第14話 怖い

 高畠の家は結構近い……訳じゃないな。今は実家じゃなくて見知らぬ公園だ。

 どうやって行こう。


「リム、お前ここまでの道覚えているか? 俺は正直覚えていない。何せ、放心状態でダラダラテキトーに歩いて来たからな」


 公園の入り口で立ち止まったら、リムは惚けた顔になった。それから吹き出す。汚らわしいな。


「稔様バカですか⁉︎ あはは! 普通来た道くらい覚えておくでしょ! え⁉︎ 何々もしかして、知らない場所に来たとかいいます⁉︎」


「お前、また追い出されたいのか? いいから教えろ。ここら辺の道を知っているのなら、高畠の家まで案内しろクソ神」


「呼び名結局それぇ⁉︎ ……分かりました」


 ショックでか項垂れるリムに手を引かれ、公園から出た。そこからは意外にも簡単な道順だった。

 ほぼ一方通行で、時々横断歩道を渡るだけ。途中パン屋で休憩して、再度歩き出した。

 そうこうして十八分、俺達は見覚えのあるアパートが確認出来る道に出た。


「あれだな、不思議と懐かしく感じる。全然経っていない筈だが」


「私はつい最近逃げ込んだので。二日ほど前に」


「何してんだお前は」


「あてがなかったので。でも、高畠様の体調が優れないらしく、お暇させていただきましたが」


 二日前か。その頃からではない筈だよな、アイツが悩んでるのは。もっと前だ。

 中々アパートに入らず見上げるだけの俺に、リムは怪訝そうな顔をして肩を叩いて来た。


「入らないんですか? 稔様。それと、久し振りに感じるのは、それ程渚様のことがショックだったのかと……。お気持ちは分かります」


「分かるのかよ。まぁショックだからだろうとは思っていたが。それより高畠だ。今はもう居ない人間より、近くの人間を優先する」


「……稔様、かなり成長しましたね。はい! 乗り込みましょう!」


「言い方考えろお前は」


 高畠の部屋の前まで上がって行き、チャイムを鳴らして立ち止まる。因みに、覗き穴から見える位置に俺は立たない。以前質問したことで怪しまれるだろうからな。


「高畠様〜! いませんかー?」


 リムの問いかけに返事は無い。実際今のリムはかなり役に立つ。リムの声は俺と高畠以外には聞こえていないから、叫んでも平気なんだ。

 数分待って、ある結論に至った。俺より先にリムが発言する。


「……多分、外出中ですね。高畠様は」


「だな。よし、リム。お前死神のちからで高畠のこと捜し出せないか?」


「死神のちからにGPS機能とかは無いんですよね。ですから、難しいかと」


「そうか、仕方ないな。ここで待つぞ」


「マジスカ」


 時々通る人達の邪魔にはなるしやること無くて暇だし、俺は葬式後だからスーツだしで、変な状況だがアパートの階段で高畠を待ち続けた。

 ──空が暗くなった頃、俺達の表情も暗くなっていた。何故帰って来ない?


「リム、高畠は本当に中に居ないのか? 透視したり出来ないか?」


「無理ですね。死神を何だと思ってるんですか。……でも一応、透けていけば中の様子確認出来ます」


「よし、やれ。今直ぐだ」


「不法侵入じゃないですか⁉︎」


「お前がバレることも、バレたとしても困ることは無いだろうが」


「あ、そっか。行ってきまーす」


 まるで飛び込みする様な構えで扉に入って行ったリムは、中で叫んだ。「ビックリしたー!」と言ったみたいだが、何があったんだろうな。

 中を見て回ったというのに一分程で戻って来たリムは、肩を竦めて掌を上に向けた。


「あわっかりっません」


「何でだバカ」


「中には居ませんが、電気は点いていました。トイレお風呂場ベランダなど各場所調べて来ましたが、何処にも居ないんです」


「やはり外出中か」


 高畠はもう何時間も帰宅していない。それどころか夜になっても帰って来ない。一体何をしているんだ?

