第15話 いつの日か
十字路の場所まで戻ると、そこには既にエルとカノンが戻って来ていた。
彼女達の姿を視界に捉えたザイン達は、小走りで二人の元へと向かっていく。
「あら、遅かったじゃない。その様子だと、無事にボールキーを取って来られたみたいね?」
「はい! 師匠のお陰でゲット出来ました!」
優雅に微笑むカノンに、フィルは大事そうに抱えていたボールキーを見せつけた。
フィルが持つ握り拳ほどのサイズの宝玉は、無色透明な水晶玉のようだった。十五歳にしては小柄なフィルの手に乗ったボールキーに、カノンとフィルの顔が映り込んでいるのが分かる。
すると、横からそっと手を伸ばしてきたエルの両手にも、同じサイズの宝玉が鎮座していた。
「わたし達も、ちゃんと取って来ましたよ。これを使えば、あそこにある扉を開けるのですよね?」
エルの問いに、カノンは頷きながら視線を扉に移す。
「ええ。あの扉の両側にあるくぼみに、それぞれボールキーをはめ込んで頂戴」
「分かりました。フィル、一緒にはめるわよ」
「うん、姉さん!」
二人はすぐに扉へと向かっていき、カノンの指示通りに厚い石扉のくぼんだ箇所に、ボールキーをはめ込んだ。
するとすぐさま扉が勝手に動き出し、更に下層へと続く階段が姿を現した。
「おお〜! 本当に開くんだな!」
「それはそうでしょ、そういう仕掛けなんですもの。……全く、どうして男ってこんな事で興奮するのかしらね」
扉の仕掛けにテンションの上がったザインに対し、カノンは少々呆れた様子で彼を置いて歩き出す。
「あっ、置いていくなよカノン!」
そんな彼女の後を追っていくザインに、カノンはチラリと振り向いて、
「アナタがボーッとしてるのがいけないのよ」
と、小悪魔的な笑みを浮かべてそう言った。
その微笑みはカノンの美貌と相まって、並みの男であれば一瞬で恋に落ちてしまいそうな、魔性の笑みである。
しかしザインには、そんな恋だの愛だのといった経験が圧倒的に不足している。
産まれた場所は分からないが、育ってきたのは人里離れた結界の森の中だ。
そのうえ、彼を育てたのはあらゆる武具の扱いに長けた脳筋エルフ。いくら血の繋がりが無いとはいえ、母として……そして師匠として触れ合ってきた女性に、そんな感情を抱くはずもなく。
カノンやエルの事は「綺麗だな」とか「可愛いな」ぐらいには認識しているものの、彼女達とこれからどうこうなろうという男としての欲望が、ザインには欠けているのである。
だからこそ──
「もう、そんな風に笑わなくたっていいじゃないか!」
「あら……ごめんなさいね? まるで純真無垢な少年のような反応だったものだから、つい……ね」
(というか、ザインって本当に中身が子供っぽいのよね……。これで成人だって言うんだから、これまで好きな女の子だって出来た事も無さそうだわ)
と、カノンが思わず心でそう呟いてしまうのも無理はない。
カノンは先で待つエル達姉弟の元へ歩きながら、ふと隣に並ぶザインに言う。
「そういえば……アナタ達が向かった方の通路はどうだった?」
「どうって?」
彼女が言うには、カノンとエルが向かった左側の通路は謎解きをして進むルートだったらしい。
通常の『ダンジョン遺跡』では、カノンの言う謎解きがある場所や、トラップを回避しながら進む道がよく見受けられるのだという。
「あの時は言いそびれてしまっていたのだけれど、そういったルート以外にも、敵が待ち受けている罠のような所もあったりするのよ。だからもしかしたら、アナタ達が行った方がそうだったんじゃないかと思ったのだけれど……」
「出たよ! 敵居たよ、ミノタウロスが六体も!」
階段の目の前で立ち止まった二人に、フィルがハッと目を輝かせて会話に参加する。
「そうなんです、そうなんです! それに、師匠ったら凄いんですよ〜! ミノタウロス達の弱点ってそれぞれ違ってて、動きを鈍らせるには対応した属性の攻撃を浴びせないといけなかったんですけど……」
その言葉の続きを想像して、ザインは思わずうっと顔を歪ませた。
「何と! ザイン師匠は六属性全ての攻撃が出来たんですよ〜! 最初はてっきり風と火の二属性持ちだと思ってたのに、次から次へと属性を使い分けてて……もうっ、めちゃくちゃ凄かったんです!!」
「六属性を……」
「全て使える……? ザインさんが、本当に……!?」
そして、やはりザインの想像通りの展開になってしまった。
フィルの話を耳にしたエルは、フィルと同じ尊敬の眼差しを。カノンは何か思い詰めるような顔をして、グッと奥歯を噛み締めている。
しかし、カノンの表情はすぐに冷静なものに変わった。ザインは何かの見間違いだったかと思い、そこまで気に留める事は無く……。
けれどもザインを取り巻く彼女達からの視線は、劇的に変化していた。
何故なら、基本六属性を操れる者など、ほんの一握りの存在であるからだ。
その証拠に、エルはザインと弟の顔を交互に見ながら、あわあわと狼狽えていた。
