第13話 通路を抜けて

 遺跡を模した特殊フロア、通称『ダンジョン遺跡』の攻略を開始したザイン達。

 これまでに何度かこの系統のフロアを突破してきた経験を活かし、カノンが先陣を切って通路を進んでいた。

 その歩みに迷いは無く、けれども周囲への警戒はこれまで以上に強めたまま。カノンの猫のような金色の瞳が、ある一点を見詰めている。


「……皆、一度足を止めて!」


 鋭く発された彼女の声に、後続のザイン達はピタリと立ち止まった。

 カノンの視線が注がれる先は、その足元。

 切り出された石で埋め尽くされた石畳の上に、注意して見なければ気付かない程度の違和感が、確かに目視出来た。

 一つだけ、他のものより僅かに厚みのある石……それこそが、カノンが発見した『ダンジョン遺跡』特有の罠であったのだ。


「ここに一ヶ所だけ、踏むと作動する罠が仕掛けられているわ。気を付けて進むわよ」


 カノンはちらりと後方に視線を向けながら言い、すぐに前へ視線を戻して歩き始める。

 続いてフィルが先程までカノンが足を止めていた場所へとやって来て、彼女と同じように足元を確認した。


「ど、どれが罠の床なんでしょうか……?」


 迂闊に動けなくなってしまったフィルを見て、ザインは背後からひょっこりと顔を出す。

 そうしてフィルに教えるように、人差し指をある石に向けて指し示しながら口を開いた。


「あっ、これの事じゃないか? ほら、これだけ他のより少し出っ張ってる気がするだろ?」

「えっと……あ、もしかしてこれですか?」

「そうそう、多分それだ!」


 ザインの一言で、罠のポイントを見付ける事が出来たフィル。

 フィルはそこをそっと跨いでいくが、彼に続くはずのザインはキョロキョロと辺りを観察していた。

 その様子を目の当たりにして疑問に思ったエルは、小さく首を傾げながらザインに尋ねる。


「あの、まだここに何かあったのでしょうか……?」

「ああいや、そういう訳じゃないんだけどさ」


 と、ザインはふと天井を指差した。

 釣られてエルも自然と上を向き、ザインと同じ景色を視界に映す。

 床や壁と同じく、長方形のレンガ状の石ブロックで形成された通路の天井。

 パッと見ただけでは何の変哲も無い天井でしかないのだが、そこにザインは興味を惹かれていた。


「ここの天井……あと、左右の壁もよく見てみたんだけど、ここに罠が仕掛けられているにしてはんだよ」

「何も無い……? で、ですが、それではカノンさんが床を警戒していたのは……」

「床に罠の起動装置があるのは事実だと思うけど、多分その罠そのものが特殊なのかなって思ったんだ」


 そう告げられて、エルの脳裏にあるものが思い浮かんだ。

 趣味の一環として愛読していた書物の一つ──それは冒険小説に登場する、主人公が踏破した遺跡の中で登場した罠の事だった。


「あっ……! 壁にも天井にも、目立った罠は仕掛けられていない……という事は……!」

「やっぱりエルもそう思ったんだな!」


 例えば、床のスイッチが起動すれば無数の矢が飛んで来る仕掛けであれば、壁の両側に矢が出て来る穴がいくつも空いているはずだ。

 もしくは、上から対象者を狙って落ちて来る巨石が仕掛けられている事もあるやもしれない。

 しかし、この場にはそれらしい痕跡は何一つとして残されていない。

 そこまで来れば、最早そういった物理的な罠ではないという可能性がだけが残る。


「ここに仕掛けられている罠は……」

「きっと魔法トラップなんだ……! だから壁にも床にも、目立った痕跡が残されていないんじゃないか!?」


 キラキラと瞳を輝かせたザインは、興奮した様子でエルに語り掛けた。

 けれどもそんなザインに、前方を行くカノンから厳しい怒声が飛んで来る。


「ちょっとザイン!? そんな罠一つにどれだけ時間を掛けるつもりなのかしら! それぐらいの仕掛けなんて、この先飽きる程見られるわよ!」

「師匠〜! 早く次の仕掛けを探しに行きましょうよ〜!」

