第5話 天に召されまして

 午後四時になるまで延々とテレビゲームを繰り返したが、意外にも俺と趣味の合うジャンルのものばかりだった。

 三人で交換しながら二つのコントローラーを扱っていたのだが、人生ゲームだった。俺は実は人生ゲーム好きなんだよな。


 現実の人生などとても下らなくて、死ぬという現実を突きつけられても物怖じしなかった。だが人生ゲームで不幸が訪れれば話は別だ。血の気が引く。


「いや、もうちょっと危機感持ちましょう? 稔様」


「だな、最後の全財産すったには正直生きてる心地がしなかったな」


「ゲームの話ではなくてですね!?」


 現実で死への危機感や不安を抱いてどうする。いつか誰にでも訪れる運命だろうが。

 まずお前が言うなクソ神。死神が魂を刈るんだろ。


 最後に「またね〜!」と手を振り続けていた高畠に軽く頭を下げ、先程アパートを去った。

 帰路の自販機でドリンクの値段を確認し、それをメモして買わずに先を行く。

 道中、リムがツンツンと俺の袖を申し訳無さそうに引っ張る。


「何だよ」


「さっき高畠様に手を振られていたでしょう? ああいう時は返してあげませんと」


「何だ? そんな絶対条件聞いたことないぞ」


「そうではなくてですね、もう、あの、捻くれ過ぎです稔様」


「お前はもうちょっと頭を捻られるよう努力しろ」


 語彙力が無さ過ぎではないだろうか、このクソ神。いい加減分かりにくいからな。


 高畠の家から自宅までは大した距離は無く、会話をしながら歩いていればあっという間だった。そして気がつく。大して時間かかる事なく大学へ徒歩で行ける、と。

 今まで何故電車など利用していたのか疑問な程近かったぞ。道も記憶したし。


「幾らでした? 一番安くて」


「ん? 百十円だ」


「買わないのですか?」


「無駄に使いたくない」


「無駄とは一体……」


 その会話が途絶えた頃には、視界に自宅が入り込んでいた。本当に数百メートルの距離なんだな。近い。

 恐らく既に大学からサボりの情報は来ているだろうから、敢えて堂々とリビングに向かった。途中、倒れていた水筒を直した。


 待て、何故水筒がある? 誰か使う事があるのか? 中身が入っていそうだったが。


「お、帰ったか稔。お前も挨拶しなさい」


「急に親父ぶるなエロジジイ」


「こらっ! おま、なん、何て冗談を言うんだっ!」


「冗談のつもりは無いが……何故そんな取り乱してるんだ?」


 手をフリフリと頭上で踊らせる親父に向けて顔を傾げるが、もう一人別の人間が椅子に腰を掛けていることに気がついた。

 椅子には、小学生並みに小さな黒髪の女の子が座っている。いや、小学生だと思われる。身長的に。


 親父が取り乱したのはその少女の前でエロジジイなどと口走るな、という注意でもあるのだろう。


 理解したつもりで二度頷いた俺は少女の脇で屈んだ。「そこ俺の席なんだけど」などと大人気ないことを言うつもりは勿論無いぞ。


「どうも、相葉家の稔という。君は?」


 営業スマイルで優しく接する。小学生にまで片意地を張る必要はないだろうしな。


 少女は俺の顔を大きな瞳で品定めする様に眺め、突如服を掴み上げ──何故?


「忘れたのかしら? 私のこと。ねぇ、稔お兄ちゃん? ねぇ、ねぇ、ねぇ忘れたのかな?」


「え、あ、あ……?」


 突然の事で脳内の回転が追いつかない俺は、ふと視界に入った背後のリムが勝ち誇った様な笑みを浮かべているのにだけ気がついた。殴るぞお前。


 それと、少女の腕はそこそこ力が強く、大きな目は半分程度まで閉じられ睨みつけるよう。電気に照らされて紫色にも錯覚する黒髪は頬に沿って流れている。

 強い口調、紫染みた黒髪、そしてこの腕っ節──俺は記憶の底からある人物を判定した。


「な、渚……か?」


 俺が圧力に伏せ気味に名を出すと、掴み上げられていた襟が解放された。

 息を身体一杯吐き出した少女は椅子からふわりと降り立ち、首元にかかった髪を払い退けた。


「やっと思い出したのね、稔。遅いわ、マイナス百五十点」


「まさか、お前が寄ってるとは思わなくてな」


「思い出せないのとは関係ないでしょ!」


 ──如月渚。俺の幼馴染みの女子だ。

 昔から強気な性格は変わらず、男子に対しても教師に対しても自分が正義なら上から物を言う。殆ど女子の味方をするのだが。

 それでいて美人な為、男子からの、主に虐められるのが好きな性癖を持った者達からのアプローチは後を絶たなかった記憶がある。


 そしてそれは、小学校までの記憶だ。中学からは一度も出会わなかった為、すっかり容姿を忘れていた。

 変わらな過ぎてむしろ分からなかったわ。

 身長だって小学生並みじゃないか? もしかして年齢止まってたりする?


