ダメ魔女っ娘に使い魔とやり直し!

KuKu

第〇話 ダメ魔女っ娘に使い魔と夕食!



 日も暮れてきてそろそろなにか食べたいと思う時間帯だった。だが時間にかかわらずテリーは大抵いつでも腹が減っている。

 レンガ造りの小さな家。東の壁に据えられた暖炉が赤々とした炎を見せびらかして部屋の空気を温めていた。暖炉の炎と競い合うように外は雪で覆われた森林が広がっている。暖炉の前には木製の安っぽいテーブルが居座っており、客人もいないのに椅子がきれいに四つも並べられていた。

 テリーは机の上に座り雪がまだこびりついたしっぽを振りながら床を見下ろす。暖炉の前には人がぶっ倒れていた。カーペットには真っ赤な血は流れしみこみはしていない。ただその人は手を横にして顔面を床につけたまま、朝から変わらない寝巻き姿でうつ伏せにだらしなく寝そべっているだけである。

「おいダメ魔女、俺は腹が減った。お前と違って仕事もした。飯もってこい飯」

そういう黒猫。名をテリーという。テリーはなーなーと機嫌の悪い鳴き方をした。きっと床に寝そべった少女には人間の言葉と同じように聞こえているはずだ。

「えー。あんた私の使い魔だよね。使い魔が主人に命令するの? 自分で持ってきてよそんくらい」

暖炉の前の少女は体勢を変えないまま言った。口がカーペットに埋まっていっているせいかモゴモゴと雑音が紛れる。

「確かに魔女の契約上俺はお前の使い魔だけどな、かわいそうな掃除当番の箒の面倒を見てやって。ってかあれは空飛ぶ箒だ掃除させるな!」テリーは家の外で掃除をしていた空飛ぶ箒を思い出す。意思の有無はさておき彼はここ最近ずっと使われることなく掃除当番。「魔物が近づいてこないよう雪の中結界の点検に行ってやって。あとは木こりのおっさんたちも避けてるけどあれがお前の生命線だろ! あとはメモの入ったかごを咥えながら街の方まで買い出しに行ってやったり」猫なのにお使い偉いねえ、とおばさんからおやつをもらったことは黙っておこう。「さらにはこの絶対物を持つのに適してない手で工夫して調理器具を振り回してお前の飯まで作ってやったりって」テリーは自分の乗ったテーブル上の豪華な食事に目をやった「ほとんど俺がお前養ってんじゃねーか!」

少女はカーペットは床をゴロゴロと転がって仰向けになった。そしてクンクンとテーブルの上から漂う食事の香りを嗅いでうんうんとうなずく。

「それだけいろいろできるならご飯も自分でつくれるよね」

少女は無表情に冷たく言った。テリーはふんとそっぽを向く。

「俺は昨日も一昨日も昨日もそう言われて自分で飯用意したんだ! 今日で三日目だ。使い魔契約術式の条件、三日以上報酬がなかった場合契約は破棄される。わざわざ契約が切れたら困るお前のことを考えて言ってやったのに。もうさよならだなあー寂しくないなー嬉しいなー。この猫使いの荒いロリっ娘魔女からやっと開放される」

それを聞いた少女はムスッとした表情で腕を組む。だが暖炉の前に寝っ転がったままなのは変わらない。

「だーれが超絶かわいいロリっ娘だって?」

少女は口調を強めて威圧的になる。

「たーった一歳の黒猫の分際でよくもこの大魔女、シビル様のことをロリっ娘だのと呼んだね」

「超絶かわいいなんて一言も言ってねーよ! ていうか大魔女……ぷっ。いやもう俺人間換算で一七歳、お前一四歳。俺のほうが精神年齢年上だぜ?」

テリーはわざと挑発的に言った。するとシビルは頭にきたというようにやっとこさ上半身を起こした。めんどくさがってボタンを三個飛ばしにつけているため寝間着がずり落ち華奢な肩が顕になる。あと寝癖が目立つ。

「やっと起きたか末期的ダメ人間。さー早く起きて飯を用意しろ。あと飯を食え」

テリーは前足をふるって指図する。

「テリー、あんたちゃんと覚えてる? 使い魔系術の条件その一、使い魔は他のいかなる条件よりも優先して仕える魔術士の安全を第一に保証しなければならない。私は今この暖炉の前から離れたら寒さで凍え死にます。よってあなたは私の安全のため自分で自分のご飯を用意しなければいけません」