 そういやいつか、バイトを掛け持ちしていると聞いたが今その最中だろうか。だとしたらまだ帰って来ないかもな。


「リム、一旦帰るぞ。実家の方にな」


 手招きしてやると、リムはキョトンと首を傾げた。


「何故実家へ? あ、もしかして稔様、御琴が心配なんですか? あのお姉様、可愛らしいし甘えん坊だし、気になっちゃいますよねぇ」


「ああ、ブレないなクソ神。正解だ、御琴や親父が気になる。アイツら、無事に過ごせているのか……ってな」


 言ってる途中に思い出したが、今日渚の葬式でも会ったわ。全然普通だったわ。


「稔様、アホですか」


「こればかりは言われても仕方ないな。あまりにも気分が最低だったせいで周りをよく覚えていなかった」


「まぁドン底な時には難しいですよね。周り見ろと言われても見る気になりません」


「今も最低な気分だ。お前にバカにされたからな。人生最大の屈辱かも知れない」


「私は今、心底気分が悪くなりました」


 そうか、よかったな。

 とにかく、実家には戻る。その方が高畠の家に近いからな、偶に覗きに行ける。

 クソ神に任せれば壁とかもすり抜けて行ってくれるからな。侵入は任せる。

 帰り道で訊いたが、入って早々叫んだのは高畠が居れば反応するかと思ったからだそうだ。


 実家に戻ったら、御琴に抱きつかれた。リムが頬を膨らませてるが、気にしない。


「御琴、急に帰って来て悪いな。俺の部屋は今どうなってる?」


「全然いいよ。今何も無いんだよね〜」


「そうか、んじゃあ別に何でもない。今日残り少ないけど、部屋使わせて貰うぞ」


「へ? あ、うん。何があったのかは分からないけど、稔帰って来てくれて嬉しい」


「そうかよ、じゃあ、また悲しくなるな。意外と直ぐに」


「そうだね、帰っちゃうもんね」


「……ああ、そうだな」


 一年後には二度と会えなくなるからな──とは言わない。当たり前だが。

 先日感じた不安と寂しさに心が痛かったが、思考から追い出した。


「稔様、やっぱり……怖いですか?」


 久し振りの元自分の部屋でくつろいでいたら、リムが申し訳なさそうに質問してきた。

 今までは別に、死ぬのは怖くなかった。だが、御琴や高畠と最近を共にして、それも変わった。


「そうだな、本気で怖い。不安でしかない。担当の死神がお前なのが一番恐怖だ」


「どういうことですか」


「……冗談だ。怖いのは冗談じゃない。眼の前で、渚の死を見てしまったからかも知れないけどな」


「それ、本心ですか?」


 直ぐに指摘され、考え直した。

 違うな。俺が死を恐れる理由に渚の死は関係ない。そうじゃないんだ。

 床に背をつけた俺は、恐怖を感じない様に軽く笑った。


「本心じゃない。本当に怖いのは、御琴や高畠を見守れなくなることかも知れない。あるいは、共に生きていけなくなる……とかな」


 初めてだ。今年までこんな感情知らなかった。誰かのために生きたいなんてな。


「道端の雑草の様に生きていくなんて俺には無理だったよ。残念ながら。俺はアイツらと一緒に、楽しく生きていたい。──それも無駄なんだが」


「いいえ、無駄じゃないです」


 リムは首を振ると、俺の右側に腰を下ろした。愛情に満ちた、死神とは到底思えない表情で覗き込んで来る。


「これから約一年間、沢山思い出を作りましょう。甘い思い出も苦い思い出も、楽しい思い出もなんだって全部沢山。悔いの無い様に生きていきましょう。私もお手伝い致します」


