第9話 お料理

 帰宅した俺はベッドで横になっていた。

 横になりながら、大変なことに気がついてしまっていた。


「俺が何もしない人間な所為でか、書くことがない!」


「何を言ってるんですか稔様!?」


 言葉の筋を理解していなかったのか、取り乱すリム。取り乱してるというよりは、恐らく馬鹿にしてる。

 ぶん殴るぞクソ神。

 俺が何も無しにそんな発言する訳ないだろうが。まあ、それは舞台裏の出来事なので言わんが。


 だが、そうだな。俺はあまりにも何もしていなさ過ぎる。習慣と言えば毎日の勉強くらいだ。

 そんな風景を記したところで読者は読まん。

 何かに挑戦してみるとするか。だとして、何をするべきか? 知らん。

 他人の趣味に付き合ってみれば何かしら変わるかも知れないな。よし。


 アホ面のまま立ち尽くすリムは、両手を下腹部に重ねて姿勢をよくしている。


「なあ、お前の趣味って何だ? クソ神」


「いい加減、その呼び方やめてくれませんか? 流石に泣きそうです」


 リムはわざとらしく目を擦る素振りを見せる。

 勿論、そんなことで俺は言動や行動を変えたりはしない。こんな馬鹿相手なら尚更だ。


「何なんだよ、趣味」


「えぇ〜。稔様が『愛してるよリム。俺を舐めてくれ。下の方で奮いたってる、俺の分身を舐めてくれ』って言ってくれたら教えてあげます。ついでに舐めます」


「長いなおい。そもそもんなアホみたいな台詞言うか馬鹿。馬鹿に訊いた俺も馬鹿だったな」


「やーいバーカバーカ」


 子供みたいなクソ神を、床に捩じ伏せた。

 このバカと会話しようと考えた時点で俺の負けだったか。次からは止めておこう。

 他に碌な趣味を持っているのは高畠くらいのものだろうが、一応御琴にも訊いてみるか。


 リムよりは圧倒的にマシな気がするしな。

 ゲームとかは、却下だ。今日やったからな。


「ん? ここに置いておいた筈のハエトリ草どこに行った? そもそも、それを置いてた棚すら見当たらないんだが」


 置いたと言っても、もう三週間程前の話になるのだが。棚もだ。

 ハエトリ草を世話していれば、虫はあまり湧かないだろうという計らいだったのだ。全ての部屋に置いてある。


 ハエトリ草を引き金に、俺の感情は違和感のみに支配された。凄く君が悪い。


「何だ? 何かが、凄くおかしい。矛盾しているぞ……?」


 何がとは、正確な言い方じゃない。

 だが、何がかはどうしても分からなかった。一部の記憶が曖昧な感じもする。

 肩を叩いて来たリムを、じろりと睨む。


「何だよ」


「御琴様、お疲れの様です。寝てますよ、起こさない方が」


「そうか」


「因みに、寝室に忍び込むのならお手伝いします。絶対に揉み心地五つ星の胸部が緩んだシャツから露わになっていて、無防備な下半身は除けば色々見えちゃうかも知れないですよ。それで興奮したら、私が慰めて差し上げますので、我慢は必要ありません!」


「そうか」


「えー、つまんなーい」


 心底どうだっていいので、スルーした。その代わりリムは落書きみたいにくりくりとした瞳になり、口を尖らせた。

 何て顔をしてるんだお前は。気味悪いな。


 ああそうだ、思い出した。俺は小説が好きなんだったな。

 勉強並みに詰まらない内容になりそうだが、俺は一ヶ月前に自身で初購入した机に向かって行く。


 だが、その机は存在しなかった。

 確かに机は買った。窓の前に設置した筈だ。でも、無い。

 そもそも、無かった筈のベランダが元住んでいたアパートみたいに造られている。どうなっているんだ?

