第10話 ドキドキ!?お泊り!
一番先に風呂に入ると決まったのは俺だった。
理由は、一人だけ男だからだというのと、「先に入っていいよ」という高畠の好意からだ。別に前後どちらでも構わなかったんだが。
「何言ってるんですか稔様! 稔様が後だと、美少女二人の残り湯を啜っちゃうかも知れないからですよ!」
「生憎お湯を啜る趣味は持っていない」
「ちぇ〜、つまんな〜い」
「うるさいなお前は本当によ。あと今から服脱ぐんだからどっか行け。ここに居るな」
「じっくり拝みたいところですが、高畠様の家なので自重します。ではごゆっくり〜」
リムが風呂場から部屋に向かったことを確認し、なるべく急ぎで脱衣した。洗濯機に衣服を詰め込み、乾燥機の予約もかける。
これ、長風呂していなければ終わらないよな。どうすんだ。
お湯に浸かる俺は、今日家で察した状況を思い返した。
駅近くに一人暮らしを始めた筈の俺は、何故再びアパートに戻って来ているのだろうか。そこについてだ。
大学の帰路で、自分の家に向かおうとしてもほぼ自動的にアパートに戻る。そして家の連中は何事も無い様に接してくる。
明らかな異常だ。
これが全てリムの能力故だとするならば、かなり面倒なクソ神であることが判明する。
いちいちアパートに戻す意味は理解不能だが。
「あのクソ神、何が俺を癒す、だ。微塵も癒されないどころかストレスが溜まる一方だぞ。いっそ冥界に帰ってくれたら有り難いんだがな」
風呂から出ようと腰を上げて、立ち止まった。
まだ、洗濯すら終わっていないじゃないか。いつ出れるんだよ。
再度湯に浸かると、足音が近づいて来るのに気がついた。リムは足音が殆ど無いので、高畠が歩いているのだろう。
足音は風呂場の直ぐ近くで止まり、窓からは人影が薄っすらと見える。
「稔君、バスローブならあるから暫くこれ着ててもいいよ。乾燥機終わったら着替えれば大丈夫!」
「ああ、すまん」
「じゃ、ここ置いとくよ〜」
「ああ」
バスローブあるのか。先に言っておいて欲しかったが、助かった。このままではふやけてたからな。
それにいつまで経っても他の二人が入れないだろうし。
高畠が去ったことを確認し、風呂から上がった。バスローブが無造作に置かれているので、それに身を包む。
リムが俺とすれ違い、風呂場に向かった。
あいつが先なのか。高畠は客優先なのだろうか。
「あ、どうだったお湯加減」
「ん? ああ、全然気にも留めなかった」
「そかそか。じゃあ、乾燥機終わるまでちょっと待っててね」
「ああ」
何となく気になるんだが、俺「ああ」ばかり口に出している気がするぞ。もっとリアクション出来ないのだろうか。
だと言っても、それ以外の返事が思い浮かばない。「うん」とか言う気にもならない。
暫くすると高畠が立ち上がり、部屋を出て行った。
よく考えたら俺バスローブの下全裸なんだよな。その状態で近くに高畠が座ってたのか。
バタバタと走る音が接近して来るのを察し、高畠が忘れ物でもしたのかと予測した。
「どうした? 何か忘れ物でも……」
「じゃーん! どうですか稔様! 美少女のおっぱいですよぉ!? ……って、全くの無視!?」
「ふ、残念だったな痴女神」
「それただの尋常じゃない痴女じゃんっ!」
危ない、咄嗟に顔を背けておいてよかった。クソ神の思い通りになるとこだったぞ。
それにしても何故足音が!? ──あ、こいつスリッパ持ってやがる。それを叩きつけてたのか。妙な真似をするな。
あと、痴女の神レベルだぞお前。
音だけでだから不安だが、リムが服を着たのが分かり振り返った。結構長時間曲げていたからか首が痛い。
リムはパジャマ姿でくるりと回転した。まるで「可愛いでしょ」とでも言うかのようなドヤ顔で。
残念だな。別に普通だ。
それと、普段リムは就寝時さえ死神の正装(らしい)だが、今回は違う。服なんてあったのか。
「つぅか風呂入る必要あったのか」
「ヤダなぁ稔様。雰囲気ですよ、雰囲気!」
無いんだな。風呂入る必要。
少しも濡れている様に見えないし、恐らく触れられないのだろう。不便な身体だな。
だが、現世でなら汚れずに済むのかコイツ。凄いな。