「わ、分かった! ごめん、二人共!」


 豊かな胸の下で両腕を組み、眉間に皺を寄せているカノン。

 そんな彼女の隣で、フィルはのびのびとした様子でこちらに手を振ってザインを呼び寄せていた。

 すると、ザインは目の前の罠床を大きく跨いで──


「エル、一緒に行こう!」

「……っ、はい!」


 振り向いた先のエルを真っ直ぐに見詰め、手を伸ばす。

 エルはそんなザインの手に自身の手をそっと重ねて、ローブをはためかせながらピョンッと飛び越えた。

 互いの触れた手は、すぐに離れてしまった。

 けれども通路を駆け出していく二人の表情は、相手への信頼に満ちた清々しい笑顔であった。





 四人が突破した通路には、あれ以降も数ヶ所に及ぶトラップが用意されていた。

 古典的な矢の射出トラップを回避した直後に、相手が油断した隙を突くように設置された更なる魔法トラップ。

 本来であれば、うっかりと起動床を踏んだ途端に風魔法の刃で切り刻まれるはずだったそれは、全てカノンの的確な観察力によって見事に回避された。

 更にその過程において、トラップに強い関心を寄せていたザインも、罠の設置場所を徐々に見極められるようになっていった。

 流石にダンジョン攻略の経験が豊富なカノンにはまだ及ばないものの、彼と同様にエルとフィルも、簡単なトラップなら避けられる力が身に付きはじめている。

 そうして少しずつではあるものの、それぞれが新たな経験を積んでいった矢先の出来事。


 四人が通路を抜けた先には、大きな石扉が立ち塞がっていた。

 その扉の左右には、何かをはめられそうな丸いくぼみが二つある。握り拳ぐらいの大きさだ。


「これは……普通には開けられない扉なんだろうな」

「ええ。このタイプの仕掛けなら、そうね……」


 前方は扉が固く閉ざしているが、彼らが立つのは十字路の中心部だった。

 つまり、右と左に続く道がまだ残っている事になる。


「それぞれ二手に別れて、この扉を開ける為のボールキーを探すわよ」

「カノン先輩、ボールキーって何ですか?」

「丁度そこの穴に入るぐらいの、魔力が込められた宝玉の事よ」


 言いながら、カノンはエルの手を引いて左側の通路へと引き寄せた。


「かっ、カノンさん……?」

「ワタシとエルはこちらを探すわ。貴方達はそっちをお願い出来る?」

「あ、あの……これはどういった組み分けなのでしょうか?」

「あら、分からない? この分け方なら、戦力的にも前衛と後衛のバランスが取れているでしょう? だからこうしたのよ」


 すると彼女は、そのままエルと共に左側の道へと歩き始める。

 エルは急な決定に少し戸惑っているようだったが、強く反対する理由も無かったので、カノンにされるがままだ。

 ザインとフィルは、そんな二人の後ろ姿を見ながら小さく呟き合う。


「……俺達も、行こっか」

「……そうですね」


 そうしてザイン達師弟も、カノンに任された右側の通路へと歩いて行くのだった。




 ────────────




 二手に別れてボールキー探しを開始した直後、カノンはふと背後を振り返った。

 その先に、既にザイン達の背中は無い。


「……ちょっと言い忘れてしまった事があったわね」

「……? カノンさん、今何か仰いましたか?」

「ああ、気にしないで頂戴。多分、どうにかなるはずだから」

「そう、なのですか……?」

「ええ、そうよ」


 カノンは前を向き直り、もうじき困難にぶち当たるであろう彼らの無事を、胸中で静かに祈る。

 彼女が経験してきた『ダンジョン遺跡』では、十字路の先にはほとんどと言っていい程にがあった。

 もしかすれば、その部屋を突破しなければ自分達かもしれないが……。


(……まあ、ザインが居るならきっと大丈夫でしょう)


 そう一人で納得して、カノンはフッと口角を上げるのだった。

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