第六節

「――良かった」

 救急車を見送ると、溜息を吐きながら呟いて、マンションの中へと戻った。

……間に合った……良かった……本当に良かった……。

 何とも言えぬ達成感が胸の中に染み渡り、同時に頭の中がスッキリとしていた。

 人助け。

 そんな言葉が脳裏を過り、思わず、口元が緩んだ。

……何だろう……なんとも言えない…………解放感?

 エレベーター内にいた男。

 その男を助けて……。

 いや、救急車を呼んだだけなんだが……。

 一人の人間の命を救う事に、関わった事。

 その事が、俺に何とも言えない気持ちを抱かせていた。

……悪くない……それに……。

〈あの顔〉

 脳裏から消えてなくなったわけではない。

 だが、あまり気にならなくなっていた。

 一時的なモノかもしれないが……。

「仕事仕事!」

 意気揚々と、エレベーターホールに向かうと、床に散らばったままの新聞紙を拾い上げる。

……早くしないと……ん?

 半分ほどの新聞紙を拾い上げた時、気付いた。

 エレベーターのドアと壁の隅。

 階層パネルの床と対称的な場所。

 そこに、何かが落ちていた。

「なんだ?」

 それを拾い上げ、指先でつまむように目の前に掲げ、眺める。

……鍵……。

 大きな鍵と、小さな鍵がキーホルダーに付いていた。

 おそらく、落し物だろう。

 誰かが落としたのか……。

 ふと、先程、救急車で運ばれた男が頭に過った。

……そうかもしれないけど……だけど……。

 二つの鍵が取り付けられている。

 キーホルダー。

 見た覚えのあるキャラクターのキーホルダー。

 変身ヒーローだか、戦隊ヒーローだかの小さなフィギュア。

 ところどころ塗装が剥げ落ちていてる。

……さっきの……いや……どうだろう……。

 キーホルダーを再び眺め、首を傾げると、深く息を吐いた。

 そもそも、このキーホルダーはいつから落ちていたのだろうか。

 気が付いたのは、今だけど……。

 俺がこのホールに来た時にはあったのだろうか。

 スーツの男が、救急車まで運ばれる際に、落としたのか……。

 それとも、それよりも前に……。

 いや、スーツの男が落としたのではなく、もっと前からかも……。

……分からない……。

 しかし、このキーホルダーを見る限り……。

 先程の、スーツの男が落としたという可能性は……低い。

……おそらく……子供……。

 家の鍵と……自転車か、何かの鍵だろう……。

「届けとくか」

 そう呟くと、手にしたキーホルダーをズボンのポケットに仕舞い、新聞紙を全て拾い上げて、エレベーターの開閉ボタンを押した。


ゴウゥゥゥンっ!


「……うぇ」

 思わず間抜けな声を上げてしまった。

……しまった……。

 開かれたエレベーター。

 その中にあるモノを見ると、溜息が零れた。

……なんなんだか……。

 大きく息を吸い込みながらエレベーターの中に入り、その床に置いてあるモノを拾い上げた。

「これも届けとくか」

 エレベーターのドアが閉まるのを背後に感じながら、項垂れて呟き、手にした黒い鞄を眺めた。

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