第七節
「そうかい……わざわざすまなかったね」
昼前の管理棟。
マンションの管理人である川元さんが、そう言って、二つの鍵が付いたキーホルダーをカウンター越しに、受け取った。
「いえ。本当は鞄を届けた時に、一緒に渡しとけばよかったんですが……うっかりしてました」
俺はキーホルダーにぶら下がっているキャラクターを一瞥すると、頭を掻きながらそう言った。
……まったく……何をやってるんだ……。
今日の早朝。
忘れ物の鞄を届けた後、新聞配達を終えて営業所に戻ると、クレームが入っていなかった事に胸を撫で下ろした俺はそのまま帰宅した。
……まさか……拾った鍵を……キーホルダーを……渡し忘れるなんてな。
家に着いて、部屋着に着替えようとした時に、気が付いた。
ズボンのポケットに、エレベーターホールで拾ったキーホルダーが入っていた事に……。
そのまま着替えを中断し、再びマンションに出向いて、今に至る。
「そういえば、あの鞄の持ち主は何号室の人だったんですか?」
俺は、自分が助けた――正確には救急車を呼んだだけだが――ということもあり、あのスーツの男の事が少しばかり気になって、川元さんにそう尋ねた。
「ああ、ごめんねぇ……まだ病院に問い合わせてないから分からないなぁ。ところで、POC病院、だったよね?」
川元さんは薄い髪を撫で付けると、手にしたキーホルダーをチャリチャリと揺らしながら、そう言った。
「そうです、POC病院ですね。救急隊員の人がそこに搬送するって、言ってました」
「そうかい。いやぁ、年のせいで物忘れがひどくなってねぇ、ははははは」
「ははは……えーと……」
川元さんが頭を掻きながら笑うのを俺は愛想笑いで返して、ズボンのポケットから携帯を取り出した。
「そろそろ、行きますね」
俺が携帯の液晶画面を見ながら、川元さんにそう告げた時。
ガチャっ!
管理棟の入り口が開き、一人の中年男性が入って来た。
恰好から見るに、業者やスタッフではなさそう。
おそらく、マンションの住人だろう。
「タカハタです。昨日、連絡した」
その中年男性は無愛想な顔でカウンターに歩み寄り、俺を一瞥すると、川元さんにそう告げた。
「ああ……どうぞ、こちらに」
川元さんはそう言って、中年男性をカウンター奥へと促した。
「それじゃあ、帰りますね」
「ああ、加藤くん。あの鞄の持ち主、調べておくからね」
俺の言葉に、川元さんはカウンター奥にあるドアの取っ手を握りながら、そう言った。
「すいません、ありがとうございます。それでは」
俺は携帯をズボンのポケットに仕舞いながらそう返すと、奥の部屋に入っていく二人を横目に管理棟を後にした。
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