第7話 カッコ悪くたって大丈夫!
朝は目覚め良く快晴が望ましいものだが、本日は生憎の雨だった。気分が下がるな。
何故か知らないが、毎晩のように添い寝をしていやがったリムの姿は見当たらない。先に下の階にでも行ったのか、または消えたのか。
後者なら好都合なんだがな。
……アイツ、見捨てられたとか喚かないだろうか。
うさぎは寂し過ぎると死ぬかなんかってよく聞くだろう。飼い主に捨てられたら自棄になっても仕方が──誰が飼い主だ。
何やら思考が変になってるぞ。最悪だ。
人の所為にはしたくないが、リムのテンションに巻き込まれ続けている為だろうな。
頭を掻き毟って溜め息を零していると、熱い熱い視線を背中に感じた。今もずっとだ。
邪な気配に振り向くと、そこにはアホ面で笑いを堪えるクソ神が息を殺していた。
「何笑ってるんだよお前は」
「だってだって、稔様今、私が居なくて寂しいとか思ったでしょ!? もうこれは勝ちですね。勝利を納めましたよ私! ひゃっほぅ!!」
「何の勝利なんだかは知らんがめでたい脳内に納めとけ。俺はお前が居ても居なくてもどうだっていい。いや居るな。ストレス溜まるだけだから」
「それは酷いですって。私が何をしたと言うんですか」
「俺の日常を崩壊させている」
硬直して動かないリムを部屋に閉じ込め、リビングに足を運んだ。まだ母達は起きていないらしいな。
背後に今にも刺して来そうな気配を感じる。恐らく普通に出て来たリムだろう。
リムじゃなければ俺にそんな態度を向ける理由が無い。
「今日は、何曜日だっただろうか。一応休日だから、外にでも出かけるか。その方が気が楽だ」
背後の人物に聞こえるように呟くと、強く肩を叩かれた。
「へぇ、稔が外出するなんてねぇ。びっくり。彼女? 彼女のとこにでも行くの?」
「御琴!? お、お前だったか……」
「誰だと思ったのー?」
曖昧な返事をし、御琴に背中を向けた。
リムだと予想していたが御琴だったか。しかも何故殺気を纏っていたんだこいつは。
何かやらかした記憶は一ミリも存在してないが、何なんだろう。そもそも怒っているのかも怪しいしな。
御琴はいつもこんなものだから、判断がつかない。
だが問題発生だぞ。御琴は何かと俺の私生活に興味を示して来る。同じ家に住んでいるのにな。
いやそうじゃなくて、このパターンは恐らく──
「私も行っていい?」
「予想通り!」
「予想通りって何よぉ。ね、ダメ? 私稔と遊びたいなぁ」
「くっ、構わないが好き勝手は許さないからな。俺について来てもらうぞ」
「うん、稔についてくー」
「……ああ」
笑顔でいればまあ、可愛らしいっちゃ可愛らしいんだがな。コイツ。
普段ダラダラしている奴がせっせと外出の準備をしていると何か違和感があるよな。
何やら微笑んだまま部屋に戻って行ったが、浮かれ過ぎではないだろうか。そんなに楽しみなのか? 外出なんかが。
俺は部屋で勉強していたいぞ。
五分程度待つと、背筋が凍りつく感覚に襲われた。今日は何だというんだ。
背後からの異質な雰囲気を察知し、オーバーリアクションで振り向いた。
ジト目が心臓を握り潰すような圧力をかけてくる、不機嫌な死神が恨めしそうに佇む。
「酷いじゃないですか稔様。幾ら私が扉をすり抜けられるからといって閉じ込めるなんて。鼻打ちましたよ」
「すり抜けられるのに鼻を打つけたのか。それに以前締め出した時すり抜けて来なかっただろ」
「すり抜けられるの忘れてました」
「お前は天まで及ぶ馬鹿だな」
リムまでついて来るなら、少しばかり面倒だな。
