勝機
しばらくして、落ち着いた剣崎はリビングにて目を腫らした状態でハンバーグを食していた。それに向かい合う形で座っている美紀も両目を赤くし、一緒に夕飯を食べる。理由としては、こんな体になった経緯を話した時、外出を宗司と一緒にしていればこんな事にならなかったと自責の念にかられた為だ。巻き込まれて辛い事の連続だったが、人を助ける事も出来たとフォローして事無きを得る事は出来た。
リビングのテレビでは、学校であった事が殆どのチャンネルで報道されていた。報道ヘリから撮られた学校は破壊された窓等が映し出されており、あの時は気付かなかったが、あらためて見ると凄惨な現場だ。ブルーシートで隠されているものの、自分と日向の血痕であろうものが一瞬見えた。顔の映されていない学生が証言している映像も流れ、報道陣の動きの早さが窺がえる。
「こう見ると……葵、よくやったわね……」
「うん、大変だった……。けど、怪我した先生も居るから全員無事って訳じゃないよ……」
「亡くなった人が出なかっただけ大したものよ。流石、私の娘」
褒めてくれるの嬉しいが、本来の目的を果たす事が出来ていない。復讐というのを、口を大にして言えない。勿論、母にもだ。
学校もあの状態の為、しばらくは学校での授業は行えないという連絡あったらしく、一定期間の休校となった。怪我を負ったと聞かされていた緑原が気遣ってか、アプリで安否確認してくれ、日向の入院を知らされた。木塚に刺されはしたものの、怪我を負っている訳ではないので長期的な入院にはならないだろう。しかし、身体的に問題なくとも、精神面に大きなダメージを受けていてもおかしくなく、その点の配慮が必要だ。
いつもなら、置いてきた教科書の勉強出来ないと悩むところだが、流石に勉強する気力は湧かない。しばらくは休みにしよう。
「葵と学校襲った人は一緒なの?」
「うん」
「誰かって分かってるの?」
「うん」
肯定の言葉を流れで出してしまった事に後悔する。ここまで言ってしまった以上、噤むのも難しい。知りたいことがあれば、その点では頑固な美紀にははぐらかすというのは出来ない。
「……木塚先生。国語の」
「えっ!?」
動かしていた箸がテーブルに落ち、何度も音を立てる。
「あの男前の先生!? あんの男前……うちの娘になにしてくれてんのよ……っ」
珍しく激怒する美紀に面食らう中、彼女は箸を持ち直して食事を再開する。
「こんな事は見過ごせないよ。けど、今回ので勝てないってわかっちゃって……。どうしようかなって……。先生は人を襲い続けて、私がそれを助け続ける関係を保とうしてる」
「……それじゃ、諦めちゃいなさい」
「えっ」
予想外の言葉に剣崎は思わず立ち上がってしまう。
「でも、私がどうにかしないと色んな人が危ない――」
「お母さんは誰よりも葵が大事」
美紀は剣崎の言葉を遮り、見据える。
「警察官の妻としてそれは見過ごせないけど、それを止めろなんて言えない。平気で人を斬る人に、相手させたくない。知らない人より自分の子よ。危険な事するくらいなら、諦めてほしいくらいよ」
「私……」
「しばらくはゆっくりしなさい。ずっと戦い詰めだったんだから」
「……うん」
そこまで言われてしまえば、逆らえない。それに、母に言った通り、ここ最近戦い続けてきている。体力面での疲労は大したことなかったが、精神面での疲労は蓄積し続けていた。そして、今回の木塚との戦いで両面の限界を迎えてしまった。
彼もすぐに人を斬る事はない、筈だ。
彼の提案を飲めば、これからはひたすらイタチごっこをわざと行う事になる。だが、それをずっと続けていくつもりはない。どこかで決着をつけなければならない。ただ、勝率は非常に低い。
それすらを覆すような想いは、今の自分にはない。
剣崎は失意の深いため息を吐き、小さく頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます