第4話 秘めた力の使い道

 ザイン達がカレン本部長に通されたのは、先程も足を運んだ応接室だった。

 長い話になるでしょうから……と、カレンが職員の一人に頼んでおいたティーセットが届けられた。

 カレンは慣れた手付きでカップに紅茶を注ぎ、ザイン達の目の前にそっと差し出して言う。


「温かいうちにどうぞ? こちらのクッキーもどうぞ召し上がって。王都で評判のお店で購入したものなので、味は保証致しますわ」

「ありがとうございます」

「……フンッ」


 ザインの座るソファの両隣には、いつものようにエルとフィルが。

 その向かい側に、距離を空けて腰を下ろしている本部長とカノンが居る。

 カノンは、何故か母であるカレン本部長を嫌っている節がある。きっと過去に何らかのトラブルがあったのだろうが、ザインにその理由を問うつもりは無かった。

 孤児だった自分がそうであるように、各家庭にはそれぞれ抱えているものがある。

 カノンにも、カノンなりの事情があるのだろう。そうでなければ、受付であんなにも母親に怒鳴り散らす事など無いはずだからだ。


 ザインは、紅茶に手を付けずそっぽを向くカノンをちらりと見た。

 満月のような金色の瞳に、新雪の如く真っ白なふわふわとしたポニーテール。

 その特徴的な美しい容姿は、やはり彼女の隣で微笑む母親とよく似ている。


「……それで? 結局アナタが『ポポイアの森』で消えた件について説明してくれるんじゃなかったのかしら?」


 苛立ちを隠さず、長くほっそりとした脚を組んで問うカノン。

 ジロリとザインを睨み付けるその瞳は、孤独な野良猫のような寂しさと警戒心を窺わせる。


「あ……うん。君は俺達の教育担当になったんだし、あのスキルについて説明しておかなくちゃいけないよな。俺のスキルは『オート周回』って言って、魔力を消費してコピー体を作り出す能力みたいなんだ」

「みたいって……アナタ、自分のスキルなのに理解しきれていないの?」


 呆れたようにそう言ったカノンに、ザインは困ったように笑いながら返した。


「あはは……実は、このスキルを使えるようになったのはつい最近でさ。それまでは神殿で調べてもらったスキル名以外には、何も分からないままだったんだ」

「つい最近ですって? 普通、神殿でスキル判定をされたらすぐに訓練するものなんじゃないの?」

「母さんに禁止されてたんだよ。俺のスキルは、伝説の探索者と呼ばれるあの母さんですら知らない謎のスキルだ。下手に発動して、それが自傷系のスキルだったとしたら危ないから……」


 そこまで言われて、カノンは大体の事情を把握したらしい。

 自傷系のスキルといえば、自らの血液や魔力、もしくは寿命などを対価に能力を発動させるものが挙げられる。

 ザインの『オート周回』は大量の魔力を消費するものだった。

 だが仮に、その他を代償としたスキルだった場合、幼い子供には致命的な危険に直結してしまう。


「……ガラッシア様は、アナタを大切にしてくれているのね」

「そう……だね。俺達の事を第一に考えてくれるからこそ、成人するまでは魔法もスキルも使わせてもらえなかったんだ。兄さんと一緒にダンジョンに潜って、勝手に練習しようとしたせいで……母さんには、悲しい思いをさせたから」


