第5話 少女の視線のその先に

 王都ギルド本部長の娘・カノンが『鋼の狼』の育成担当者となった後、ザイン達は本部長にあの質問をぶつけた。

 白百合聖騎士団による、一部ダンジョンの封鎖──その情報はエルの予想通り、カレン本部長の耳にも届いていた。

 驚くべき事に、ダンジョンの封鎖は一ヶ月前から段階的に行われていたのだという。

 その内情は、二週間程前に聖騎士団から王都ギルドに秘密裏に伝えられていた。


 ──とあるダンジョンにて、ダンジョンコアが破壊された。


 聖騎士団の巡回によって偶然発覚した、この非常事態。

 ダンジョンマスターの心臓部であるコアが破壊されたとなれば、無限の資源を得られる迷宮は遠くない未来に崩壊してしまう。

 国からの莫大な罰金の支払いが命じられる重罪であるダンジョンコアの破壊を行った犯人は未だ逃走しており、聖騎士達の手が回らないような地域には、カレン本部長自らが選出した探索者も派遣された。

 その調査の為に、コアの破壊が発覚した一部のダンジョンが封鎖されてしまっているらしい。

 いずれ崩壊を迎えるダンジョンに誤って人を入れてしまえば、迷宮を構築する魔力結界の崩壊と共に消滅してしまう危険があるからだ。


「で、その犯人を追う為にワタシが『ポポイアの森』に派遣されていたのだけど……」

「そこで偶々、俺のコピー体が消滅する場面に遭遇してしまったと……」

「そういうコト。まあ、わざわざあんなちっぽけなダンジョンのコアなんて破壊しに来ないと思うけどね」


 カノンの同行が決まった後、ザインはすぐに本部長にダンジョン封鎖についての話を聞き出した。

 本部長は今回の一件にはカノンも関わっている為、『鋼の狼』メンバーの育成と同時に、犯人の捜索も継続してもらいたいと頼んで来たのだ。

 犯人さえ捕らえられれば、念の為にと封鎖されている資源の潤沢なダンジョンが解放される。

 それらのダンジョンの中には、『ねこのしっぽ』のレナを悩ませている薬草が豊富な迷宮も含まれているという。

 しかし、聖騎士団とカノン達ゴールドランク以上の探索者を派遣しても見付からないコア破壊犯だ。そう簡単に市場の薬草不足は解消されない可能性がある。

 そこで、ザイン達はある依頼の遂行を命じられたのだった。


「ひとまず、これからワタシ達が目指すべきはイスカ大草原にある農場よ」


 本部長との話し合いを終えた一同は、ザイン達が泊まっている『銀の風見鶏亭』に場所を移していた。

 その一室で顔を寄せ合わせている四人は、テーブルの上に広げた地図を見ながら、今後の予定を立てていく。

 カノンは指で指し示しながやら、王都ノーティオからイスカ大草原までの道程を辿って言う。


「ここには大規模な農場があるのは知っているわよね? ここでは王都に流れる野菜や果物の栽培が行われているのだけど、数年前から薬草の栽培にも乗り出しているの」


 すると、横からフィルが質問を投げ掛けた。


「でも、ぼく達が本部長さんから頼まれたのって、大草原の向こうにあるダンジョンで取れるアイテムの収集と配達ですよね? どうしてダンジョンより先に農場に向かう必要があるんですか?」


 フィルの言う通り、本部長からザイン達に与えられた依頼は『イスカ大草原より奥地にあるダンジョンで採れるアイテムを入手し、それを農場に届ける事』だった。

 そのアイテムというのが、『カピア洞窟』と呼ばれるダンジョンにある特殊な鉱石──竜翡翠りゅうひすいなのだという。

 目的の物も、それが眠るダンジョンも分かっているのに、どうして先に農場へ向かう必要があるのか……フィルにはそれが疑問だったのだ。


「まだ幼いアナタが知らないのは無理もないでしょうけど、竜翡翠という鉱石はエルフ族に伝わる秘薬の材料なのよ」

「秘薬……ですか?」

「どうやらその農場では魔力を含んだ薬草が上手く育たなくなっているらしくて、それを補う栄養剤として竜翡翠の秘薬を作らなくてはいけないそうなの」


 竜翡翠は本来ならばエルフ族の国で豊富に採れる魔鉱石なのだが、『カピア洞窟』のダンジョンマスターが鉱物系の魔物だった事もあり、このユーディキウム王国内で唯一の竜翡翠が得られるダンジョンとなっていた。

 農場を経営する者達の中にはエルフがおり、エルフは彼らが独自に発展させてきた植物魔法に精通している。

 植物魔法と竜翡翠の秘薬が揃えば、少なくとも王都周辺での薬草不足は解消出来るのではないか……という考えから、カレン本部長がザイン達にこの依頼を託したのだろうとカノンは言う。


「流石にゴールドランクのワタシでも薬学は専門外だから、今現在の畑の状況と、必要な鉱石の量を現地で直接確認しておきたいの。どのみち『カピア洞窟』に行くには農場の近くを通るのだし、得られる情報は少しでも多い方が良いわ」