 俺は頭を抱えながら、これじゃまるで──元の家に帰って来たみたいだと嘆いた。


 眼の前でニヤニヤと笑みを浮かべるリムに掴みかかる。今回はいつもと違い、加減をしていない。

 かなり軽いことに、今更ながら気がついた。

 もしかしたら死神は体重というものが無いのかも知れない。


「何ですか!? 稔様!」


「お前、何かしただろ。俺は一人暮らししていた筈なのに、何事も無かったかの様に元のアパートに戻って来ているから変だと思ったんだ」


 これが、以前リムが持っていると自信気に言っていたものがこの能力なら、かなり面倒だ。

 俺が気がついたことを確認したら、このクソ神は悪用する可能性がある。


 普段の仕返しだとか、逆恨みの為に。


 意外にもリムは言い返して来なく、俯いた様子だ。沈黙が続く部屋で、俺は彼女を刺す様に見つめる。

 油断したら何されるか分かったものじゃない。このクソ神てだから、家をめちゃくちゃにしたりとかな。

 ただの悪魔じゃないか。


「やはり、お前の仕業か」


「あ、そだ。お料理しません? 確か御琴様の趣味が料理だったと情報を貰っていた様な」


「話を変えるんじゃない。それと、忘れるな」


「無理難題でございます。私が覚えられると思うんじゃない、です」


「腹立つなお前本当の本当に心の底から」


 くねくねと左右に腰を振るリムに苛立ちを覚えつつ、御琴の部屋に向かった。隣なので数秒かければ着くのだが。

 だが先程のリムの発言を思い返せば、御琴は寝ている筈だ。そんな中「料理を教えてくれ」なんて声をかける程、俺は鬼畜じゃない。やめておくか。

 既に夜だ。まだ就寝の時間には及ばないが、遊び疲れたんだろう。


 現時刻、七時半だが親父も寝ている。

 ならば、教わる相手は母しかいない。それは色々と気が進まないので、迷惑かも知れないが高畠の家にでも行くか。

 一応先に電話で伝え、俺は高畠のアパートに向かった。


「夜に女子大生の家に向かうなんて、稔様大胆ですね。彼女も恐らく色々覚悟を決めていると思いますよ! コンビニ寄って行きます?」


 ついて来たリムが興奮気味にコンビニを指差した。別に用がないのでスルーしたが。

 そもそも、教わるとして何の料理がいいのだろうか。高畠が得意なものでも教えてもらおうか。

 今更だが、高畠の奴よくこんな時間に承諾してくれたな。


 覚えのある道を、薄暗い道路を横切って進んで行く。

 鮮明に道を覚えた訳ではない為か、地味に間違えそうになる。一つ目の角を曲がるのか、二つ目の角を曲がるのか──二つ目だ。思い出したぞ。


「お、公園見えてきましたね。稔様よく出来ましたぁ。凄いでちゅねぇ、偉いでちゅねぇ」


「おい、その舌引っこ抜くぞお前」


「酷いっ! 色気満載のお姉様が眼の前にいるのに、ムラムラしないんですか!? 貴方本当に男ですか!? ちゃんと付いてるんですか!?」


「こいつは何を言ってもバカな考えしか出せないのか。悲しい奴だな。死神か本当に」


「一応死神ですよ! 性に関心があり過ぎな」


「そうかクソ神か。忘れていて悪かった」


「それやめてええええええええ!!」


 夜中、こいつが例え外で叫んだとしても聞こえるのは高畠のみ。の筈だ。知る限りは。

 だからむしろ叫んでもらった方が高畠に合図を送れる気がして助かる。恐らく今頃扉の前でスタンバイしているのではないだろうか。


 アパートの階段を登って行き、高畠の住む号室のチャイムを鳴らす。直ぐ様高畠は出てくれた。

 やはり待っていたか。


「こんばんは稔君、リムちゃん。どうぞ入って〜。晩ご飯ついでに料理教えるからね!」


「ああすまんな。ほら、入るぞリム」


「痛っ。強く掴み過ぎです稔様! それと、名前で呼んでくれたよぉ。珍しいよぉ。……稔様最低ですね」


 確かに名前をちゃんと呼ぶのはかなり珍しい方だな。以前何度呼んだのだろうか。

 俺達が部屋に招き入れられてまず最初に気がついたのは、ベランダに続く窓が閉められていることだった。


「花、見えなくていいのか? 高畠」


 窓の外を指差して質問すると、高畠は首を振って微笑した。


「全然大丈夫。予めお世話は済ませたし、何よりリムちゃんの花粉症が心配だしね」


「悪い。こんなクソ神の為なんかに」


「ううん、大丈夫。完全には遮断されないけど、我慢してくれる?」


「ありがとうございますぅ〜。高畠様は稔様と違いますね。最高です」


「悪かったな最低で」


 お前こそ最低の死神だ。なんて口に出そうとしたが、高畠の前でリムと口論するつもりはない。するなら二人の時だ。

 まあ、その分他人からは不審な眼で注目されるが。


 リムの前には二つ大きめな箱のティッシュが置かれ、リムは早速使い捨てた。

 その間に俺は高畠に連れて行かれたキッチンで頭を悩ませる。料理はもう暫くしていない。何から始めるのだっただろうか。


「じゃあ、簡単なのからやってこっ!」


「ああ、頼む」


 時々リムのくしゃみが聞こえて来るので集中が途切れたが、高畠の丁寧な説明とフォローで何とか卵料理は粗方覚えられた。

