第3話 私も私も!

 ポンコツクソ神と二人並んで廊下に佇み、その光景すら明確だと言う女子生徒。俺達は授業に向かう事すら忘れ沈黙を続けた。


 先に無言を諦めたのはやはりコミュ力の高い女子生徒の方だった。


「何かさ、絵本に出て来る魔法使い? 魔導師? みたいな服装してるじゃん? 黒いの、ね。それでさ、銀髪で超可愛いんだけど! ね、誰?」


 可愛いとか言うんじゃない。ほら、隣の奴がくねくねしながら明らかに喜んでるだろう。コイツにはクソ神とでも言っておく方が有効だ。


 女子生徒は定距離を無視し、ずんずんと近づいて来る。そしてリムをじっくりと眺めている。

 それだけじっくり見られているとなると、もう幻覚だとか言って追い払うのは難しそうだ。


 俺さっきクソ神リムに話しかけてたしな。


「いや……それは、その」


「ね? 誰誰〜? 妹? お姉ちゃん? セフレ?」


「最後のおかしいだろ」


 女子生徒に手刀を振り落とす。その内に逃げようと走り出すが、日々の運動不足が災いし数秒後捕らえられた。

 この女、脚早いな。それとも俺が遅いのか?


 仕方なく女子生徒に向き直り、覚悟を決めた様な意思表示を見せる。無論そんなつもりは毛頭無い。


「ね〜ね〜、怪しいんだけど本当にどうなの? 恋人? 彼女なの? コスプレイヤーだったり? そういうの興味あるの? それともセフレ?」


「だから最後どうにかしろよ!」


「いたっ」


 またまた手刀を今度は強めに落とす。そして逃げるの繰り返し。捕まる速度は一回目より早かった。


 この女、先程の会話で六回もクエスチョンマークを使用したぞ。質問責めが得意なのだろうか? 単に疑問が多いのだろうか。

 そしてな、こんなクソ神と恋人だなんて例え骨が砕け散っても嫌だぞ。


「いや、稔様いけずぅ」


「知るか。お前が付いてきたのが悪いんだろうが。どうにかしろ」


「えー、もういっそセフレでよくないですか?」


「お前はバカか」


 一旦女子生徒を右手で突っ張り引き離し、リムとプチ会議を行う。このバカ度には、呆れるよな。本当に。


 俺はキャラ的に、というか恋人を作る様なタイプではない。それは俺自身が認めていることだ。そしてそうでありたいという願望もある。

 それに、相手が死神だと知れたらどうなることやら──リム、コイツを消してくれなんて言えないしな。


 流石に犯罪者にはなりたくないし。死神を利用して死のノートを使いたい訳でもないし。


「そんなノート有りませんけど」


「例えだバカ」


「ところで稔様……」


「少し黙ってろクソ神」


 思考を超特急で巡らせなければ。新幹線よりも早く、音よりも早く、光よりも……ってそれでは脳が壊れてしまうよな。うん。


 右側からツンツンと胸の辺りを突かれる。恐らくリムの仕業だろうが、邪魔されてイライラしているぞ。

 解決策、打開策でもいいからと脳をフル回転させていても止めないリムに苛立ち──


「いい加減しろ! 邪魔をするな何なんだ!」


 怒鳴ると、リムは両手の人差し指を後方に向けていた。その先には、女子生徒がいる筈だがまさか聞かれているとかか!? 早く言え!