「あの、カノンさん。そのダンジョンは、わたしやフィルのような初心者が足を踏み入れても大丈夫なのでしょうか……?」


 不安そうに眉を下げるエルに、カノンが余裕を窺わせる微笑を浮かべた。


「そんなに心配する必要は無いわよ、エル。『カピア洞窟』はアナタ達が行った『ポポイアの森』よりも危険度はかなり増すけれど、このワタシが同行してあげるんですもの! 貴女は後衛に徹して、ワタシやザイン達をサポートしてくれればそれで構わないわ」

「は、はい……!」


 エルは彼女の発言に少し安心したような……けれども、危険度が増すという言葉に怯えているような、曖昧な笑みを返す。

 事実として、ザインの知る限り『カピア洞窟』は初心者では突破出来ないダンジョンであるらしい。


(だけどカノンは、そんなダンジョンだって一人で攻略してきた凄腕の探索者なんだ。彼女の言葉に間違いは無いんだろうな)


 そんな探索者の戦いを間近で拝める機会に恵まれたのだ。

 ザインは期待に胸を躍らせてしまうのは、無理もない話である。


「ゴールドランク探索者、カノンのお手並み拝見ってところだな」

「それはこっちのセリフよ! もしもワタシの前で無様な姿を晒すようなら、その情け無い様を包み隠さずガラッシア様に言い付けてやりますからね!」

「へへっ、望むところだ! 俺達『鋼の狼』の団結力を舐めるなよ、カノン!」




 カノンに憎まれ口を叩かれながらも、ザインと彼女との間には楽しげな空気が漂っていた。

 エルはそんな二人の会話を眺め、どうにか話に混ざろうとするも、何故か声が喉に詰まって出て来ない。


「…………っ」


 桜色の髪の少女は、そうしてただ静かに……ぐっと言葉を飲み込むのだった。




 ────────────




 カノンは別の宿に滞在している為、翌朝『銀の風見鶏亭』に迎えに来ると告げて部屋を去って行った。

 ザイン達は『スズランの花園』での疲れを癒すべく、明日の朝まで各々ゆっくりと身体を休める事にした。


 ザインが個室のベッドで寛いでいると、フィルが訪ねて来た。

 彼の話を聞いてみると、王都には大きな公衆浴場があり、宿で夕食を済ませてから三人で公衆浴場へ向かわないかとの誘われた。

 これまでは宿屋の主人から大きめのタライとお湯を用意してもらい、布で身体を擦って汚れを落とすだけだったザインにとって、その提案はとても魅力的に感じた。

 公衆浴場に入るには料金が掛かるが、『オート周回』で得たアイテムを売却して得た分で、余裕で賄える金額である。

 三人で他愛も無い雑談をしながら──けれどもザインは、いつもよりエルの口数が少なくなっている事に気付かぬまま、公衆浴場のある建物を目指して夜の街を歩いて行った。



 公衆浴場は男女別に浴室が別れており、受付で料金を支払った後は、それぞれの浴室へ向かう事になる。

 ザインはフィルと共に、エルは一人で混み合う公衆浴場で日頃の疲れを癒す。


「気持ち良いですね〜、師匠!」

「だな〜! こんなデカい風呂に入れるなら、もっと早くここに来ておくんだったよ……」


 浴室フロアの中央にある巨大な湯船には、小さな子供から老人まで、幅広い年代の男性達が気持ちよさそうに湯に浸かっていた。

 そうして良い具合に身体が温まってきた頃、ザインはそろそろ風呂から上がろうかとしたのだが……どうやらフィルは、もう少し湯船を堪能したいらしい。


「師匠は先に上がって頂いて大丈夫ですよ! もうちょっとしたらぼくも戻りますから」

「うん、分かった。でも、のぼせないように気を付けるんだぞ?」

「はーい!」


 元気に返事をしたフィルに小さく微笑んで、ザインは一足先に浴室を出る。

 あらかじめ持って来ていた替えの肌着に着替え、いつもの探索者服を身に纏うザイン。

 男性用の脱衣所から出てロビーに戻ると、行き交う人々の中に華やかなピンク色の髪を見付けた。エルの姿である。


「エル、もう先に上がってたんだな」


 ザインが声を掛けると、振り返ったエルが少しだけ目を見開いた。

 湯上りのエルの頬はほんのりと桃色に染まり、水気を含んでしっとりとした長髪が、どこか色気を感じさせる。

 けれども彼女は、すぐにザインから視線を逸らして俯いてしまう。


「は、はい。わたし、お風呂に入るとすぐにのぼせてしまうものですから……」

「……そっか。フィルはもう少ししたら来るってさ」

「そうですか」

「…………」

「…………」


 ……おかしい。

 普段のエルなら、明るい笑顔で受け答えをしてくれるはずだ。


(そういえば、夕食の時にもあんまり元気が無かったような……)


 ガヤガヤと騒がしいロビーで立ち尽くす二人の間に流れる、痛い沈黙の時間。

 自分は何か、彼女の気に触るような事をしてしまったのだろうか。

 そう思い至って、ザインが今日一日の出来事を思い出そうとしていた、その時だった。


「……あの、ザインさん。少し、お聞きしたい事があるのですが」

「あ、ああ! 俺に答えられる事なら何でも聞いてくれ!」


 彼女の方から振られた話題なのだ。それを断る理由などあるはずも無い。

 ドンッと胸を叩いて頷いたザインに、エルが視線をさまよわせながら……しかし最後には、控えめに目を合わせて声を絞り出した。


「ザインさんは、その……やはり、カノンさんのような女の子の方がお好きなんですか……?」

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