君に明日がありますように。

新月 明

君に明日がありますように。


あくびを1つした。

別に退屈というわけじゃない。辟易とした気分でいるわけでもない。晴れ晴れともしていないが、決して悪いわけじゃない。

「……いや、悪いのか」

真夏の暑苦しい夜だった。背中にかいた汗で服が張り付くような、うざったらしい熱帯夜のこと。俺は特に何をするもなく、深い夜の中で1人薄暗い部屋でただひたすらに壁を見つめ、何もしない、ただ放心状態を楽しむようなことをしていた。

次に出たのは、ため息だった。

いつも通りに大学で実りのない講義を受けて、抜け出してはコンビニのどうでもいいチョコレートを1つポケットに入れて抜け出し、電車では目の前に座っていた女のスカートをスマホで盗み見て電車を抜け出し、つい先ほど彼女と喧嘩をして同居中の家を抜け出し、今はどこでもない、自分のアトリエに来ていた。

「……何もねぇなぁ、俺」

すっからかんだった。何もない、空っぽだった。目の前に雑多に置かれた飲み物とポテトチップスとさっき取ってきたあってもなくても変わらず、買っても買わなくても支障のないチョコレート。ゴミ箱のティッシュは溢れかえっていて、スマホには先ほど盗み見た美人な女のスカートの中に履いていた黒い下着が写っていた。頰が少し痛むのは彼女に殴られたせいだ。どうせろくなもんじゃない。下らない喧嘩だ。喧嘩なんて大きなものじゃない、小さな揉め事だ。

何もない。俺には何もない。

俺は無造作に立ち上がり、散らばった画材を踏みながら冷蔵庫に入っている水を取り、キッチンにある調味料の棚から瓶に入った薬を取り出した。

それを取ってまた先程いた位置に戻り、同じ形をとり、俺は何もせずただ時計の秒針の音を聞いた。どうやら、そろそろ3時を回るらしい。この家に帰ってきた時間が1時過ぎだったのを考えると、かれこれ2時間もこうしているわけだ。なんとも、無駄な時間である。

「……そうだ」

そして俺は、寝ようと思ったのだが、最後に君にメールをしようとスマホを手に取った。特に何か言いたいことがあったわけじゃないが、言っておくべきだと思った。

雑多に溺れたこの部屋で、最後に俺は君にメールを一通送った。中身は短い一文だった。

「よし、寝るか」

俺は何ともなしにそう呟き、薬を飲んだ。

あとは布団に入って眠るだけ。


「どうか、君に明日がありますように」


あとは、目を瞑るだけだった。

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