中間

 暴走行為を止めて以降、剣崎は夜になる度、親が就寝後にもう一人の剣崎葵として活動を行った。喧嘩、強盗、暴走行為、盗み等を視界に入る限り捕まえた。その都度、警察側に追いかけられる事となるのだが、大抵は逃げる事が出来た。

 

 また、学校に行く際にも、着替えだけは鞄に忍ばせ、帰宅中に何かあれば現場に向かうという事も繰り返した。しかし、犯罪行為を止める事は出来ても、あの男を見つけ出す事が出来なかった。その事に怒りが湧き出すが、自分らしさを失う事を恐れ、必死に抑える事を務めた。


これらの活動をすれば、必然的にもう一人の剣崎の存在が瞬く間に広まった。勿論、自分が通う学校にも。


「すげぇよな、この人」


 同じクラスの男子がタブレット式携帯電話で女剣士のニュースを開き、そんな事を一緒に居た友人に喋りかけた。


「だよなぁ。ちゃんと写った画像は無いけど、見た人は目付きがすごい美人って言ってたっぽい。で、背が高い」

「確実に俺らより高いよな。一八〇くらいあるんじゃねぇか?」

「近い身長と言えば……」


 話していた男子数人が、自分の席でゆっくりと日向、緑原と話している剣崎に目を向ける。その会話を一字一句聞き漏らさずに耳に届いていた剣崎は、複雑な気持ちで聴いていた。


「ないなぁ……。そもそも、垂れ目だし、猫背だし、あんな恰好をするとは思えないな」

「真逆だよな。ないない」


 その会話に内心ホッとする。

 緑原が彼らの話を聞いていた様で、少しばかり不機嫌そうな表情を浮かべ、彼らを見ていた。


「葵はあんな乱暴な事しないわ」

「わ、私はあんな事を出来ないけどね……」


 苦笑いをしながら答えると、日向が携帯電話を弄り、剣士の後姿を写した画像を見せてきた。


「でもこの人、雰囲気だけ葵と似てるよね」


 その言葉にドキリとしたが、直ぐに緑原が否定する。


「身長と後ろ髪が似てるだけじゃない。総合的に見れば、全く似てない」

「まぁ確かに、後ろだけ似てるってのはごまんと居るよねぇ」

「そうよ。疑われる葵が可哀想よ」


 必死に庇ってくれるのは有難いのだが、ここまで言われれば、正体は自分だと死んでも言えない。元より、言うつもりは無いが。


「あの眼、凄い綺麗だよねぇ。どこに売ってんだろ、あのカラコン」

「あぁ、あの黄色と青色の? 確かに綺麗よね」


 二人の会話に、剣崎は目を見開いて二人を交互に見る。

 青色は分かる。それは、自分が扱う日本刀が理由だ。


 しかし、黄色とは何だ?


「え、黄色?」


 剣崎は二人に問い掛けると、日向がきょとんとした様子で頷く。


「うん。両眼に違うカラコン入れてるんだよ、この人。拘りなのかな?」

「そう……なんだ……。ちょ、ちょっとトイレ行ってくるね」

「わかったぁ」


 席を立つと、自分の教室を出て女子トイレへと足早に急ぐ。トイレの前で、誰も居ない事を確認するなり中に入った。そして、直ぐに立て掛けられている鏡に目を向け、鏡を挟む様に、壁に手をつけては顔を近づけさせる。

そして、目に意識を向ける。


 徐々に変色していく瞳。瞳が青色に染まっていくのだが、青く染まるのは右眼だけで、左眼は、あの男の眼と同じ色へと変色していく。


「……あいつぅ」


 怒りで自然と手に力が込められ、手が添えられていた壁が、音を立てて割れていく。それに気づき、慌てて手を離すと、破片が張り付いた手を見下ろす。


 善に使おうと決心したが、結局は忌まわしいものなのは変わりない。

 何故だろうか、今まで感じる事が少なかった、無かった感情が表に出る様になってしまっており、いつもの自分ではない様で、精神的に辛い。


 顔を顰めさせると、両手を払い、再び鏡に目を向ける。変色していた瞳が元の黒い瞳に戻っている事を確認した後、安堵の息を吐き、鏡から視線を外す。


忌々しい黄色の瞳を持っていた事に嫌悪感を抱いたが、今更どうする事も出来ない。


「……戻ろ」


 次は深いため息を吐き、トイレを後にする。教室を戻ると、緑原と日向が何か会話をしているのが見え、歩み寄っていく。こちらに気付いた日向がげんなりとした様子をこちらに顔を向けてくるなり、軽く手を振ってきた。


「どうしたの?」


 そう問いかけると、日向ではなく、緑原が答える。


「明日からの中間テスト、心配なんだってさ。勉強はしてるらしいけど」

「いいよね、二人はさぁ……。賢いもん……」

「勉強してるからに決まってるでしょう?」

「むぅ……。今回は勉強頑張ってるよ!」

「ずっとしなさいよ」

「えぇぇ……」


 二人のやりとりを聞いていく内に、剣崎の額からは汗が滲み出て来た。だが、これは決して暑いからではない。二人に会話の内容が原因で流しているのだ。


 あれから、勉強は一切していない。


「忘れてたああああああああああああああああああああああっ!!」


 帰宅後、明日ある教科を勉強するのだが、進学校だ。中間テストと言えど、一日程度で範囲を終わるような量である筈がない。出来る限りの事はしたが、赤点ラインの五〇点を超えるのか微妙なラインだ。


 結局、その中間テストは、赤点は無かったものの、散々な結果となった。

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