「はっ……楽しみだな。一体どれだけの不幸が待ち構えているのやら」


「それ私が手伝うからですか」


「そうだよ、それ以外に何があんだ。お前はとんだポンコツ死神だろうが」


「酷い! ……でも稔様を不安にさせてしまったのは私です。ですから、最後まで癒しとなれる様に努めますね」


「……頼んだ」


 心の中では、リムのセリフを否定していた。

 言った筈だ、もう既に『癒やし』となっているのかも知れないってな。だけどそこじゃない。

 リムが早とちりでやって来たからこそ、渚の話も受け入れることが出来た。死の恐ろしさを知り、受け入れ、心の準備をすることも出来たんだ。

 正直、寿命間近に現れて『アナタ今日死にマース』なんて言われた方が怖いと思う。いきなり過ぎてな。


 だから、本当に感謝してる。あまりにも役に立たないポンコツ死神だったが、『場を和ませる』といった点では最適だろうからな。緊張感失くなって。


「リム、少し寝ていいか? 流石に直ぐは帰って来ないだろうし」


「はい、適当な時間に起こしますね。一時間後くらいに。……膝枕、要ります?」


「太腿枕の間違いか? 一応、頼む」


「えへへ……。では、失礼致します」


 ──ガチで膝枕だった。太腿まで頭を上げてはくれず、膝の部分でだけの枕。寝心地最悪だから直ぐに降りた。

 認めた直後にポイント下げさせるのがお前のやり方なのか? バカにも程があるだろ。


「……授乳手○キとかやってみたいな」


「今ボソッと何言ったクソ神。寝ていいならさっさと寝させてくれ」


「あ、申し訳ございません稔様。お休みなさい」


 たく、癒やしよりストレスのが溜まるの早い理由がこの迷惑なとこなんだよな。空気読まなかったり。そこ改善すりゃいいのにな。

 暫く頭を撫でられたのが気になったが、気づいたら夢の中だった──。


 ──股間がムズムズする。何かが触れてんのか? この感覚。


「……おい、何してんだクソ神。寝起き早々気分悪いんだが」


「あ、バレちゃった。テヘ。おはようございます稔様、それでは高畠様のとこへ行きましょうか」


 起きたらリムが股間を摩ってやがった。猛スピードで。理由を聞いたら、『高速で摩ったらどんな感触なんだろうと思いまして』と答えられて何とも言えなかった、

 取り敢えず変人なことに間違いはないだろうな。


「行くぞリム。さっさと準備して、高畠が居るかどうか確かめる」


「行って、居たら、どうします?」


「お前が言ったんだろうがよアホ。俺の本心を思い切りぶつける。容赦なくな」


「それは痛い」


「物理的にぶつける訳じゃねぇよ。つーかどうやんだ」


 準備するもんなんて正直ないな。とにかく、幾ら家が近くだとして、また直ぐに出て行ってしまう可能性もあるから急ぐべきだ。

 のんびりしていたら……って、そもそも居るとも限らないんだが。

 一階に降りたら御琴がソファに腰掛けていて、何となく気づかれないよう忍び足で通過した。


「夜はやっぱ寒いな。冷え込む。リム、お前は死神だから寒さとか感じないか?」


「いえ、気温は一応関係あります。ちょっと、今は寒いですね。脚の露出多過ぎて」


「お前そんなんで冬大丈夫かよ……」


 隣で手に息をかけてるリムに呆れつつ、その手を握った。

 驚いた猫みたいな眼をしてるリムは、次第に頬を染めて行った。忙しない奴だな。


「稔様! 手を握ってくださるのは嬉しいのですが、恥ずかしいです!」


「家の前で話しかけんなよ。あと、この方が暖かいだろ?」


「……はいっ!」


 あと普段のお前の方が全然恥ずかしいからな。とは言わないことにした。

 先程お前が寝ている俺にやっていたことは恥ずかしくないことなのかよ? このバカ神。


「稔様、夜空の星々……綺麗だと思いませんか? まるで天の川ですよ」


「天の川が何で構成されてるか知らないのか? 星だからな? 星が天の川みたいなんじゃなくて、天の川を作ってるのが星だ」


「そうなんですね。ついでに、私天の川って名前しか知らないんですけど、どんなですか?」


「冥界から星は見えないのか、なるほどな。星が流れている川みたいに見える、綺麗な銀河……その光のことを指すらしい。あまり詳しくはないが」


「へぇ、そうなんですねぇ。この世はファンタスティックですね! 素敵です」


「俺達からしたら冥界がファンタスティックだけどな」


 夜の星を眺めて、二人で笑った。案外、近所迷惑とも呼べるレベルに笑い声を出したのは久し振りかも知れない。

 楽しいんだろうな、リムの奴。冥界から現世に来るというのがどんななのか想像も出来ないが、こんな美しい景色を観ることはないだろうから。


「いや、さっさと行かないとな。時間ヤバいヤバい」


「大学生なら、別に夜遅くに外出てても何も言われないと思いますが?」


「早く寝たいだけだ。まだ夜飯も食っていなくて、本来帰るべき家は別の場所だからな」


「稔様らしい理由ですね。ちょっと幻滅しました」


「好きなだけ幻滅しやがれクソ神」


「何かとそう呼ぶのやめてくれないですかね」


 アパート前に到着して、息を殺した。リムの口を塞いだら反射的に殴られたから殴り返した。


「急に何するんですか⁉︎ 殺されると思った……てか何で殴り返すんです⁉︎」


「うるさいな。察しろ、今アパートの階段を上って行った奴が居たんだよ」


「……え、知り合いですか?」


「高畠だそれくらい分かれ無能神」


「今日は色んなの聞きますね……」


 高畠と距離が充分離れたのが分かった。玄関のドアが閉められた音がしたからな。

 今度は逃がさないからな、高畠。しっかり聞きやがれ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る