シビルは勝ち誇ったように笑みを浮かべる。横目にテリーはあっさり

「いただきます」

と言って机の上に用意した食事の中から調理された鮭の切り身を咥えた。テーブルをを飛び降りシビルの真ん前で見せびらかすようにそれをむさぼっていく。時々ちらりとシビルの方を振り返りさっきのシビルを真似た誇らしげな表情で笑ってみせる。

「あ、ああ、私の夜ご飯……」

どんどん小さくなっていく切り身を見ながらシビル唖然とした様子。

「お前の飯食ってやったから報酬ってことにしてやっていいぜ」

テリーは前足で鮭をちょいちょいとつついてみせた。

「よくもやったな! 覚悟ー!」

とことん動きたくないようでシビルはまるでシャクトリムシのように床を這ってテリーの方に迫ってきた。

「ほーらほら走れ運動不足!」

 一匹は狭い部屋のなかを走り逃げ回る。一人は狭い部屋の中を這い追い回る。決して立って走ろうとはしない。

「捕まえるのなんて走ればらくしょうだよ!」

シビルはさらに高速で地面を這う。もはや人間業には見えない。体をうねらせる姿はもはや魔物に近かった。

「だったら走れよ!」

 森のなかの小さな家でいつものように起こる小さな騒動だ。

 ドアの鈴の音が二度ほど鳴った。

「ち○ち○」

「あほか、いちいち繰り返すな」

鈴の音を聞いてシビルは地面を這うのをやめ、足の間に尻を落としぺたんと座り込んだ。テリーはすかさず振り返り呆れた顔でシビルに向かって言う。シビルはきょとんとした表情をしていた。

「誰だろ……。こんな森の中まで入ってくるなんてまさか木こりのオヤジたち?」

「あのおっさんたちが結界を破れるわけねえだろ」

「いや、テリーがちゃんと結界を点検してなかったって可能性も充分あるね」

ドアの窓には謎の影がある。それもなにかの爪のような大きな影だった。その影は少しずつ少しずつ移動している。扉は音を立ててガタガタと揺れた。

「まさか魔物が……?」

「んなわけあるかよ……」

一人と一匹は自身が冷や汗を書いていることを感じる。暖かな空気が急に冷えたかのように張り詰める。その爪の持ち主のはっきりとした姿は窓が曇りガラスのため見えない。その影はだんだん大きな木枠の窓の方へと向かっていった。そしてとうとうその何かは姿を表す。その姿は窓の外。

「キャー!」

「ー!」

 一人はあと少しで超音波にたどり着きそうな声で叫びを上げる。一匹は毛を逆立ててもはや人間に聞き取ることが不可能な声で叫びを上げる。それは黒光りし、鋭く尖った鱗に身を包んだ恐ろしげな姿の、

「タダのトカゲだね」

「タダのヤモリだ」

「細かいことは気にしたら負けだよ」

「じゃあ扉が揺れたのはなんだってんだよ?」

「テリーが買い物行ってる間に魔法で片付けしてたら立て付けが悪くなった。から風じゃないの?」

「お前片付けって何やったんだ? 何やったら扉の立て付けなんて悪くなる?」

シビルは少しの間だけ黙秘。

「……部屋の中のホコリを全部風魔法で外にふっとばした。めんどくさかったら風魔法でそのまま扉開けたら、すごい鈍い音がした……」

結局それ以降ドアの鈴が鳴ることはなかった。あんなに恐ろしげにヤモリが見えたのは玄関に吊るしたランタンの光で影が大きく見えただけだろう。

 シビルはとうとう覚悟を決めて立ち上がった。

「ご飯食べちゃったらもう寝るよ」

「だから?」

「それまで布団温めときなさい。猫は体温高いでしょ」

「なんで?」

「命令」

「はいはい」

「ハイは一回」

「はいよ」

テリーは命じられるがままに隣の部屋へと走っていった。部屋は真っ暗で明かりが灯っていない。

「世界を構築する我らが炎よ、我が主の魔力を糧としてこの場にささやかな光をともしたまえ」

テリーは部屋の入口に敷かれた小さなマットの模様を踏みつけて唱える。模様は複雑に組み込まれた線や円の集合体。これでも一応あのダメ魔女が作った魔術式。途中まで唱えるとどこかでなにかが動く音がした。