 更に呆れていると、リムは右手を左右に小さく振った。


「いえ、そうではなくて……」


「あ!? 何……っ!?」


 俺は自身の右手を確認し、血の気が薄くなるのを感じた。


「ん、まだ足りない、かな……?」


 俺の右手は、突っ張っている。よくよく考えると、女子の身体を押さえているのであって、角度的に上半身の一点だった。

 女子の身体を押さえるのをイメージしてみてくれ。後ろ向きになり、右手で突っ張る感じだ。想像出来ただろうか。


 イメージし、理解が出来たのではないだろうか。

 俺の右手が押さえつけているのは、人にも因るが女性の最も前に出ている部位だ。

 まるで触りたくて仕方のなかった奴の様に、鷲掴みにしてしまっている。


 冷や汗を垂らして青冷めていると、リムが耳打ちをして来た。



「クラスメイトギャルの、おっぱいゲットだぜ。ですね稔様」


「だ、黙れ……」


 こんな状況でもふざける気かお前は。

 そんな俺も状況に足が竦み手を放すのを忘れていた。ふと手を放し、女子生徒の顔色を窺う。


 目線を斜め左下に落とし、少しだけ頬が赤らんでいる様に見える。まずい、かも知れない。叫ばれたら大変だな。

 よし、逃げるか。


「え、稔様!?」


「何だかよくは分からんが、とにかく逃げようと思う!」


「あれ? 相葉君!? ちょ、このタイミングで逃げないでよ〜!」


「追って来るなああああ!」


 産まれて初めて全力で走ったが、結局は真横に女子生徒が居た。どれだけ遅ければそうなる。スタートダッシュはかなり先だったぞ。


 屋上まで逃げたが、女子生徒も隣に居たので実質一緒に屋上へ上がっただけだ。

 因みにこの屋上は毎日勉強を欠かさず行い、成績も良い人間のみが上がる事を許可されている。つまり、この女子生徒もそうなんだろう。


 俺が息を荒上げていても、背中を摩っている女子生徒は息切れすらしていない。恐ろしいな。


 それより廊下を走った事で屋上に上がる権利剥奪されそうだな。静かで良い勉強場なんだが。

 今更気がついたが、リムが魂抜けかかっている。死神なのに体力無さ過ぎだろう。関係ないか?



「あのさ相葉君、何で逃げるの? 何で何で〜?」


「うる、うるさ、うる……」


 呼吸困難になりそうだ。もう二度と全力疾走なんてしてやるものか。クソ。

 女子生徒は深呼吸をすると、俺の手を引いてベンチに腰をかけさせた。こんな所にベンチ有ったのか。普段無心だから分からなかったな。


 ついでにリムも座っているが、女子生徒だけは立っている。


「二人共、スタミナ無いね〜。まあ私陸上やってたし仕方ないか」


「お前があり過ぎるんだ女子生徒。陸上部にでも入っていたのか」


「いや、私女子生徒だけど名前ちゃんとあるよ。高畠由依。覚えてね」


「気が向いたらな」


「ええ〜」


 漸く女子生徒の名前を知ったが、毎日ホームルームでは同じクラスなのに俺もよく覚えないものだ。クラスメイト一人目名前を覚えたぞ。

 それと高畠、お前俺が陸上について質問したの答えろよ。陸上部入ってたのか?


 もう一度訊き直してもまるで無視する高畠はリムの背中を摩り、どさくさに紛れて頭巾を剥いだ。


「ほわぁっ!? ちょ、返してください!」


「お、まだまだ元気ありそうだね〜。よかったよかった。はい、どーぞ」


「もう!」


 何だ? リム。お前その頭巾気に入っているのか? それとも重要な物なのか? 死神としてとか。

 それはそうとして、俺は高畠の横顔をじっと見つめた。いつ質問に答えてくれるのだろうか。


「ん?」


 右側から痛い程の視線を感じた。リムが睨みつけてきている。引っ張ったの怒ったか?


