第14話 六体の守護像

 ダンジョンの十字路を右へと進んだザインとフィルは、扉を開ける為に必要なボールキーを求めて先を急いだ。

 通路は先程までと似たような石造りの光景だったが、両脇には牛頭に人間の鎧姿をした石像がずらりと並んでいた。これはミノタウロスと呼ばれる魔物で、一説によれば元は人類の一種であったのではないかとされている。

 すると、二人がその通路を少し歩いていった直後の事。


 ガシャンッ!


 という大きな金属音が背後でしたかと思うと、ミノタウロスの石像に異変が起きた。

 ビキビキ……と嫌な音を立てて、全ての石像のあちこちからヒビが入っていく。

 それらは瞬く間に石像らの全身に回っていき、パラパラと細かな破片を床に落としていた。

 割れた石像の内側からは、色味に溢れた地肌と装備が顔を覗かせている。その光景は、まるで殻を剥いた茹で卵のよう。


「しっ、師匠! 出口が塞がれてますよぉ!!」

「こ、これは……さっきまでとはまた別のタイプの罠だったって事かな」


 慌てふためくフィルが振り返った視界の先では、天井から降りて来た金属製の柵によって逃げ道が閉ざされていた。

 それは見るからに頑丈そうで、容易に破壊出来そうには思えない。少なくとも、フィルの剣では刃が欠けるか折れるか……それぐらいの覚悟で臨まなければならないだろう。

 しかし、のんびりと柵の破壊作業に集中している暇も無い。

 目の前には六体のミノタウロスが武器を手に迫ってきており、ゆっくとだが確実にこちらへと歩みを進めていた。

 ザインは風神の弓を構えながら、背後のフィルに叫ぶ。


「仕方が無い、正面突破だ! 俺の魔力でどれだけ保つか分からないけど、こいつらの前で隙を見せながら柵を壊すよりはマシなはずだ!」

「は、はい! 了解です、師匠っ!」


 くるりと前に向き直ったフィルも、ザインより数歩前に出て自身の剣をぐっと構えた。

 体長二メートル以上はあろうかという六体のミノタウロス達は、そのどれもがガッシリとした分厚い筋肉に覆われた、逞しい半裸の肉体を誇っている。

 装飾に多少の違いはあるものの、曝け出された上半身と動きやすい軽装の下部鎧に、宝石がはめ込まれた豪奢な腕輪。そして剣や斧といった武器を手にした、いかにもなパワータイプが勢揃いだ。

 敵意と闘争本能を剥き出しにした牛頭の大男達は、その身体には少し狭い通路にひしめき合うようにして接近してくる。

 それを数秒眺めた後、ザインが再度フィルに指示を飛ばした。


「……まずは俺が、あいつらに攻撃を仕掛けて様子を見る。それで俺が合図したら、そのまま敵陣に突っ込んで一撃を浴びせられるか?」

「や、やってみます。合図を待てば良いんですね?」

「うん、それまではギリギリのところまで警戒を崩さないで……!」


 言いながら、ザインは指先へと魔力を集中させていく。

 それはみるみるうちに緑色に発光する矢の形へと収束していき、今なおこちらへ前進してくる一体のミノタウロスへと放たれた。

 風神の弓の能力によって強化されたザインの風属性の矢は、突風よりも早くミノタウロスの額へと突き刺さり──


「なっ……!?」


 けれども額へと直撃したはずの攻撃は、何の手応えも感じさせぬままに、目の前で霧散したではないか。


「師匠の攻撃が、効いてない……!?」

「フィル、俺の後ろに下がって!!」

「で、ですが……このままじゃ師匠だって……!」

「良いから早く! 危ないのはフィルだって同じだよ!!」


 自身の前に出ていたフィルを下がらせ、更に距離を縮めようと迫って来るミノタウロスの群れ。

 ザインは横目でフィルが後方に移動したのを確認しつつ、更にもう一発を別のミノタウロスへと発射した。


(苦し紛れかもしれないけど、何か弱点が分かれば……!)


 そんな一心で放たれた矢は、二体目のミノタウロスの左胸へと命中する。

 その瞬間──


「ググ……!」


 まるで正面から胸を突き飛ばされたようにして、ぐらりと後方に体勢を崩すミノタウロス。

 先程のミノタウロスはビクともしなかった一撃に、このミノタウロスは大きく反応を示しているではないか。


(こいつには効いてる……のか? いや、ひとまずこれはチャンスだ!)


