第一話 引きこもり魔女っ娘に外出とエクスキューション!

 外に出たシビルは冷え切った外気に触れた途端身震いする。

「ややっぱぱ、かえららなない?」

腕を抱えながら街の方へ歩き続ける。立ち止まってしまうと余計寒いから立ち止まれない。吐いた息は途端に純白へと変わりそのままどこかへと消え去っていった。足跡は雪の上にはっきりと刻まれていく。

「俺を抱っこすれば暖かい。猫だから」

シビルは足元の猫を軽蔑の目でみる。

「やだ。ローブの中で温まろうとしてるだけだよね」

足元の黒猫はスタスタと先を歩くのをやめた。猫の足跡は浅くシビルが軽く触れただけでもその形を保てるとは到底思えないほど小さい。

「世界を構築する我らが炎よ」

「何するつもり?」

「我が主の魔力を糧としてこの場にささやかな熱をもたらしたまえ〈フェウエル〉」

テリーは初等の炎魔法を唱えた。

「炎魔法の防寒……70っ点!」

シビルが蔓延の笑いながら言うとテリーは性格が悪そうにニヤリと笑った。そしてスタスタとまた歩き始める。

「そんなに褒められたのが嬉しかった?」

シビルもその後ろを追っていく。返事はなかった。それにしても我が使い魔らしくなかなか気が利く。炎魔法で温まろうとは考えもしなかった。すごく暖かい。特に足元が。……局所的に熱い。……焦げ臭い。

シビルがローブを見て回すと後ろの端から炎が上がりローブを焦がしていた。

「主を燃やす使い魔があるかー!」

そう怒った頃にはすでにテリーは地面に転げ回って笑っている。

「〈ウェイシャ〉」

シビルが一言唱えると足元に魔法陣が現れ、ローブの火の着いた部分に放水する。炎はしゅうという小さな音をたててみるみるうちに小さくなり、ついには消えた。ローブは焼け焦げてしまったが元からところどころボロだからあまり目立たない。

「テリー、覚えときなさい」

笑い転げたままのテリーに一言ぼそっとつぶやきシビル早足でどんどん進んでいった。

 結構歩いてきた。結界の端、視覚的には見えないが魔力の流れに触れればなんとなく結界がありそうな気はする。

「〈バーリエラ〉!」

シビルが一言唱えると唱えると結界が目に見えて輝いた。輝いた結界は複雑な模様が描かれておりテリーも思わず見とれている。

「お前あんなダラダラしてるくせに魔法の腕だけは確かだよな。長い詠唱省略してもちゃんと機能する魔法を唱えられるってことは魔力がそれだけ多いってことだし。そもそもこうして俺がお前と話してるのだって人間の思考を人以外の生き物に与える魔法なんて術式が難解すぎて誰も使わない魔法を俺に使ってるからだもんな」

テリーが一人感動してくれているのを置いといて、シビルは結界の模様を隅から隅まで細々と眺めた。それから雪の上にしゃがみ込み杖の先で魔法陣をちょいちょいと書いてみせた。

「あんた、ちゃんと点検してたの? 思いっきり敵味方のフィルタリング部分がぶっ壊れてたけど」

「お前の指示通りにやったとも」

「じゃあなんで壊れてるの?」

「知るか」

一人と一匹は顔を見合わせ不思議だというふうに無言の意思交換をした。

 またさらに歩いた。街のゲート前。ゲートおじさんがこちらを見ている。仲間にはしない。

「ようこそいらっしゃい! ここは雪の街『スウェント』どうぞごゆるりと!」

おじさんはニッコリと笑う。それからこちらを眺めた。そして何か考えたかのように目をつぶり黙り込む。シビルとテリーはそのおじさんとスウェントと書かれた巨大な門、レンガを精巧かつ壮大に積み上げた壁の一部を通り過ぎてゆく。すると後ろからあのおじさんが叫ぶ声がした。

「あの違法術士が出たぞー! ようこそいらっしゃるなー!」

ゲート前からこちらの方に叫ぶおじさんに一人と一匹はしばし気を取られた。後にその感情はため息となって体の外へと出ていく。

「はぁ。気づいてないと思ってたのに……。ていうか時間差やめて」

おじさんが大声で誰かを街の奥の方を向きながら呼んでいるとから鎧に身を包んだ人が総勢一〇人位でこちらの方へと向かってきた。

「〈トレインス・フォ・マション〉」

シビルの詠唱が終わってから一秒も立たぬうちにどこからともなく現れた結晶のようなものに一人と一匹は包まれる。魔法による外殻に包まれた姿は老婆と年老いた牧羊犬の姿を模していた。案内のおじさんはこちらを見た時、周囲をぐるぐると見回していた。なにせさっきまでいたはずの人間が突然いなくなったのから己の見た光景を疑うのも当然だろう。シビルはテリーを連れて何事もなかったかのように街へ入っていった。