「あ、あの……き、基本六属性を全て操れるというのは、本当なのですか……!? そ、そんな事が出来るような人って、歴史上まだ一人しか……!」
「……勇者、よね。三百年前に異世界から召喚された、伝説の勇者……」
慌てるエルとは正反対の反応を見せるカノンの声は、やけに落ち着いて聞こえる。
カノンは感情の読めない表情で、静かに目を伏せ……再び顔を上げると、その凛とした黄金の瞳でザインを見た。
「勇者は三百年前、アナタの義母であるガラッシア様をはじめとする仲間達と共に魔王を討ち果たした、世界で唯一の六属性持ちの存在。まさかアナタが、勇者と同じ六属性持ちだっただなんて……」
彼女の目に宿るのは、ザインへの嫉妬でも、ましてや羨望でもない。
何かまた別の感情が込められた彼女の視線に、ザインは妙な胸騒ぎを覚えていた。
すると、少し頭が冷えてきたらしいエルが、おずおずとした様子で口を開く。
「……文献に残る勇者様のお話では、彼がこの世界にやって来た事によって人々にスキルがもたらされ、勇者様ご自身は複数のスキルを所有する事でも唯一の存在だと記されていました。もしかしたら、ザインさんのスキルも……?」
「いや、少なくともそれは無いよ」
彼女の言葉を、ザインは即座に否定した。
ザインは自身が十歳を迎えた折、ガラッシアと兄と共に王都の神殿で判定を受けた際の詳細を説明した。
自分には間違い無く、火・水・風・地・光・闇の六属性への適性があり、スキルは『オート周回』の一つのみしか判明しなかった事。
それから今現在に至るまで、『オート周回』以外のスキルが発現している様子は見られない事を伝えたのだ。
それを受けて、カノンがしばらく押し黙ってからこう言った。
「それなら、この事はなるべく口外しない方が良いわ。スキルの件はよく分からないけれど、アナタが勇者と同じく六属性を操れる事は事実なんだもの」
(もう、手遅れかもしれないけれどね……)
その一言は胸に秘め、カノンは最後にザインの肩に手を置いて、彼の顔を見上げる。
「な、何……?」
「いいから、よく聞いておきなさい」
コクン、とザインが頷くのを見て、カノンは改めて話を続けた。
どうかこの言葉を、彼がしっかりと胸に刻んでくれるように……そんな願いを込めながら。
「……近い将来、アナタはとんでもない事に巻き込まれるはずよ。その時アナタは、いったい誰を信じるべきなのか……厳しい選択を迫られるでしょう」
「選択……」
「だから、その時までに信頼出来る相手を見付けておきなさい。……誰かの都合の良い操り人形になんて、絶対にならないようにね」
それだけ言って、カノンはあっさりとザインから距離を置いて階段を下っていってしまう。
「まっ、待って下さいよカノン先輩! 今のって、何の話なんですか〜!?」
「危ないわよ、フィル! 下り階段なんだから、もっと気を付けて降りないと……!」
彼女の後を追って、真昼の空と夕焼けの狭間の色をした二つの色が、更に下へ続く闇へと駆けていく。
「信頼出来る相手……操り人形……。誰かが俺を利用しようとする……って事なのかな」
残されたザインは、カノンが言い残した言葉の意味を考えた。
きっと六属性を持つ自分は、何かしらおかしな存在なのだろう。『オート周回』だって、あの母ですら知らない未知の力だったのだから。
そもそも自分は、いったいどこで産まれた人間で、誰と誰の間に出来た子供なのかも分からない。
本当の誕生日だって、いつなのか知る術も無かった。『ザインの誕生日』だと定められた日は、ガラッシアが自分を拾ってくれた日でしかないからだ。
ガラッシアの話では、ザインは産まれて間も無い夏のある日に、偶然彼女に拾われた捨て子だったという。
その話が真実であれば──
「俺は……」
勇者の血を引く末裔か、はたまた勇者となるべく異世界から喚び出された赤子だったのか……。
「俺はいったい、何なんだ……?」
……立ち止まって、答えの出せない問題に、ザインはふるふると頭を振って我を取り戻す。
おまけとばかりに気合いを入れる為、両手で頬をバチンと叩いた。
ザインの茶色い瞳には、もう迷いの色は無く。
「……考えたって、どうにもならない! 分からない事は、自分で調べるしかないもんな!!」
スッキリさっぱり割り切って、そう結論付けて自分を納得させた。
またやらなきゃいけない事が増えたな、と頭のメモ帳に一つ書き込んで、ザインは仲間達を追って階段を駆け下りていく。
──もしかしたら、自分はこの世界の人間ではないかもしれない。
そんな漠然とした不安を、この世界では異物であるのかもしれない自分の存在そのものへの恐怖を、胸の奥底にギュッと押し込んだ。
いつか自分の真実を知る日が来るのなら、その時はその時だ。
ザインはそう気持ちを切り替えて、ひたすら前に突き進んでいく事を決めた。
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