第6話 その瞳に映るもの
──カノンのような女の子の方が、好きなのか。
突然エルの口から飛び出した問いに、ザインは「えっ」と声を上げた。
「それは……ええと、誰と比べてって事なんだ……?」
問い返されたエルは、きゅっと唇を引き結ぶ。
湯上りのせいか桃色に染まる頬を両手で押さえて、一つ呼吸をする彼女。
そして何かを決心するように目を閉じて、静かに目蓋を開けて、ザインを見上げた。
「……わ、わたしと……カノンさんを比較して、です」
「エルとカノンを……? 何で急にそんな事……」
「だって……ザインさんは、わたし達の知らない間にあんなに綺麗な人と知り合っていて……。今日の日中だって、彼女とあんなに楽しそうにお話をしていたじゃないですか」
確かに、カノンは美人な類の少女だとザインは思う。
ふわりとした純白のポニーテールと、それに負けず劣らず雪のような白さを誇る、滑らかな肌。
適度に露出された胸元や太腿には、見る人を惹き付けて決して離さない、女性的な魅力が詰め込まれていた。
(もしかして……エルはああいうタイプの女の子に憧れていたのか……?)
カノンは外見の美しさだけでなく、探索者としてもかなりの凄腕だという。
だからこそエルは、そんな憧れの存在であるカノンと親しくする自分に嫉妬をして、こんな質問をしてきたのか。
エルの意図をそう解釈してしまったザインは、先程からずっと様子がおかしかった彼女への疑問が晴れた清々しさを感じながら言う。
「ああ、カノンの事は嫌いじゃないよ」
「……っ! そ、そうですか……やっぱり……そう、なんですね……」
「着ている服だってあんなにオシャレで似合ってるのに、素材の感じからして魔法防御の術も施されてそうだったからなぁ。腰の剣だって相当の業物だろうし、ファッション的にも実用的にも両立した物を揃えているあたり、同じ探索者としてかなり好感が持てるぞ!」
「…………え?」
今にも涙が零れ落ちそうだったエルの瞳が、驚愕と困惑の色に染まった。
「そんないいとこ取りをした装備を集めて、その上で手入れも欠かさずにしてるはずだろ? いつ見てもカノンのブーツはピカピカに磨かれてるし、ちょっと近くに寄るだけでも良い匂いがするんだよなぁ。もしかして、香水とか使ってるのか……? もしカノンが香水に詳しいなら、今度お勧めの店でも紹介して母さん達に贈ってあげようかな?」
そんな止まらないザインの語りを、黙って聞き続けるしかなかったエル。
彼女はいつの間にか、涙が引っ込んでしまっていていた。
斜め上のトークを繰り広げるザインを目の当たりにして、気が付けば小さな笑いを零す。
「ふ……ふふっ……!」
「な、何だよエル。俺、何かおかしい事言ってたか?」
「いいえ、お気になさらないで下さい。わたしが勝手に妙な思い込みをしていただけだったのですから」
「そ、そうなのか……?」
「ええ、そうです」
すっかり元気を取り戻したエルは、いつものような甘い笑顔を浮かべて佇んでいた。
ひとまず彼女が元気になってくれた事に安心したザインに、エルは続けて口を開く。
「それにしても、ザインさんはカノンさんの事をよく見ていらっしゃるのですね。ブーツの事だけでなく、香水の香りにも気付かれていただなんて」
「まあな。『何事もよく観察する事からだ』って母さんもよく言ってたし、自然とそういうのに目が行くようになったんだよ。それに……」
「それに……?」
きょとん、と首を傾げるエルの桜色の髪が揺れる。
「俺はエルの事だって、ちゃんと見てるんだぞ?」
「わ、わたしを……?」
「うん。エル、王都に戻って来てからあんまり元気無かっただろ? 何かあったのかなって心配してたんだ」
「そう、ですか……ザインさんが、わたしの事を……」
そう呟いたエルの表情は、どこか満足気に見える。
「……ご心配をお掛けしてすみません。でも、わたしはもう大丈夫ですから。ザインさんがこれからもわたしを……わたしと弟を見守っていて下さるのなら……今はただ、それだけで幸せですもの」
「……? うん、そのつもりだけど」
ピンと来ないものの、一応は返事をするザイン。
けれどもエルは、そんなザインだからこそ安心出来るのだと、そう思うのだった。
────────────
公衆浴場から宿に戻った三人は、その後それぞれの個室でたっぷりと睡眠を取った。
翌朝の王都は今日も快晴に恵まれ、一階でご主人自慢の朝食を済ませた後の事。
昨日の約束通りにザイン達を迎えに来たカノンが、朝から輝かしいばかりの美貌と共に姿を現した。
「おはよう。早速だけど、これからすぐに大農場へ向かうわよ。準備は出来ているわよね?」
「ああ、勿論だ!」
「昨日の内に必要な物は揃えておきましたよ、カノン先輩!」
フィルに『先輩』と呼ばれたカノンは、少し照れ臭そうにしながら視線を逸らす。
「ふ、フンッ……! このワタシに指導される後輩として、ゴールドランクの先輩を敬うのは良い心掛けね!」
不機嫌そうな台詞ではあるものの、どこか嬉しさの滲むカノンの声色に、ザインは微笑ましさを感じてしまう。
すると、緩みそうになる表情を必死に引き締めるカノンが言う。
「と、とにかく! これからイスカ大草原の方へ出発するわよ。あの狼クンは、ザインの使い魔という事で良いのよね?」
「うん。カノンが連れていたのは、使い魔の白竜なんだよな?」
「ええ、白竜のマロウよ。あの子がまだ卵だった頃からの付き合いで……まあ、この話は関係無いわね。とりあえずエル、アナタはワタシと一緒に来なさい」
「わたしがカノンさんと……という事は、空を飛んで向かうのですか!?」
ビクッと肩を震わせたエルが、思わず近くに居たザインの腕を掴んだ。
ザインは何事かとエルを見たが、彼女の小刻みに震える手からある程度の理由を察する事が出来た。
「わ、わたし……高い所が苦手なのですが……!」
「苦手というのは、それを克服する為にあるものだわ。エル、何事も慣れてしまえば意外とどうにかなってしまうものよ?」
「そうは仰いましても……怖いものは、どうしても怖いのですっ!!」
いつもは大人しい清楚な印象のエルには似合わない、腹の底から響く大きな拒絶の声。
ザインはこんな大声を出せたのかと感心する一方、自身の腕に込められる手の力に、彼女の恐怖心が本物である事を実感していた。
「カノン、エルもこんなに嫌がってるみたいだし……」
「うーん……。これから行動を共にするなら、出来ればマロウにも慣れておいてもらいたかったのだけど……無理強いするのも酷よね。良いわ、代わりにフィルに乗ってもらうから」
「あうぅ……すみません、すみません……!」
「良いのよ、いつか慣れてくれれば。何か良い切っ掛けに恵まれる事もあるかもしれないもの」
謝罪の言葉と共に何度も頭を下げるエルに、カノンは笑って流してくれた。
カノン曰く、緊急時に二手に別れてその場を離脱しなくてはならなくなった場合に備えて、マロウに乗っての飛行を体験してほしかったのだそうだ。
いつでもザイン達三人が揃ってジルに乗れる状況ばかりではないであろう事は、ザインもエルも頭では理解している。
けれどもエルの激しい拒絶っぷりに、カノンも彼女の飛行体験を諦めざるを得ないのだった。
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