「私この街で透過魔法使ってちょっと露店からいろいろ拝借したことしかないよ」

すぐ横を歩く犬の姿をした黒猫に話しかける。

「それだけでも十分悪いだろ。っていうか木こりの森堂々と不法占拠したりほかにもいろいろやってんじゃねーか」

「そう?」

「とぼけるな」

シビルは音になっていないが口笛を吹くふりをした。

 とりあえず今日は魔道具店でも行きたかった。だらだら暮らすのに必要な魔道具のあれこれが消耗してきている。必要最低限の外出は必要だった。生憎テリーは魔道具選びに疎いからこれだけは自身で外出しなければならない。あとは水晶が推奨しているのだから外出したほうが良い気がした。

「魔道具店ってどこだっけ」

「この街の北端」

「現在地は?」

「南端」

「転移魔法使っていい?」

「どうぞご勝手に」

「〈メタステイ〉!」

結構近くにさっきの鎧の人たちが結構近くにいたが転移してしまえばもう問題ない。

 あたりの風景はガラリと変わった。似たような形の家がいくつも佇んでいる様子からするにおそらくここは住宅街だった。さらに言えばその広場的な場所。家と家の間には縄がかけられ様々な衣服が風になびいている。すぐ後ろには小さな噴水が凍りつく水をなんとか乗り越えようと必死になって弱々しい流れを作っていた。

「どこに飛んだんだろ」

「曖昧な記憶で転移魔法使わないほうが良いってお前が言ってたじゃねーか」

周りには誰一人として人がいなかった。なぜだろう。おどおどとあたりを見回しているとまもなくどこからか先ほどとはまた違う鎧の人達がやってきた。

「我々はこの街の自治組織の者です。おばあさん、ここは今危険ですよ。どうしてこんなところにいらっしゃるのですか」

親切そうに彼は話しかけてきた。そうだ、今は変装魔法で老婆と犬に変わっているのだと、シビルは思い出す。シビルは深く息を吸った。そして地面に踏ん張り喉に力を入れる。

「何があっだんだいね?」

めいいっぱいの演技でおばあさんっぽく振る舞ってみた。まるでアンデッド系の魔物並みにヨボヨボな声がでた。

「現在スカーレット族魔導協会と共同で逃亡中の魔女を捜索しています。彼女が転移魔法を使った場合強制的にここへ転移するよう細工してあるのです。なのでいつその魔女がここに現れるかわかりません。ということで皆様にはここから立ち去っていただくようお願いしているのですが」

「ぞういうごどがいね。だがら……こんなにも必死になって私を探していたわけですか。バックに魔導協会がいたというわけですか」

シビルは途中から声を戻す。喉に激痛がはしっていた。

「何をおっしゃる。おばあさんのことを捕まえるなんていってないですよ」

鎧の人はちょっと困惑。老人相手だとなめているのだろうか。失礼な話だ。失礼な鎧の人は驚かしてやろう。

「〈ゼストーレン〉」

シビルは変装魔法を一瞬のうちに解いた。おばあさんの姿はガラスの破片のように飛び散りあたりへと溶けて消え去る。

「おまえ、ただのおばあさんではないな!」

「そう。この街よりも北の『緋色の村』のスカーレット族魔法学校七年生、成績五位」

シビルは五本の指を真っ直ぐに伸ばし見せつける。

「校長室をぶっ飛ばしたり生徒全員の弁当を盗んだり偉大な魔法使いの肖像化に落書きをしたりその他いろいろした悪名高き大魔女」

シビルは謎のポーズをする。ちゃんと聞いてくれているのはたった数人しかいない。

「そして「あなたはもう十分すごい魔法使いです」ということで魔法学校からの卒業証書と魔導協会からの逮捕状が発行されているこの大魔女」

今度は変なポーズを変える。

「親に見送られて村を飛び出したから魔法学校を卒業したスカーレット族のみがつける最上級職『シャルハート・ウィッチ』にはしてもらえなかったかわいそうな子、大魔女シビル・オーウェンとはこの私のことですよ!」

