親友の願いを聞けい、薄情者ぉ」

「だったらまず、親友の願いを聞いてからにしなさい」


 そう言い、さっさと病室から出て行ってしまった。剣崎は日向を振り返ると小さく手を振り、『またね』と言い残して病室を出た。

ドア越しに『だって、寂しいじゃんかぁ……』と先程とは打って変わって酷く悲しそうな声が聞こえてきた。


 あれほどの事があって平気でいられるはずが無い。自分達の前では普段通りに振舞っていたが、本当は恐ろしく、心細かった事だろう。


 一瞬、病室に戻ろうと思ったが、常人ならば聞き取れないであろう声量だった。そんな声量を聞き取り、部屋に戻ったとなれば不審に思われそうだ。ましてや、彼女と過ごしてきた年月を思えば、地獄耳ではないと知られている。


 心苦しいが、ここは大人しく帰ろう。木塚と戦う前に正体をバレるわけにはいかない。

いつの間にか遠くまで歩いていた緑原を追い、一緒に病室から出ると、緑原は片手で顔を覆って大きなため息をついた。


「全く……私の気持ちも考えなさいっての……」


すると、彼女の右目から一筋の涙が溢れる。


「あんなの見たら、きついわよ……」


 彼女もまた、日向の胸に残った小さくても恐ろしい傷に心を酷く揺さぶられた。自分が席を外していた時もずっと、泣くのを我慢して、泣きたくても、日向を一人にしておくのは忍びなかったのだろう。


 緑原には申し訳ないことをした。

 病院前に設置されているバス停でバスを待っている間、一言も会話することなく時間だけが過ぎて行く。バスに乗り込んだ後も、特に言葉も交わさず目的停留所まで、剣崎は窓から見える風景を眺めていた。


 停留所に着き、バスを降りた二人はいつもの分かれ道まで歩く。そして、その分かれ道に差し掛かったところで漸く、緑原が口を開いた。


「葵、こんなこと……起きてほしくないわよね? 剣士さんがなんとかしてくれるわよね?」


 彼女の縋るような言葉に、剣崎は胸の奥についた火を熱くさせていく。


「人任せで情けないけど、私じゃどうしようもないの。私だけじゃない……みんながそう思ってはずだわ」


 また泣きそうな顔で呟き、自分の服を握り締める。


 その姿が自分の中に芽生えた意思が確かなものへと変わっていく。親友に消えない傷が出来、表に出さない悲しさが見えた。親友が辛い思いをし、助けを求めていた。


 とても大切な二人の心に残された傷はそう簡単には消えないだろう。だが、これ以上、その傷を抉らせない。


 自分が二人を。いや、奴が狙う全ての人達を護ってみせる。


 剣崎は一つ息を吐き、決意の一言を告げる。


「大丈夫だよ。あの人がこんな事を終わらせてくれるよ」


 第三者と当人の二つの視点からそう言った。

あの人が、自分が親友や街の人達を護る。

たとえ難しくても、きっとやってみせる。


「そうね。私、あの人を信じてる」

「うん」

「吐き出せて楽になったわ。ありがと。またね」


 緑原は笑みを浮かべ、手を振る。それに剣崎も手を振り、家路に着く彼女の後ろ姿を見送った。


 彼女の姿が見えなくなったのを確認し、自分も帰路に着く。自宅に戻り、靴を靴箱に入れている中、リビングから美紀が顔を覗かせてきた。


「おかえり。貴美子ちゃんはどうだった?」

「ただいま。元気そうだったよ。けど、傷が残っちゃってた」

「そう……でも、自分を責めちゃだめよ? いきなりだったんだし、むしろ死なせずに済んだ葵は凄いわ」


 慰めてくれている母の顔が少し焦っているようにも見えたが、今自分が抱く想いにはそれは不安要素にはならない。


 剣崎はリビングへと入り、行方不明となった人達に関するニュースが流れるテレビを見据える。


「ありがとう、お母さん」


母を振り返る。


「私、決めたよ」


 自分がこれからどうしていくのか。最終的に行き着かせたいものについて、包み隠さず話した。驚きを隠せずにいる美紀に落ち着くよう促されても、この決意は変わることはない。


 生まれて初めて、何一つ揺るがない目的が出来た。


「私が皆を護る」

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