「今だ、フィル! あいつの心臓を狙って剣を突き刺せ!」

「はいっ! うおおぉぉぉぉおっ!!」


 それを合図に、青い弾丸のように飛び出していくフィル。

 けれども、未だ体勢が崩れたままのミノタウロスに向かっていく少年を見逃してくれる程、他の個体達は甘くはない。

 二番目にフィルに違い個体──最初にザインが攻撃を加えたミノタウロスが、フィルに目掛けて大剣を振り下ろそうと右腕を上げ、


「させるかよっ!」

「グガァッ!!」


 手首を目掛けてザインが無属性の魔力の矢を放った。

 今度は上手く作用したらしく、急な衝撃を与えられた大剣のミノタウロスはその場で剣を落としてしまった。

 その衝撃で床石が激しく損傷したものの、ザインが作ってくれた隙を利用して、大きく飛び上がったフィルが見事に二体目のミノタウロスの左胸へと剣を突き刺していく。


「これで……どうだぁぁあぁっ!」

「ガアァァアアァァァッ!?」


 フィルの剣はグッサリと常胸に突き刺さり、その箇所からは真っ赤な血液が溢れ出す。

 ガクリと両膝から崩れ落ちたミノタウロスに手応えを感じたフィルは、剣の掴んだままミノタウロスの腹を両足で蹴り出した。

 そうしてフィルは勢い良く剣を引き抜きながら後方へ飛び、胸を貫かれたミノタウロスはそのまま前のめりに倒れ込む。

 ビクリとも動かなくなったのを確認して、ザインは残る五体のミノタウロスを前にフィルに声を掛けた。


「良くやったな、フィル! この調子で残りも片付けていくぞ!」

「師匠が隙を作って下さったお陰です! 引き続き、ぼくも頑張りますっ!」

「グオォォォオァァァァアアッッ!!」


 仲間の一体が殺された事により、残りのミノタウロス達が怒りを露わに雄叫びを上げ始める。

 そのままミノタウロス達は、彼らにとっては少し窮屈な通路でありながらも、ザイン達を目掛けて突進して来た。


「あわわわっ!? ど、どうしましょう師匠〜!!」


 慌てふためくフィルとは対照的に、ザインの思考はひどく落ち着いていた。

 こちらに向かって来るミノタウロスの群れは、最初の大剣持ちを先頭にして突進している。

 これを足止め出来れば、後ろから続いて来るミノタウロス達も無理に突破出来なくなるはずだ。何しろこの通路は奴らには狭く、二頭が横並びに進むだけの幅が無いのだから。


(さっき仕留めたミノタウロスには風が効いたけど、どうしてあいつには効かなかったんだ……? 考えられる可能性は、あいつが風耐性持ちだったから……か?)


 そこまで思考が至った所で、ふとザインは地面に倒れ臥すミノタウロスの骸に視線を落とした。

 貫いた胸から未だ血がドクドクと流れ出ており、既に血溜まりとなっていた部分には、ミノタウロスがはめていた腕輪が血染めになっている。

 その腕輪には、よく磨かれた緑色の宝石が。そして、眼前に迫っている大剣のミノタウロスの腕には、赤い宝石が──


「……そういう事か!」

「な、何がです!? ていうか、このままじゃぼく達──」


 何かに気付いたザインは、改めて弓を構えて全速力で魔力を収束させる。

 それは風属性をあらわす緑色でもなく、純粋な魔力の塊である無色の矢でもない。

 煌々こうこうとした真紅の色を放つのは、それが炎の魔力で構成されたものである事を指し示す。


「いっけぇぇぇえっ!!」


 気合いの掛け声と共にザインの手元から放たれた赤き光は、空中に火の粉を散らしながら緩やかな弧を描く。

 ザインの持つ基本六属性の一つ……火属性の力が込められた矢は、大剣のミノタウロスの右脚部分に命中した。


「グアァッ!?」


 熱が弾けると共に、先程のミノタウロスと同様に大きな反応を見せる。

 その瞬間、巨体を揺らしながら走っていたミノタウロスはバランスを崩して思い切り転倒した。

 後続のミノタウロス達はそれにつまづき、またはぶつかって足止めされ……ザインの見事な判断力と分析力により、衝突の危険を回避した。

 それを目の当たりにしたフィルは、大きく目を見開いて叫ぶ。


「ど、どうして攻撃が通ったんですか!? それに、今の赤い光って……!」

「あ……フィル達にはまだ言ってなかったっけ? 今のは単なる火属性の矢だ。もしかしたら、これがあいつの弱点なんじゃないかと思ってさ」

「火属性……? でも、師匠の属性って風だったんじゃ……? も、もしかして二属性持ちだったんですか!? 凄いじゃないですか、それ!!」

「ま、まあその……詳しい事は後で話すよ。とにかく今は、この勢いに乗ってここを切り抜けよう!」


 ザインの適性は二属性どころの騒ぎではないのだが、まだミノタウロスは五体も残っている。

 フィルから注がれるキラキラとした尊敬の眼差しに苦笑しながら、ザインは気を引き締めて弓を構え直した。


(このダンジョンを突破したら、後で皆にちゃんと説明しておいた方が良さそうかな……?)


 立ち上がろうともがくミノタウロス達を前に、ザインは残る四体の腕輪も可能な範囲で確認していく。

 青、黄、白、黒……予想通りの色で揃えられた腕輪の宝石を見て、赤髪の弓使いは更なる魔力の矢を構成する。

 そうしてザインはミノタウロス達が動き出すよりも早く、宝石の色に沿った属性の矢を次々に命中させていった。

 六体のミノタウロスが所有する腕輪の宝石は、それらに対応した属性が弱点であるヒントだったのだ。

 それさえ掴めてしまえば、基本六属性の全てを網羅するザインに恐れるものなど無い。

 色とりどりの魔力の矢を放っていくザインに、フィルは思わず言葉を失って──けれども飛んできたザインからの指示に我を取り戻し、ザインと共に無力化したミノタウロス達にとどめを刺していった。


 そうして無事に六体全てのミノタウロスを退治したザインとフィルは、身体が黒い霧状になって霧散していくミノタウロス達の消滅を見届けた。

 大きなミノタウロス達が消えた通路に開放感を覚えながら、何故か床に残されたままになった六つの腕輪に疑問を覚える。

 しかし、それも通路の奥へ進んでいけば解決した。

 六つの腕輪は奥の扉を解放する鍵の役割を担っており、それらを台座にはめ込む為のものだったのだ。

 扉を抜けた先には、カノンが言っていた通りの手の平サイズの宝玉が設置されていて、それを持って彼女達と別れた十字路へと戻っていった。

 ……その間、ザインがフィルからの絶え間ない質問責めにあったのは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る