「ねぇ稔? 私今幾つになったか分かるかしら? ねぇ、分かるのかしら?」


 顔は小学生レベルのロリ。だが口調は大人っぽく、声は女性にしてはかなり低め。因って、この尋問はかなり厳しく感じる。

 もし、さっきの推測が当たっているのだとしたら、今は中学生くらいか? それともただ変わらな過ぎなのか?


「じゅ、十六とか、かなぁ」


 間を取って高校生にしてみた。

 笑顔になった渚に安心して一息吐こうとした矢先、顔面に強烈な蹴りがプレゼントされた。


 床に倒れる俺を更に強く踏みつける渚と、前方でそんなにかと苛立つ程笑い泣をしているリム。いい加減キレるぞ二人共。


「私が何? 十六? そんなに若く見えるのかしら?」


 そんなに若く、と言うか、もっともっと若く見えます。小学生に見えますよ。


「私とあんた、たったの二歳しか変わらない筈よね? 稔あんた今十八なのかしら? ねぇ、十八なのかしら? ねぇ?」


「……そうだよ」


「え、あれ? そ、そうなのかしら?」


「まだ十八だよ。俺誕生日一ヶ月後だし」


「え? あ、そ、そうだったわね。私の方が誕生日先だったわね。一ヶ月」


 申し訳無さそうに脚を退かした渚に溜め息を吐くも、間一髪だったのだ。実は。

 俺は先程言った様に、大学生と中学生の間をとって十六と答えただけ。それが運よく俺の年齢と二歳の差だったという訳だ。


 誕生日が一ヶ月後で助かったぞ。背骨を折られるところだった。


「稔様、六月なんですね誕生日」


「……」


 メモを取るクソ神に一言質問したい。お前死神で俺が死ぬ日は覚えてるのに誕生日は覚えてないのかよ。そんなに死んで欲しいか?