──ん? じゃあ何故俺はコイツに触れられる? 蹴り飛ばしたり平気でしたぞ。それにコイツベンチにも座っていたしな。
俺は疑問を解決させるべく、リムと向かい合って座った。
「ん? どうしました稔様」
「お前、何で濡れたりしないんだ? 俺からは触れられたりするのに」
「あ、自由自在なんです。稔様には幾らでも隅々まででも触って欲しいので」
「よし、今度はちゃんと風呂入れお前」
「はーい」
単に入らなかっただけじゃねぇか。ふざけんな。
何か、俺だけ特別感が有るのかと地味に期待しただろうが。ちょっと違う特別感だったわ。
高畠が風呂を上がり、俺達は結構直ぐに寝ることにした。俺の提案で。
リムも高畠も夜更かしして遊びたかったらしいが、それでは俺の生活バランスが崩れてしまうのでな。残念ながら寝るぞ。
寝室に入ると、本当にベッドが二つ、ピッタリとくっついて設置されていた。そして案の定俺が中心に転がる羽目になった。
中心って、ベッドの間だから寝にくいんだよな。
「おい、リムそんなくっつくな。狭いというより暑苦しい」
あまりにも密着して来るリムの額を押し、離そうとする。が、抵抗された。
ふざけんなよなお前。見てみろ自分の後方。かなり幅あるだろが。
顔を上げたリムが額を赤くして睨んで来た。
「私は稔様とくっついて寝たいんです! あわよくばエッチに持ち込みたいんです!」
「持ち込みたいんです! じゃねぇんだよクソ神。んな理由でくっつかるな。それと、高畠まで真似して寄って来るな」
「いやぁ、私は抱き枕が無いと寝れなくてね〜」
「人を抱き枕代わりにするな。それとどこにも抱き枕見当たらないぞ」
数分後、俺以外の二人は熟睡してしまった。
結局両腕を封印されてしまった俺はどちらにも寄ることが出来ず、二人を引き寄せて寝ることにした。
あー、暑苦しい。
「んぁ、稔様おっぱい揉んじゃダメですぅ。あ、気持ちいいぃ」
ふざけた寝言をかましたリムを蹴り飛ばし、眠りについた。
フェミニストが見たら激怒されるかも知れないが、こんなクソ神愛せる人間いるなら出て来て欲しい。無性に腹立つぞ。
──かなり深い眠りから醒めると、俺の腹の上にリムが跨っていた。つぅか座ってる。
「何してんだお前は」
「こうやって、腰を前後に動かすと……アレに見えません? あの体位に見えません? 色々危ない気持ちになってきません?」
「知らん退けクソ神」
「いけずぅ。もう高校生ですらないんですから興奮して襲っていいんですからね? 私の方が多少歳上なんですから、全然法に触れませんよ?」
「高畠、起きろ朝だ。いつまで腕にしがみついてるんだ動けないだろ」
「んぁ、おはよ」
「また無視……」
高畠は俺の右腕に抱きついたまま上半身を起こし、左手で両目を擦った。
下着が丸見えな程着崩れたパジャマをそっと直してやる。流石に恥ずかしいだろうからな。
それにしても朝が弱そうだな。まだ欠伸してる。
今更掴んでいた右腕を放し、照れ臭そうに髪を弄った後、高畠は俺に向けて微笑んだ。
少しだけ頬が赤らんでいて、不意にドキッとしてしまった。
「おはよ、稔君っ!」
「あ、ああ。おはよう」
「この……」
俺達が朝の挨拶を交わすと、俺の腹の上から妙なオーラが上がっていた。ドス黒い、邪気を彷彿させる。
死神だからといって、本当にこんなもの出せるんだなぁ。リムから初めて本当に死神という事実を感じた。
何せポンコツだからな。普段じゃ分からん。
邪気の発生源となったリムは、勢いよく俺の胸部を叩き始めた。痛いわ。
こいつ、俺を癒すんじゃなかったのか。ダメージ負ってるぞ今。
「高畠様だの御琴様だの渚様だのばかりにデレデレしちゃって! 稔様のバカ! バカバカ! 短小ち◯ぽ! こんなもの千切ってやるぅ!!」
「いやいや掴むなバカか!? お前何やってるか分かってんのか!?」
リムの両腕を掴み、押さえ込もうと力を込めると、リムは更に強力な力で対抗して来た。
これが死神の本気か!? 何て腕力だ! 何て無駄な場面でフルパワー発揮してんだこいつは。
俺の腕力を圧倒的に凌駕したリムの手は俺の股間をがっしりと掴み、握り潰すかの様な握力を込めてきた。
いや痛えな何すんだクズ神!
