終章

第一節

「どんな感じかな?」

 SICマンション・タイプWB。

 その十三階と十二階を繋ぐ階段の踊り場。

 昼下がりなのに、明かりの灯らない暗闇の中。

 俺は、床に座りこんで、手にしたビデオカメラの液晶画面を覗き込んだ。

……ちゃんと撮れてる……。

 先日。

 俺は自分の考えを確かめるために、上原さんに事情を話して、ビデオカメラを借りた。

 十月の満月の日。

 十三階のエレベーターホールを夜から朝にかけて、録画するためだった。

 俺が〈あの顔〉に悩まされるきっかけとなった場所。

 タカハタと思われる男が、不可解な行動をとった場所。

……俺の考えが……もし……正しかったら……。

 満月の日である今日。

 何かが起きるのは、この場所なのではないだろうか……。

「リハーサルは……ばっちりみたいだな」

 俺は軽く息を吐くと、液晶画面に再生された映像を早送りする。

 昨夜、試し撮りをした映像が早送りで流れる。

 しかし、三脚で固定されて撮った映像は、何も変化がなく、ただの静止画のようにも見えた。

 液晶画面に表示された時刻カウンターが回っていることが、それが動画であることの、唯一の判断材料だった。

……やっぱり……何も起きないな……。

 時刻カウンターに表示された日付が、十月四日から、五日に変わるのを見届けると、早送りの速度を高めた。

……本番は……今夜……。

 頭を掻きながら、再生される変化のない映像を眺めていると。

「あれ?」

 高速で再生される映像に変化が見られた。

 変化というか、何かが映った。

……なんだ?

 早送りを止め、巻き戻しで映像を再生する。

「あ!」

 しばらく見ていると、エレベーターホールに横切る人の姿が映った。

……もしかして……。

 巻き戻しを止め、通常再生で映像を見ると。

……やっぱり……タカハタか?

 一時停止をして、映像を検証する。

 ホールの光の角度のせいなのか、ビデオカメラは横切る人の顔までは捉えきれていなかった。

 しかし、風体から、男であることは分かった。

 その男の手には、ビニール袋が提げられている。

 ビニール袋からは、何か、棒のようなモノが数本突き出ている。

……なんだろう?

 一時停止を解除すると。

「えっ?!」

 再生された映像を見て、思わず声を上げてしまった。

巻き戻しをして、もう一度、確認する。

「ウソだろ……」

 再生された映像には……。

 男がドアを開け、部屋の中へと入っていくところが映っていた。

……なんでだ……なんで? 

 再生された映像から判断すると。

エレベーターを使用されていない。

 ビデオカメラの存在を考えると、階段を使って、下から上ってきたという事も考え難い。

 そうなると、上から階段を使って下りてきたと思われる。

 踊り場の照明も点けずに……。

……やっぱり……あいつだ……。

 タカハタと思われる、顔の知らない男。

 映っている場所で、異常な行動をとっていた男。

 その男が……。

「1301号室……だよな」

 顔を上げると、そう呟きながら、男が入っていった部屋の方を眺めた。

……だけど……なんの用が……1301号室の住人と……関係が?

 ビデオカメラの液晶画面に視線を戻すと、再び、早送りで再生する。

……この男は……タカハタは……。

 映像に再び、変化があった。

 エレベーターが動き出し、十三階に止まると、中から、俺が出てきた。

 そして、エレベーターが下降していき、俺が、こちらの方に歩いてきて、ビデオカメラに手を伸ばすと、映像が終わった。

……終わりか? ちょっと待て……ちょっと待てよ……そうなると……。

 見落としがあったのかもしれない。

 しかし、そうでないとすると……。

 1301号室に入っていった男は……。

……まだ……部屋の中に……。

 全身に寒気が走るのを感じながら顔を上げると。

「ん?!」

 エレベーターが動いているのに気付いた。

 階層ランプが【11】から【12】に点灯した。

……やば……。

 ビデオカメラの電源を切り、身を縮めて、息を潜める。


ゴウゥゥゥンっ!


 エレベーターは十三階で止まり、ドアが重い音を立てて開いた。

……まずい……。

 十三階の住人だろうか。

 髪の長いバッグを肩に掛けた女性が中から出てきた。

 女性はホールに立つと、軽く身を屈め、床を眺めると、溜め息を吐いて、前髪を払いながら、1301号室のドアの前に立った。

……嘘だろ?

 1301号室の住人のようだった。

 女性は鍵を開けると、中に入っていった。

「一体……」

 俺は呆然としながら、そう呟くと、頭を掻いて、首を振った。

……さっきの女性は……あの男と……どういう関係なんだ……。

 あの男は、タカハタではなかったのか?

 それに……。

……床を……見ていた……。

 さっきの女性は床を眺めていた。

 タカハタが擦っていた床を……。

 この十三階のエレベーターホールに何かが……。

 それとも……。

 

ガチャっ!

 

 1301号室の扉が勢い良く開くと、中から、先程の女性が飛び出してきた。

 携帯だろうか?

 女性は手許で何かを操作しながら停留していたエレベーターに乗り込み、下へと下りて行った。

「なんなんだよ……」

 俺は頭を掻いて、そう呟くと。

 女性が出てきた部屋。

 1301号室の方を凝視した。

……何が起きたんだ? 

 さっきの女の人は? 

 タカハタと遭遇したから、出てきたのか?

 それじゃあ、タカハタは?

 まだ、中に?

 しかし、誰かが出てくる気配はない。

……いや、待てよ……。

 やはり、見落としていたかもしれない。

 あの男は、もう出て行っていたのかもしれない。

……確かめよう……。

 俺はビデオカメラの電源を入れると、撮った映像を再生した。

 1301号室の方を警戒しながら……。

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