何故か死神が視認出来る高畠なら心配無用だが、御琴相手ならリムに反応してはいけないからな。
絶対にクソ神は話しかけて来るし、ふざける。悪戯をして遊ぶかも知れない。
別の意味で心配事が増加したぞ。
「リム、お前来るなよ」
「え」
魂を抜かれた様に停止したリムは、アホ面本日早々の二度目で棒立ち。
元はリムと高畠の家にでも暇潰しに行こうと予定していたのだが、御琴が居るならそのどちらも不可能だ。
リムが居て高畠が居て御琴も居る。ただストレス増量が促されるだけだ。
高畠には事前に連絡していたのだが、仕方なくキャンセルさせてもらおう。
因みに連絡先は自分から聞いた訳じゃない。
「本来は高畠の家に向かうつもりだったが、急遽御琴がついて来ることになった。勿論予定変更だ。分かるな?」
「つまり、私がいると二つのおっぱいに性欲が耐えられないので、お留守番していろ、と?」
「全く別の理由だがまあそうだ」
「全く別の理由ですか。なら、外では御琴様。高畠様とは彼女のアパート。私とは自宅ってことですね!」
「何の話だ」
「セ◯◯スです」
「御琴、準備出来たか?」
バカクソ痴女神を無視し、二階の御琴に大声を出す。両親が寝ていようがお構いなしだ。
そもそもこんな時間まで寝てるんじゃない。今朝九時だからな。
暫く立つと、廊下を歩く音が聞こえてきた。
御琴が妙に洒落た服を見に纏い戻って来たのだ。アクセサリーを付け化粧までして、何の真似だ。
「遅れてごめんねぇ? じゃあ行こっか。どこ行くの?」
「ん? ああ、そうだな……」
不覚だった。そういえば何も予定が無いんだった。
思い出せ、何か足りないもの無いだろうか!? 今必要なものとか──無いな。
まずいぞ、どうするべきだろうか。
「げ、ゲームセンターとかでも行くか?」
「良いけど、お金あるの?」
「殆ど無いな。御琴がやってるのを見てることにしよう」
「じゃあ今日は私がお金出すよぉ」
「は? お前こそ金あるのかよ」
「いっぱいあるよ」
あるのかよ。
普段自宅内でしか見かけないから寧ろ無いのかと思っていたぞ。何で金貯めてんだ。
何はともあれ、何もしないよりは好意を有り難く受け取ることにした方が得か。金は後々返せばいいし。
同じ家で部屋も近い。金を返す機会なんて幾らでもあるだろうしな。
「じゃあ、甘えてもいいか?」
「うんいいよぉ。ほらっ」
「抱きつくなよ!」
「え、甘えてもいいか? って……」
「そっちじゃねぇよ!」
どうしてもアホ共と居るとストレスが溜まるな。
……それと、これはただの感想だが中々柔らかくて心地が良かったぞ。ただの感想だ。他意は無い。
反応はしない様に努めたが、背筋をなぞられた。恐らくリムだろう。
いやリムしかいないか。
「大きいおっぱい、好きですか? 私もっと大きいですよ? 触ります? 顔埋めます? いっそ揉みしだいて赤ちゃんプレイでもしてみます?」
バカは無視するとして、俺は御琴の腕を引いた。
一瞬驚いた様に目を大きく開けた御琴だが、直ぐに落ち着いた笑顔を取り戻した。
急で悪かったな。痛かったらすまん。
今年、リムと出逢ってから初だ。奴が背後に居ない外出だぞ。目一杯楽しもう。
それより、何故だろうな。俺は地道に地味に幽霊の様に生きていきたかったのだが、今や自ら外出する様になった。
これまでの俺なら休日は勉強三昧だった。
だが今は違う。高畠に会いに行こうとしたり、ゲームセンターなんかに遊びに行くなどしたり……とにかく変化が見られている。
自身では中々気がつかないが、本当は遊びまわりたかったとかか?