シビルは三角帽子のつばを持ち上げキリッとポーズした。やっと話が終わったかと言うように後ろの方の鎧の人たちは立ち話をやめる。シビルの話を始終聞いていた鎧の人は手元の逮捕状とシビルを交互に見て少し考え込んだ。

「逮捕状が出てるのは赤と黒のローブと三角帽子を身につけた、胸もろくにない幼い少女で魔女見習いのシビル・オーウェンとその使い魔の黒猫だ。たしかに君と見た目も名前もあっているが大魔女だの何だのとそんなことはどこにも書かれてないぞ」

鎧の人は言い放った。

「えっいや、その……」

「まあ君がそういうのならとりあえず連行だ。お前ら、捕まえろ」

先頭の鎧の人がそう言うと後ろの人達が迫ってきた。自分よりも大柄でさらに皆同じ鎧を身にまとった人たちが近づいてくる姿は少々恐怖。だがシビルはその程度でひるむことはない。

「ふっふっふ。この私が簡単に捕まるとでも?」

シビルは腕を天に掲げる。その様子を見た鎧の人たちは一歩後退りする。あたりが一変して静になった。そんな錯覚をするが実際はもとから誰もいないので静かである。

「我が世界こそ闇の世界!」

シビルの言葉に合わせて青空が真っ暗な夜空に変わり果てる。

「輝くはスカーレットの名にふさわしき緋色の月!」

月が真っ赤に染まった。シビルが空に掲げた手に掃除当番の箒がどこからともなく飛びこんでくる。鎧の人たちがあっけにとられている間にシビルは杖を腰に据え、箒へと飛び乗った。箒は空中を浮遊している。シビルが箒をあしで二度ほど叩くと箒は前へ進み出した。シビルはテリーを鷲掴みにして箒に乗せると空高くへ舞い上がる。

「お前ら気を抜くな! 相手は見習いとはいえあのスカーレット族の魔女だ!」

鎧の人は声を張り上げた。

「本領発揮ですか。良いでしょうやれるものならやってみなさい!」

シビルは箒の上に立って鎧の人たちを見下す。強い風にローブがはためきその姿は邪神と契約し魔女の姿を捨てたあの魔王にも通ずるものがあった。

「世界を構築する我らが偉大なる炎よ」

シビルは杖を大地へと向ける。

「その役目は時には命を守る盾となり時には命を刈り取る刃ともなる。汝の役目はそう破壊」

杖の先がに蜃気楼が生まれ火花が散りだした。

「魔界より溢れ出す紅蓮の炎よ今この場で全てを焼きつく――」

シビルが言い切る前に鎧の人たちが弓矢を放ってきた。猛スピードで突っ込んでくる矢がシビルの頬をかすめ軽い痛みが伴う。シビルはおもわず箒の上でバランスを崩した。杖の先の炎もシュウと音を立てて消えてしまう。

「あっぶない! 魔法の詠唱中くらい待っててください!」

上からシビルは叫んだ。

「アホ。あいつらお前を捕まえようとしてんだ。詠唱待つわけ無いだろ」

よろけるシビルに揺られた空飛ぶ箒にかろうじてしがみつくテリー。

「まあいいや。とりあえず逃げよっか」

シビルはまた箒の後ろの方を二度足で蹴る。地上で集まる鎧の人達をさておいて箒は大空を駆け出した。鎧の人たちは諦めたようで住宅街の広場を立ち去っていく姿が目の端に移る。

 シビルが立ちった街の空はまた元の昼の晴れた空に戻った。シビルは箒を掴む腕と体の間に抱え込むようにされたテリーはこちらを振り向くことなく唸る。

「あの夜にするのと赤い月の演出魔法いるか?」

地上の雪景色がみるみるうちに過ぎ去って行く。

「かっこいいから良いでしょ!」

シビルは頬を膨らまして主張する。

「ただの魔力の無駄遣いでしか……」

箒を掴むシビルの手元でテリーはつぶやいた。

「あの演出のおかげで鎧の人たちあっけにとられてたじゃん」

「……」

テリーはじっと黙って前を見つめている。

「納得して言葉もでないねテリーくん」

「うん、いや……前」

シビルは反射的に前を向いた。そこには口をあんぐりと開けた漆黒の巨竜がいた。親戚ではないかと思うくらいあのヤモリによく似ていた。何でだろう。あっという間にその口は近づいてくる。

「ねえなんでこんなところにドラゴンがいるわけ?」

「さぁ?」

ドラゴンの鋭い牙が輝く。――。

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