第一章

第一節

「――満月か」

 自転車を降り、新聞の束を抱えながら、ほんの少しだけ明るくなってきた空を見上げる。

……嫌な……感じだ。

 あの一件から、約1ヶ月。

 ちょうど一回りして、数えて二回目の満月。

 沈みかけている月。

 輝きが落ち始めた月。

 その月が、目の前のマンションを不気味に照らしている。

……もう……忘れろ。

 マンションのエントランスを前にして、〈あの顔〉が脳裏に過った。

……なんなんだよ……。

 人間の。

 最期の。

 表情。

〈あの顔〉

 こんなにも強烈な印象を与えられ、不快感を植え付けられるものなのか。

……うんざりだ……。

 習慣化してるかのように、事ある毎に〈あの顏〉が思い出される。

 だけど、慣れるようなモノではない。

「ごほんっ……さっさとしよう」

 気を紛らわすために大袈裟な咳払いをすると、新聞の束を抱え直し、扉が開け放たれたままのエントランスに入った。


〈平成二十一年 八月 六日〉


 扉を後ろ手に閉める際。

 ふと、目に入った新聞の日付に、そう記されていた。

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