いや、俺のことだしそんなのは無いだろうな。
道中、かき氷を二つ買った御琴はその一つを俺に渡して来た。ブルーハワイ味だ。
因みに御琴は苺味。
暑いので有り難くいただいたが、ゲームセンターに入店するなら食べ終えなくてはならない。かなり近い方なので急ぎになった。
きーん、と頭痛が脳を絞める。痛い痛い。冷たい冷たい。
「美味しいね、稔」
頬にスプーンを持つ右手を当て、冷んやりとするかき氷を堪能する御琴は同意を求めてきた。
勿論「そうだな」と返したが、実際冷た過ぎてよく分からなかった。
「ゲームセンターで何する? 私シューティングやりたい。稔もやろっ」
「ああ。だがもう大人なんだからはしゃぎ過ぎるなよ?」
「問題少ししかないよぉ」
「あるのかよ」
少し問題があるのなら見張っていなければ不安だな。ついて行こう。
御琴は昔から熱中すると大はしゃぎする癖があるからな。コントローラーを壊されでもしたら最悪だ。
俺は実際、シューティングゲームではなく頭使うゲームがやりたいんだが。まあ偶には撃つのもいいだろ。
それにしてもゾンビを撃つのか。気持ち悪い映像だな。
俺はCGが地味に嫌いというか、吐き気がする。
それが更にゾンビだとなると、気持ち悪さに磨きがかかってリバースしそうだ。かき氷ってリバース出来るのか?
……というか、本日最初の食事がかき氷だとはな。何とも言えん。
「うりゃっ! うぇえ、うわわっ、ちょ、ちょちょちょ!」
「お前黙って出来ないのかよ!?」
「こんなの黙ってやるなんて損してると思う」
「注目の的になるのは個人的に凄く嫌だぞ!」
「何事も楽しんだ者勝ちだよぉ」
無粋なこと言うなと言わんばかりに肘で突いてくる御琴。
まあ、注目を浴びているのははしゃぎ過ぎだからだけでなく、単純に御琴が美人だからだろう。
俺みたいな根暗人間ならいざ知らず、大抵の人間は綺麗な女性に目線が行くと聞くからな。
その綺麗な女性は小学生並みのテンションでゾンビを倒すシューティングゲームに夢中なのだが。
本当にこんな奴のどこが良いのか知りたい。
訊いても理解出来ないかも知れないが。
「やぁっ! わぁ、ヤラレちゃったなぁ〜。あと頑張って稔! 私飲み物買って来るよ」
「あ、これアレか。一人死んでももう一人が生きていれば続行されるタイプのか」
御琴によると大抵のゾンビゲームはそうらしいが、あまりよく知らないのでな。
それと二人でも難度が高めなシューティングゲームで、片方が負ければ勿論もう一方も──ほら負けた。インドア派な俺達だがゲームは苦手な様だな。
振り返ると御琴の姿が見当たらなかったので、シューティングゲームの前方に設置されたベンチに座る。このベンチは恐らく順番待ちの人間用だろう。
それにしてもこのゲームセンターは騒々しいな。当然だが。
俺は頭痛のするような騒音が酷い場所には寄りつかない。理由は単純にそのまま、頭痛が辛いからだ。
騒音の少ない屋内で静かに過ごす俺にとって、アウトドア系はかなり厳しい。
……ゲームってアウトドアではなくないか? 単にうるさいだけだ。
御琴はゲームが好きらしいんだが、俺より下手くそだとは驚いた。
ふと記憶から起き上がって来たのだが、ゲーム好きの中には世界大会優勝とかする人間も勿論存在するのだろう? 凄いな、俺じゃ何年経とうが無理だ。
「稔、コーラでよかった?」
「あー、まあいいそれで」
「絶対好きじゃないんでしょ」
「正直なところな」
「じゃあオレンジあげる」
「すまん」
御琴が飲みたくて買ったのであろうオレンジジュースを申し訳なくも受け取り、口をつけた。