 卵料理なのは、「一番簡単だと思うから」らしい。本当にそうなのかは、作者が料理下手なのでよく分からない。


 卵料理の次に高畠が取り出したのはキャベツやニンジンなどの野菜類。一般的にかなりランクが低いであろう野菜炒めの作り方を伝授される。

 意外にも、卵料理より全く苦戦せずに完璧に仕上げられた俺はもしかしたら天才なのかも知れない。などと自賛しようと試みたが、最初の内の卵料理の残骸を見て自重した。


 横目でこちらの様子を覗くリムは、嘲笑しているのか見下す様な表情をしている。悪かったな料理下手で。

 お前が上手かった覚えもないんだぞ。以前勝手に作っていたらしいハンバーグはただの灰の様だったぞ。何をどうしたらああなるんだ。

 黒焦げなら分かるんだが。


 夜飯には丁度いいだろうと思われる量を作り終えると、高畠が終了の合図を出した。


「ご飯にしよっか。もう八時半過ぎちゃったし、お腹空いたでしょ?」


「そうだな。リムも待ちくたびれて死体になっているしな。そろそろ食べるか」


「うんっ」


 料理を運んでいると、ふと思った。

 不味かったらどうしようか。誰も食べたくなくなる上に、高畠の食材を無駄にしたも同然なんだよな。

 不安に逆らいながら、席に着いた。

 リムはフォークをカチカチと鳴らし、上から目線で俺を見る。


「さてさて、稔様のお料理はどんなものですかねぇ。星で評価しちゃいましょうか?」


「お前何の為に居るんだよ。俺を癒すんじゃなかったのか? 完全に腹立つぞ。ストレスしか溜まらない」


「性欲溜めればいいじゃないですか! そしたら快感に溺れさせてあげられるのに!」


「さて、食べるか」


「いただきまーすっ!」


「二人して無視ですか……」


 渋々と野菜炒めを口に運んだリムは、それを星三つと評価した。どれが最高なんだよ。


「五つです」


「なるほど」


「ええ? 充分美味しいけどなぁ」


「高畠様、厳しくしなくては伸びませんよ!」


「料理下手クソな奴が言うな。下手クソ神」


「繋げないでください!!」


 結局殆ど全てが星三つで終わったが、下手クソな奴にそう評価されるのはいい気がしない。もっと別の人間の意見が聞きたいものだ。

 リムは人間じゃないんだがな。

 ……一つだけ、星二つという低評価の料理が存在した。俺すらも大して美味しくなかった。

 因みに、卵焼きだ。


 まさか簡単なものが一番下手に作れるとは、我ながらどうかしている。大した技術は必要無い筈なんだが、何故だろう。

 家でも練習してみるか。


「ご馳走様っ!」


「ごっつぁんでした」


「ゴチになりました」


「二人共もうちょい普通に言えないのかな?」


「「ご馳走様でした」」


 高畠が不満そうだったので、二人して言い直す。

 因みに、「ごっつぁんでした」が俺だ。

 何かな、何故か普通に礼を告げるのが苦手なんだ。「ありがとう」とは言えるんだが、他は言う気が出ない。

 これじゃダメだろうから、なるべく言う努力はするが。自分が不安だ。


 俺達が食事を終えた頃は既に九時半ばに近い頃だった。このまま家に帰れば十時近くになるだろうな。

 教わって飯をいただいて即行帰るのは何か気が引けるが、俺は持参していたバッグを握った。特に使わなかったな。

 俺が帰宅の準備を始めている中、リムは高畠と何やら楽しそうに会話をしている。何話してんだろうな。


「おい、行くぞクソ神」


「待って下さい稔様、夜はまだまだ長いですよ!」


「いやんなこと知ってるからな。だからこそ早く行くぞって言ってんだ」


「だから! 今日はお泊りしちゃいましょうよ!」


「……は?」


 リムは鼻を膨らませて親指を立てた。

 高畠の様子を窺う感じ、了承してしまったらしい。笑顔だ。

 まさかの展開だな。泊まる予定は微塵も無かった為着替えなど何も用意していないぞ。どうするんだ。


 それと、一人暮らしの部屋に三人も寝れるのか? 俺は廊下でも構わないが。

 高畠に訴えかけてみると、彼女は「大丈夫」と片目を伏せた。


「着替は乾燥機で直ぐ乾かせば大丈夫だし、寝室では三人くっついて寝ればいいと思う!」


「何が大丈夫なんだろうか」


「それいいですね高畠様! 乾燥機かける前に稔様の下着を堪能出来ますし、川の字で転がって稔様を左右から弄りまくってあげられますし!」


「え!? そんなつもりじゃなかった!!」


「だろうな」


 俺が風呂に入る前に自分で乾燥機をかけるから近づくなよな、リム。変態クソ神。

 それと、川の字で寝るってまさかベッドに三人で転がるつもりか? 狭過ぎるだろ。間違いなく端の一人が落下するぞ。


「あ、大丈夫大丈夫。ベッドは二つ分くらいの大きさだから」


「何故だ」


「彼氏出来たら寝たいなとか」


「なるほど」


 そんなベッドに俺達が転がっていいのだろうか? 何て躊躇いもしたが、よくよく考えたらそれを容認して高畠は提案したんだな。

 気兼ねなく寝させてもらおう。


 ……が、待て。どっちにしろ俺はど真ん中なのか?

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