 ザインの脳裏に蘇る、八年前の苦い記憶。

 義理の兄ディックと共に、ガラッシアの留守を狙って『ポポイアの森』へ忍び込み、元傭兵のベイガルに騙された。

 あの事件を切っ掛けに魔法とスキルの使用を禁じられ……その戒めである金の腕輪は、未だにザインの腕に嵌められたままである。

 幼少期の事とはいえ、血も繋がっていない自分達の身を本気で案じてくれているガラッシアを裏切ってしまった事実は、一生忘れてはならない。

 ……少なくともザインはそう思っているからこそ、腕輪を手放す事が出来なかったのだ。


「……その件について、深入りはしないわ。とにかく、アナタがスキルを使い始めたのは最近の事で、ワタシが森で見たのはアナタのコピーだったって事よね?」

「うん。多分カノンが見たのは、コピー体の魔力が切れて消滅するタイミングだったんだと思う」


 そうしてザインは、現状で判明している『オート周回』の能力について説明した。


 コピー体を作るには、相当な魔力を必要とする事。

 コピー体はダンジョンを何度も攻略し、その間に倒した魔物から得られる戦闘経験は、そのままザインの身体能力を向上させる事。

 そして、コピー体が集めた素材はどこにいてもザインのポーチに転送される事。


 それらを話し終えると、カノンは目を丸くさせて固まった。


「ど、どうした……? 俺、何かおかしな事言ってたかな……」


 すると彼女は、ぎこちない表情で隣に座る母カレンの方を向き、


「……ザイン。この話は、この人が居る前ですべきじゃなかったかもしれないわね」

「あらあら……?」

「それってどういう……」


 不思議そうに首を傾げるカレンに、娘カノンは大きな溜息を吐く。

 カノンは何かを察しているようだが、ザイン達にとっては更に謎が深まるだけでしかない。


「……まあ、言ってしまったものは仕方ないわね。それよりアナタ、そのスキルって相当とんでもない力だって気付いているかしら?」

「とんでもないって……素材を沢山集められる事とか?」

「それもそうだけれど……! 一番はやっぱり『オート周回』で生まれるコピー体の能力と、アナタに引き継がれる戦闘経験の話よ!」


 カノンは組んでいた脚を戻すと、テーブルに身を乗り出してザインに詰め寄った。

 その際にたぷんと揺れる胸元から、ザインは思わず目を逸らして頬を染めてしまう。しかし、その絶景は目に焼き付いて頭から離れそうにない。

 カノンは、そんなザインの状況など御構い無しに話を続ける。


「まずはコピー体の事。どうやら身体は魔力で構成されているらしいけれど、アナタからコピーされるのは外見や身体能力だけじゃなく、持ち物まで再現されるのよね? それってつまり、ガラッシア様がお持ちだった風神の弓が一時的に二つ存在する事になるわよね」

「そ、それがどうかしたのか……?」

「精霊六王を超える各属性の神々──その一柱である風神が授けたとされる弓が二つもあれば、とんでもない戦闘力を発揮出来る事になるわ」


 カノンの真剣な声色と表情に、ザインの思考が徐々に落ち着きを取り戻していく。


(そうか……コピー体もあの弓を使えるなら、一緒にダンジョンを攻略すれば戦力の大幅な底上げになるんだよな)


 カノンは更に続けて言う。


「それに、コピー体はアナタと別行動をしている間もダンジョンで戦闘を繰り返して、アイテム収集も戦闘経験も積んでいく。……極端な話、アナタが惰眠を貪っていてもアナタ自身はどんどん強くなっていくのよね」

「まあ、そうなる……よな。実際はそんな時間を無駄にするような事はしないけどさ」

「例え話なんだもの、大目に見なさいよ。だからね、昼夜を問わず勝手にダンジョン攻略を繰り返す『オート周回』スキルを持つアナタは……ワタシ達の数倍もの速度で成長する事が出来るという事になるわ」


 身体の異変……身体能力の変化については、ザイン自身も以前から感じ取っていた事だった。

 魔物を倒すと、それに応じた能力が向上していく。

 動物系の魔物を倒せばスタミナが増えていったり、魔法を操る魔物を倒せば魔力が上昇していく。

 それはほんの微量なものではあるものの、ダンジョンマスターはまた別だ。


 ダンジョンマスターは、元を辿れば魔王の配下だった強力な魔物。

 そんな彼らが秘める力は絶大で、だからこそダンジョンという迷宮を生み出し、それを維持する力を宿しているのだ。

 ダンジョンマスターは単独での討伐が厳しく、その分だけ討伐者に入る能力値は大きくなる。

 けれども普通の感覚であれば、死の危険を伴うダンジョンマスターとの死闘など、そう何度も繰り返せるものではない。強くなる為とはいえ、休憩も無しにダンジョンに潜り続けられるような駆け出し探索者は多くないだろう。

 しかし、ザインの『オート周回』で生み出されたコピー体は例外だ。

 コピー体はダンジョン周回をする為に生み出される存在である為、単独での連続迷宮攻略など当然の事。彼は何の文句も言わず遂行していくのだ。


「ダンジョンマスターがコア状態から復活するまでのクールタイムは必要でしょうけれど、そんなの入り口から最深部に着くまでの間に済んでしまうはずよ。だからアナタのコピー体は、休まず何度もダンジョンマスターを倒しているに違いないわ」