「やめろクソ神!」
「そんなに若い娘がいいか!? 私だってまだピチピチの二十代だからな!? エロいぞ!? めっちゃエロいからな!? そこの生娘と一緒にするなよぉ!?」
「お前が変態なのはもう知ってる! つぅか何の話だ!?」
「リムちゃん!? な、なな何言ってんの!? 違うから! あ、でも違わないかも! 色々誤解しないでね!? 稔君!」
「何で朝からこんなうるせぇんだよ!!」
──朝から何故か乱闘が始まっていた高畠の住むアパートは、暫くして静かになった。
三十分後、漸く冷静になったリムが手を放してくれた為だ。何故か高畠が涙目だったが、何かあったのか?
高畠と別れ、公園を過ぎてもずっとリムは自分の掌を見つめている。
気になったので、どうしたのか問いかけてみることにした。
「何してんだ、クソ神」
「えへへ、稔様のお◯◯◯ん触っちゃったぁ。結構大きかったなぁ。もっと大っきく、硬くならないかなぁ。えへ、えへへへへえへえへえへへへへ……」
見なかったことにした。ヤバい奴居るよ隣に。
家に着くと、俺は部屋の鍵を閉めてリムを締め出した。普通に入って来たが。
何食わぬ顔で床に正座するリムをじっと見つめるが、リムは一向に目を合わせようとしない。恐らく、分かっているのだろう。
俺は今、高畠の家に向かう前に浮かんだ疑問についてをこのクソ神に質問責めしようとしているのだ。
何故、俺はアパートに、家族の元に戻って来てしまっているのか。そしてそれについて誰も触れないのは何故か。
お前の仕業なんだろう? クソ神。
「答えろ、リム。お前俺を何故ここに帰る様操作してる? んで、何故周りは当然の様に過ごしている?」
「……」
「答えろクソ神」
「……じゃあ一日一エッチでどうでしょう」
「殴るぞ答えろ」
「暴力に訴えるのは卑怯だと思います! 分かりましたよ、教えますからその拳を引いてください!」
「ふん」
構えていた右腕を下ろし、立てていた準備万端な左脚を胡座に戻した。
リムはパジャマから正装に一瞬で着替え、もう一度正座をした。お前パジャマのまま外歩いてたのか?
幾ら俺と高畠以外に見えないからと、油断し過ぎじゃないだろうか。それともただのバカなのか。
咳払いをしたリムは、改まり畏まった面持ちで俺に向き直った。
「もっと、家族との生活を大事にするべきだと思いまして……。残り、余命一年程なんですから」
「そうか、意外とまともな理由で安心したぞ。それなら、俺だけは強制にしなくていい」
「あぁ……」
リムにしては珍しい真面目な返答が出たので、思わず頷いた。
まあ、世話にはなったっちゃなったからな。死ぬ前にしっかり『ありがとう』と伝えるべきだろう。その気持ちは俺も同じだ。
……ふと、俺がリアクションしてみせた直後に聞こえた呻き声を思い出した。
あれはリムからだよな?
俺は目を逸らしているリムの顔をこちらに向け、目を見つめた。彼女の目は泳ぐ。泳ぐ、更に泳ぐ。
何か隠してんなこいつ分かりやすい。
「言え」
「エッチしてて家族にバレるんじゃないかってスリルと、稔様が御琴様と禁断のエロエロな関係を持つこと期待してました」
「お前を褒める気になった俺を殴り殺したい」
「それは流石に酷いっ! 稔様だって、一度やれば病みつきになりますよ絶対。今私とします? こう見えて私、経験豊富なんですよぉ?」
「尚更嫌だな」
「ガーン」
口を開いたまま石像の如く硬直したリムを放っておき、俺は棚から小説を取り出した。
探偵と一般人がひょんな事から協力し、ミステリアスな事件に挑んでいくありがちな作品だ。それでこそだが、楽しめるものだ。
背後にリムが回って来たので、感覚を研ぎ澄ませていつでも殴れる様に準備をしておく。
「手コキだけでもしてあげましょうか? 手コキ。もしかして、射精もまだですか? 流石にそれはまずいと思いますよ〜? 女の子に笑われちゃいますよぉ? 女の子なんて大体小・中辺りでオナニーなんて体験済みなん……ぶふぉっ!!?」
「耳元でごちゃごちゃうるさい。集中させろクソ神」
ベッドに干物の様に倒れたリムを放っておき、俺は小説を読み始めた。
お、この話か。探偵が時限爆弾の解除指示を任され、失敗して仲間を一人失ってしまう大事な部分だ。
その後の彼の葛藤は苦痛だろう。一般人のライアンを巻き込んでいいのかどうか。俺なら切り捨てる。
……何か違うか。
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