 それに、今はお前との会話は不可能な事を認識しろ。クソ神。


「……まあ、年齢を間違えたことに変わりはないわ。特別、許してあげるけど」


「そもそも何故覚えてなくては……ぐほぉっ!」


「黙りなさい。タマ蹴り上げるわよ」


 女子高生が言っていい台詞ではないと、思う。普通なのかな? ダメだ俺では分からない。

 周りに平気で下ネタを会話に突っ込んで来る人物が居るからどれが正解だか判断出来ない。ほら、ここにも二人居るぞ。クソ神とエロジジイが。


 腕組みをして俺の全身を観察する渚は、溜め息を溢して親父に目線を向けた。


「な、何かな渚ちゃん」


「貴方がド変態だから、稔もド変態になってしまったのね。納得だわ。彼を借りるわよ」


「あ、ご、ご自由にどうぞ」


「ご自由にどうぞではないだろ。それと、聞き捨てならないな。俺はド変態では……」


「黙りなさい」


 強引過ぎるだろう。何故俺達はたかだか女子高生に屈しているのだろうか? 特に親父。

 圧力か? やはり圧力の問題だろうか。別段法に関わるような権力は持っていない渚だが、言葉の一つ一つに有無を言わせない圧力を持っているのだ。


 先程まで笑い転げていたリムも畏まって縮こまっている。ビビり過ぎだろ。


 俺の襟を再度掴んで引き寄せた渚は、キツめの目つきで目を合わせて来る。背伸びしてるな、コイツ。


「連れて行きなさい、あんたの部屋に。色々とチェックさせてもらうわ」


「あー、分かった。よいしょっと」


「ちょ!? な、何してるのよ下ろしなさい!」


「いや、連れてけって言われたからそうかと」


「案内しろって言ってるのよ!」


 小さい身体で俺の歩行速度について来られるのか心配なので、抱き上げたまま部屋に向かう。

 道中ポカポカと叩かれ続けたが、何が作用しているのか従来の力強さは無かった。


 部屋の前で立ち止まり、扉を開けて中に渚を放り入れた。少し待つように言い聞かせてから。


「あー、お前は入って来ない方が良いぞ。ここで待つのが不満ならリビングでテレビでも見てろ」


「へ? いやいや、私も入りますよ! 心配じゃ……あ、なるほどそういう事なんですね。チェックって、ああ〜そういう事ですか〜。ごゆっくり〜」


「とんでもない勘違いをされた気もするが、まあいいか」


 なるべく小声で会話したから渚には聞こえていないだろうが、俺はリムの態度に不快感を覚え、部屋に入った。

 渚は小さな身体でちょこんとベッドに座っている。


 何かしらチェックするのではなかったのだろうか。


「久しぶりね、稔の部屋。いい匂い」


「ベッドの匂いを嗅ぐな」


「さてと、エロ本探しでもしようかしらね。エロいグッズとかも全部」


「ぶれないな、お前も……」


 実を言うと、俺は今から七年ほど前、丁度小学六年生の卒業式の時に渚から告白を受けている。そして思い切り振ったのだ。

 それから彼女は俺と出会う事も無く、こうして月日が経って再開する事になったのだ。


 部屋に来ては十八禁の本を漁るなど、小学生が思いついていい事ではないと思うのだが……。

 高校生になった今も変わらず、か。


「なあ、渚。一つ確認というか、知っておきたい事があるんだが」


「ん? 何ぃ?」


「お前七年間どうして姿を見せなかったんだ? そして何故今になってうちに来た?」


 俺の質問に、ベッド下に手を突っ込む渚の全身が強張る。恐らく、訊かれる予想をしていなかったのだろう。

 小学四年生だった渚は姿を晦まし、俺達家族の視界から消えてしまった。一日に一度は寄っていたうちに来なくなったのだ。


 俺から会いに行こうにも、よくよく考えて彼女の家を知らないことに気がついた。

 そして俺達は七年という長い年月、別れたのだ。


「……そうね、先に言っておくと、振られたショックではないわ」


「なら、何故だ? 引っ越しをした訳ではないんだろう?」


「ええ、全然違うわ」


「いちいち全然って付けるか?」


 ベッド下から手を引き抜いた渚は、仕舞ってあった健全な小説をペラペラと捲っていく。特に厭らしいシーンなども無いぞ?


 俺は彼女の返答を、藍がかった瞳を見つめて待った。そんなに話したくないのか、中々口を開こうとしない。

 渚は、俺に何でも話してくれると思い込んでいたんだが、本当にただの思い込みだった様だな。


「違うわよ、気になるシーンがあって読んでただけ」


「あ、そうですか。うん、先に答えろよ」


「悪いわね。ん、まずどこから話そうかしら。そうね、私が──」


「ん?」


と出逢った、という部分からかしらね」


「は……?」


 突如発せられた信じられない言葉に、俺は口を開けたまま渚を見つめた。

 死神と出逢った。そう言ったよな? 今渚は。本物か? リムの様な出来損ないではなく、本物か? 遊園地などに置かれた玩具などではなく。


 死神の玩具が置かれた遊園地? ああ、俺が渚とも遊んだ事のある場所だ。ここから電車二駅で到着する。



 渚は左手で右腕を掴むと、俺の視線を避ける様に目を右下に向けた。


「私は本来、六年前にこの世を去る予定だったのよ。そう、死神に告げられたの」


「そ、そうなのか。で、その死神ってポンコツだったか?」


「知らないわよ。直後に魂を刈り取られているんだもの」


「──え?」


 思わず声が裏返った。

 この、現在俺の眼の前に座る女の子は、死神に魂を刈り取られたと打ち明けたのだ。

 だが、実体は残されている上、会話も出来ている。成長は、あまりしていないが。


 魂を刈り取られたということは、死んだ、という事で間違いは無いんだよな?


「ええ、死んだわ。思い切り死んだわ。ベッドの上でちょっとばかりあんたの妄想にふけながら死んだわ。醜態さらして死んだのよ」


「別にそこまで訊いてないが、まさかそんな死に方だったとは──待て、妄想?」


「稔に熱く激しく抱かれる夢を見て最期を迎えたの。中々良い心地がしたわよ」


「あ、ああそうか。ま、まあそれなら、うん」


 思ったより幸せそうでよかったが、俺としては絶対にスルー出来ない部分が有るんだ。とても重要なポイントだぞ。


「お前、今死んでるのか?」


「いいえ?」


「あっさりし過ぎだろ。つぅか、魂刈り取られたのに死んでないってどういう事だ!? 全然話に追いつけないからな俺!」


「いいわよ、追々説明するつもりだし」


「今説明しろよ」


 渚は不機嫌そうに右頬を膨らませると、「仕方ないわね」と溜め息を吐いた。

 俺はこんな説明で納得出来る程出来た人間ではないからな。幼馴染みが死んだと聞いてそれをへーそうですかぁと流せる訳がない。


 どんな理由があろうと、どんなビックリストーリーが飛び出して来ようと、俺は渚を受け入れる。絶対に動揺なんかに負けやしないぞ。


「私はその日、盗んだ稔のパンツを顔に押し当てて興奮する匂いを堪能していたのだけど──」


「無理だ!! お前何してんの!?」

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