 そう言って、カノンはザインが壁に立て掛けておいた風神の弓に視線を向ける。


「その弓と……ガラッシア様から直々に鍛え上げられた弓術の腕があれば、『ポポイアの森』のダンジョンマスターぐらいなら単独攻略も楽勝でしょう?」

「それは……」

「……ザインさんなら、わたし達が居なくてもやれてしまうでしょうね」


 ぽつりと呟いたエルに、フィルも頷いて口を開いた。


「師匠はお強いですからね。この間はぼく達『鋼の狼』の初攻略でしたけど……本当だったら、師匠とジルくんだけでも簡単に倒せたと思います」

「そんな事っ──」

「そんな事あるわ」


 フィルの発言を否定しようとしたザインの言葉を、カノンの言葉が遮った。


「流石に『ポポイアの森』のマスターは雑魚の内だけれど、そのスキルがあればアナタの相棒の狼クンが居なくても、大半のダンジョンマスターなら単独で倒せてしまえるようになるかもしれないわ。それだけの大きな可能性を秘めたスキルなのよ、アナタの『オート周回』は……!」

「でも、そんなのずっと先の話だろ!? 俺はまだまだ母さんには遠く及ばないし、『スズランの花園』での事だって、皆で力を合わせて協力したから解決出来た事だったんだ!」

「ザイン、さん……」


 思わず立ち上がったザインを、エルが呆然と見上げる。

 そんな彼女の若葉色の瞳を見下ろしながら、ザインは真っ直ぐに思いを言葉にしてぶつけた。


「あの時、エルがベイガルのスキルを封印してくれなかったら……俺はまた、八年前のあの時みたいにあいつを取り逃がしていたはずだ」


 続いて、ザインは同じく呆然としているフィルを見て言う。


「それに、フィルがエルを助ける為にプリュスさんを呼んでくれていなかったとしたら、ベイガルの隙を突いてエルを安全に助け出す事だって出来なかったかもしれない」

「師匠……」


 そしてザインはカノンを見詰め、ありのままの本心を打ち明けた。


「……君の言う通り、俺のスキルはとんでもない成長力を秘めた能力なんだろう。だけど俺は、自分一人で何でも出来るような凄い男じゃないんだ。朝だってエルやフィルに起こしてもらわなくちゃ寝坊するし、自炊だって満足に出来ないから姉さんにだって呆れられてるし……それに……」

「それに?」


 ザインは自身の両手を広げ、それをグッと握り締める。

 八年前のあの日のような過ちを、決して繰り返さない──その決意を、改めて固め直すように。


「俺が目指しているのは、仲間と一緒に魔王を倒した母さんの……歴史に名を残した、生ける伝説の探索者ガラッシアのような人物になる事なんだ。一人だけじゃ埋められないものを、仲間同士で補い合って強くなる……そんなパーティーになりたい」

「……本当にそんなパーティーになれると、本気で思っているの?」

「本気だよ、俺は。エル達と一緒なら、きっとなれる!」


 ザインは握った右の拳をカノンに向け、彼女の目の前で手を開く。

 きょとんとするカノンは、その手の意味を測りかねていた。


「それに、カノンも一緒に来てくれるんだろ? 俺なんかよりずっとダンジョンに詳しい先輩が直々に指導してくれるんだ。君が居てくれるなら百人力じゃないか!」

「わ、ワタシがアナタ達に着いて行くんじゃなくて、アナタ達がワタシに着いて来るのよ⁉︎ 別にワタシはアナタのパーティーに入る訳じゃないんだから、そこを勘違いされたら困るわっ!」

「まあ、細かい事はどっちでも良いよ! 俺にはカノンの力が必要だ。だからこれは、『これからよろしく』の握手って事で!」


 差し出された手の意味を理解したカノンは、唇をきゅっと引き結んで、薄っすらと頬をピンク色に染め上げる。


「……ひ、引き受けてしまったものは仕方が無いものね! そういう礼儀がきちんとしているのは……ええと、ガラッシア様の教育がしっかりしている証拠かしらねっ?」


 早口でそう言いながら、カノンも立ち上がる。

 彼女は照れ臭そうに視線を泳がせつつ、そっとザインの手を取った。


「よ、宜しくしてあげるから……心の底からワタシに感謝するのよ……⁉︎ 良いわね、ザイン‼︎」

「あ……ああ、勿論! こちらこそよろしくな、カノン!」


 カノンの小さい手を優しく握ると、身長差でザインを見上げる形になる彼女が自然と上目遣いになる。

 涙目で頬を染めて自身を見上げるツンデレ美少女の破壊力に、ザインは生まれて初めてのときめきを覚えるのであった。

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