「〈フェウエル〉」

傍から見たらニャーニャー鳴いているだけだが一応人間レベルの思考をしているから魔法としては機能する。テリーが唱えると部屋の角にあるランプに炎が灯った。ランプの光はまたたく間に部屋を明るく照らし出した。そして窓には

「ー! ってまたおまえかよ」

あのヤモリがへばりついていた。

「私の魔力勝手に使わないでよ。自分の使いなさい自分の」

シビルが隣の部屋からパンくずを口の周りにつけたまま口出ししてくる。

「じゃあこのマットの魔術式に自分のしか使えないよう書き込んどけよ」

テリーは小さな黒い前足で触り午後地の良いマットをぽんぽんと叩く。

「それは座標と出力魔力量の術式だから魔力所有者の決定は相性が悪いの!」

シビルは少々お怒り気味。

「へいへい」

テリーは軽い足取りでベッドへと飛び乗った。それから丸くなって寝た。

 しばらく立った頃だった。一日中暖炉の前で寝っ転がって何もしていなかったやつがまた寝ようと、のこのこ部屋に入って来た。彼女は丸まっていたテリーを持ち上げそのままだらだらと布団へ転がり込む。テリーは持ち上げられたまま四足を空中で泳がせた。

「明日は久しぶりに出かけるよ」

「この引きこもりがどういう風の吹き回しで?」

「引きこもり言うな。たまには自分で結界の点検でも? ドアベルだけであんな心配したくないもん。あとは街にも久しぶりに行ってみたいしね」

「さいですか」

シビルはテリーをポイッと布団から放り出した。テリーはスタコラサッサと軽い足取りで部屋を出ていった。

 次の日。

 日の消えた暖炉の前でテリーは目覚めた。

 新たな太陽が西から上り窓から光がが指しこんで……。 

「起きろ朝だ。いや、もうすぐ昼だ」

いるかと思ったらもうすでに新たな太陽が西から登りきって北の空に上がっていた。光は真っ白な森を照らして外はまばゆいほどに輝いている。テリーは焦ってシビルを起こす。

「きょうはずっとねててもいいよね……」

シビルは布団の中でもぞもぞと動きながら寝ぼけた声で言った。

「お前寝る前に外に出かけるとか言ってただろ」

「あ、そうだった!」

テリーが言うと思い出したように飛び起きた。そしてそのままバランスを崩し床に頭から落ちた。シビルの長く黒い髪はさらに寝癖が増えていた。

「更衣魔法使うからあっちむいてて」

シビルはベッドから立ち上がり寝間着のボタンを外していく。

「俺は猫だ。人間のそんなン見ても何も面白くねーよ。それにお前のぺったんこみて喜ぶやつなんてそうそういるかっての」

テリーは一応くるりと後ろを向いておく。

「ほんとあんたいちいちいらつくこと言うね。……〈ドゥレシング〉」

シビルが直立しながら唱えると寝間着は一瞬のうちに脱げ落ちきれいに畳まれた。それからクローゼットからローブが飛び出してきてシビルをあっという間にに包み込んだ。

 一人と一匹は玄関の前に立った。シビルが格好つけて両手を広げると右手には埃の積もった三角帽子、左手には木製のずっしりとした杖が飛び込んできた。こうしてみると意外としっかり魔女らしい。しかも真っ黒な長髪と真っ黒なローブに血のように赤い瞳とローブの装飾。この禍々しさは大魔女と名乗られても疑わないレベルだった。

「行くよ、テリー」

「珍しく気合入ってるじゃねーか」

「今日はなにかありそうな気がしてね。母さんのくれた水晶玉が言ってたの」

「なんだあの胡散臭い球体かよ……。それで急に外に行くとか言い出しのか」

「なにか悪い? さっさ、行くよ」

ムッとしたままシビルは木の扉を勢いよく開けた。外からは冷えた空気が流れ込み一面の銀世界は引きこもりの目には眩しすぎた。

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