「めっちゃ見てますね」


「ん?」


「あ、私の事見てた? あはは、惚れちゃった? 照れるなぁ〜」


「俺の周りってこんなのしか居ないのだろうか」


 自信過剰なんだか自意識過剰なんだかは知らんが、俺はチャラい女もアホな女も好かない。俺が好意を持てるとして、勤勉で真面目で勉強についての会話が出来そうな女だけだ。

 だが一つ条件がある。勉強を共に行う時間以外は放っておいてくれる事だ。


 俺は地味に、道端の雑草の如く生きていたいのだからな。


「わぁ、相葉君って童貞なんだねぇ」


「そうなんですよ。奥手なんだか、女の子に興味の無い体を装って日々を過ごしてるんです。まだ右手とも恋人になっていないんですよ?」


「それは生粋だねぇ〜」


「お前ら何の会話をしてんだ。アホ共が」


 下らな過ぎる会話でも、この大学は多少厳しいからな。下品な会話は控えておけ。

 それと高畠。お前今俺以外の他人から見たら空のベンチに話しかけている痛い奴だからな。


 もういっそリムすら置いて行こうと立ち上がると、二人も会話を止めて立ち上がった。釣られて立ち上がったみたいだな。


「まだ、教えてもらってないんだけどなぁ。ねね、二人はどんな関係なの? 恋人でもないなら、何? 兄弟にも見えないけど〜」


「リム、説明してやれ。信じないとは思うけどな」


「あいあいさー」


 どうせ死神がどうとか説明されたところで、大抵の人間は付いてこれない。または痛い奴らだと軽蔑する程度のものだろう。

 特にこんなアホ丸出しの高畠の様な人間は軽く受け止めて笑い流す。見え見えな性格をしている。


 だからどんな説明したって、俺にとって害は一切無い。唯一、気にかかる点と言えば──初めて名前を知った人間と即敬遠することになるというところか。



「では、ご説明させていただきます。良いんですね? 稔様」


「ああ、全然構わない。寧ろじゃんっじゃん話してくれていいぞ」


「なら、稔様の息子さんについてから……」


「そういうじゃんじゃん話せじゃない。全然別の事になってんだろうが」


 よくもまぁ飽きずに下品な会話ばかり思いつくものだなクソ神よ。もういっそ「下ネタ製造機」にでも改名したらどうだ。ピッタリだぞ。


「あー、私、そういうのは今は知らなくて良いかなぁ」


「そうですか? 了解です」


 意外、と言ったら失礼だろうか。高畠は照れ臭そうに鼻頭を掻き、拒否をした。

 先程も人の性事情を真剣に聞いていたから、からかう様にでも話を聞くと予想していたのだが。


 拒否されて詰まらなそうに口を尖らせるリムは、一度咳払いをした。


「高畠様、私実は……死神なのです!」


 わざわざ溜めて言わなくてもいいだろ。

 ドヤ顔で意表を突いた気分でいるリムに対し、高畠は微動だにも、顔を歪ませる事すらせずに


「そうなんだ〜。で?」


 と目を輝かせて質問。これは教えなかった方がよかったかも知れない。


「やっぱり普通じゃないって思ってたんだよね! まるで『私ここに居ません』的なオーラ出して何食わぬ顔してるからさ〜」


「え、信じてるんですか……?」


「信じてるよ? 私何だって信じるよ? 凄くない?」


 いや何が凄いのかは分からない──訳でもないな。バカ度が凄い。アホ過ぎる。

 何だって信じていたらいつか詐欺に遭うぞ。死神とか幽霊を信じるのだとしても、信じ過ぎたら詐欺に遭うぞ。


 俺は高畠の将来が今の一瞬で心配になった。

 まぁ、もう将来がある、と言える年齢ではないのだが。俺も高畠も十八の大学生だし。



 それにしても、あんな簡単に信じ込む人間が居るとは思わなかったぞ。つぅかよく見てんなおい。

 リムはそんなオーラ出していたのか? そんな表情をして俺の隣を歩いていたのか? 全然気がつかなかったぞ。


「だから私は二人のこと信じるけどさ、何で死神が相葉君について歩いてるの? 相葉君死ぬの?」


「死にます」


「一年後に死ぬらしいぞ」


「嘘! 話しかけておいて良かったぁ。で、それはそうとして何で一緒に居るの? 死神と人間が」


 次々と質問が溢れ出て来るの凄いな。どれだけ興味あるんだよそこに。そして俺の死についてはどれだけ興味無いんだよ。

 情が厚いなんて一度でも認めた自分を殴りたいぞ。


 それより、今の質問には答えるのか? リムの奴。


「ちょっと手違いというか勘違いがあって早めに来て死を知らせてしまったので、お詫びにそれまで癒して差し上げようかと思いまして」


 普通に答えるんだな。アホな性格はここまでアホを強化し退化させるのか。脳を。


「俺は癒されもしないし寧ろ苦労するので要らないんだけどな」


「酷いっ!」


 家事も出来ない上こうして面倒事を増やされるだけのクソ神にどう癒されろというんだよ逆に。言ってみろ。

 本当に癒してくれるのなら面倒をかけるな。何もするな。動くな。視界に入るな。


 どうしても、リムが死神としても何だとしても未熟にしか思えない。本当にそうなのかも知れんが。


「癒し……癒しかぁ」


「別に癒しが欲しい訳ではないけどな? おーい聞いてるか高畠」


 何処か遠くを眺めている高畠に手を振ってみる。反応は無かった。見ろよ。

 高畠にもリムにも呆れていると、授業開始のチャイムが鳴り響く。忘れていた。


 一度サボってしまうと一日は目をつけられてしまうからな、今日は諦めて帰るか。

 立ち尽くす、自分の世界へ入り込んでしまったらしい高畠を他所に俺とリムは扉の方へ歩く。


 ドアノブに手をかけようと伸ばすと、高畠の叫び声に跳び上がった。驚いたわ。


「うん! これだ、こうしよう。これなら完璧上手くいく筈! いいと思う!」


 高畠は未だこちらの世界に戻って来ていない。変に絡まれる前に戻ろう。


「待って相葉君! 私から提案があるんだけど、いいかな?」


「提案……?」


 逃げられはしなかったが、自分の世界から帰って来たらしい高畠に向き直る。話が通じるのなら、無駄な会話ではない、と、思う。多分。


 高畠は駆け寄って来ると、俺の首に両手を回して来た。首を絞めるのかと焦ったが、違った模様。


「私も私も! 相葉君……いや、稔様を癒すね! ね!」


「……は?」


 俺の口が開いたまま塞がらないのに気がついてくれたリムが代わりに閉じてくれた。有難いが、力が強過ぎて痛かった。

 何やら理解不能な台詞を吐く高畠を前に、俺とリムはただただ疑問符を浮かべるだけだった。


「よろしくっ!」


「……は?」

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