コーラは飲めない訳ではないが、得意じゃない。
炭酸系のしゅわぁっとするあの感覚が妙に苦手なだけだ。コーラは匂いもな。
気がついたことだが、御琴はテンションが高まるとはっきりとした口調に変化する様だ。
普段自宅で見せるダラダラと語尾を伸ばす様な癖はなく、聞き取りやすい。そっちで話してくれないだろうか。
黙りこけてコップを見つめていると、御琴が不機嫌そうに眉を曲げて呼んできた。
急だったので驚いたが、落ち着いた様な素振りで返事をする。
「何だ? 御琴」
「あのさ? 稔って殆ど部屋に篭ってるじゃん? それって何してんの? ゲームが得意じゃないってことは、別の何かだよね?」
「勉強だ」
「勉強好きだねぇ」
別に好きではないが、役に立つからな。
それと心の底から思ったんだが、お前ら本当に質問責め好きだな。一度に何度疑問持ってんだよ。
そんな俺は地味にリムが隣に居ないことを変に感じていたが、深刻そうな表情を見せる御琴に焦点を合わせた。
普段ダラダラしているこの義姉が深刻そうなのは稀なことだ。
言い方は酷いかもだが、こいつはアホだからな……俺の周囲にはアホしかいないのか。
「どうした御琴? 腹でもイカれたか」
「な訳ないでしょ」
「ならどうしたんだよ。言ってみろ」
「うん……」
御琴は瞳を閉じると、意を決した様に頷いて俺の眼を見た。
こちらも構えて眼を見つめるが、何やら気恥ずかしいな。眼を見て会話するのは。
「あのさ、私聞いちゃったんだぁ。稔最近、誰かと部屋で話してるよね? 誰か、部屋にいる気配もするし……」
「えっ、あ、で、電話じゃないか?」
「毎日の様に怒鳴ってるし、物音凄い時もあるしぃ」
「な、何だろうな」
俺は誤魔化す為にオレンジジュースをぐびぐび飲む。一回で飲み干してしまった。
もう、誤魔化せないな。まあこの義姉がリムの存在を明確に出来るとは思えないが。
そんな俺の思い込みを完璧に裏切るかの様に御琴は言葉を続けた。
「私がさぁ、言ったよね、『何騒いでるの?』って。あの時、誰かと話してたし、隠したよね? 稔」
「いや、その……それは、な?」
不味い。全身が震える程不味い状況だぞ。
御琴は意外にも観察眼を持っていた様だ。俺が隠しそびれている日常会話も、聞き取られてしまっていた。
もう、隠し通すことは不可能なのか? いや、寧ろ隠し通すしかないんだ。
リムと出逢った翌朝のこと、『誰かを隠した』ということは、あの場で隠し切れていなかったリムの姿が視認出来ていなかったという訳だ。
それなら、「死神」と打ち明けても笑い者にされるだけ。独り言だと言い切り、アホな奴だと思われる事の方が余程気が楽だろう。
なら、俺は後者を取る保険タイプだ。
「いや、やっぱりいいや」
「え?」
突如溜め息を零した御琴は呆れた様ではなさそうだ。少しだけ、清廉な瞳をしている。
そして不器用に微笑んだ。
「例え何か変なことしてたり、カッコ悪くたって大丈夫。私は稔のこと好きだし、そのくらいで印象悪くなんないよ」
「御琴……」
変って言ってんじゃねーか。
「さてと、次行こっか! 稔!」
「まあ待て、もう少しゲームで遊んでもいいか? 少しは体験してみたい」
「オーケー! じゃあ、アレから──」
手のかかる、ダラけた義姉だが、長く日々を共にしてきた為か俺の隠し事は読み取れるらしいな。
俺ももう少し、他人のことを観察してみるとするか。
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