第7話 涙を晴らす太陽
晴れ渡る空の下を、一頭の狼と飛竜が風を受けて突き進む。
ジルの背に乗るのは、ザインとエル。マロウの背に乗って空を飛んでいるのが、カノンとフィルである。
やはりエルは、マロウに乗るのを拒絶していた。
(ジルの背中に乗るのだってそれなりに高さがあるはずなのに、こっちは大丈夫なんだな……何でだろう?)
鋼狼は幼体の頃から体格が良い。
成体になれば小型の飛竜と同程度の立派な体格となり、大人三人程度なら余裕で背中に乗せられる程のタフさを持つ魔物だ。
その分、ジルの背中から見渡す景色にも高さが出る。
成人男性に肩車されてみる風景より、少し上になる程度だろうか。そんな高さのある背中に乗り、高速で駆け抜けていくジル。
高所恐怖症であるエルが、何故そんな状況下でも平然としていられるのか。
そんな疑問を抱きながらも、ザインは自身の背にしがみ付くエルの温もりを感じているのだった。
そろそろ時刻が昼に差し掛かろうかという頃、ザイン達は目的地である農場へと到着した。
今回の依頼は、薬草が上手く育たない農場を救う為、魔力を補う秘薬の材料となる竜翡翠を届ける事だ。
つい先日もザイン達はこのイスカ大草原には来ていたものの、この農場を通り過ぎて『スズランの花園』へと直行していた。
それに、あの時は夜の草原を大急ぎで駆け抜けていたので、ザインはこの農場がどれだけの規模なのかも見ていなかった。
「ここで今回の依頼者が待っているわ。さあ、早く行くわよ」
「うわぁ……!」
木材を組み合わせ建てられたゲートの上に、『イスカ・トゥアラ大農場』と書かれた看板が取り付けられている。
そのゲートの向こうに拡がるのは、一面の農作物と果樹の織り成す、豊かな色彩。
ふわりと香る甘い香りは、遠くに見える果樹から風に乗って届いて来たのだろう。果物特有の爽やかな芳香が、ザインの鼻腔をくすぐった。
手前には広大な野菜畑があり、その種類もここから見えるだけでも豊富であろう事が窺える。
すると、ツカツカと早足で進んでいくカノンが行く先に、畑の中でしゃがみこんでいる人影が見えた。
ザイン達も、カノンの後を付いて行く。
「アナタ、この農場の管理者かしら?」
彼女が声を掛けた人物は、こちらに反応して顔を上げ、立ち上がる。
「は、はい、そうです。こちらで働かせて頂いている、セッカという者です」
「ワタシ達は王都ギルドから派遣された、探索者のカノンよ。後ろに居るのはザインとエル、それからフィル。ここの状況を詳しく聞かせてもらいたいのだけれど、依頼者はどなたかしら?」
「ああ、それは私です」
セッカと名乗った彼は、すらりとした長身の男性だった。
陽光に煌めく金髪は腰まで伸びており、それを緩く束ねて一つに結んである。青い瞳と尖った長い耳からして、彼がこの農場で働いているエルフに間違い無いだろう。
「それなら話が早いわ。依頼書にあった、成長不良の薬草畑というのは?」
「……こちらにある畑が、そうです」
彼が悲しげに手で指し示したのは、先程までセッカが様子を見ていた畑だった。
その畑には、ザインにも見覚えのある薬草が生えていた。ザインのコピー体がこれでもかと採取してきた、ほぼ全てのポーション作りに必要となるオーソドックスな薬草だったからだ。
けれども本来ならば濃い緑色をしているはずの葉が、どれもこれも黄色く変色しているではないか。
「こ、これは……」
目の前に拡がる畑の異変に、思わずザインは声を漏らした。
膝ぐらいの背丈の薬草の葉は、一つの種から五十枚から七十枚程の纏まった葉をつける。
その葉の半数程に黄色い斑点が浮かんでおり、酷いものでは一株丸々真っ黄色に変色しているケースもあったのだ。
ザインは怪訝な表情で畑に近付き、セッカの許可を取り近くで薬草を観察させてもらう。
「……この種類の薬草は、俺の母さんもよく使ってました。この薬草、本来ならこんな色にはならないはずですよね?」
「ええ、よくご存知で。畑がこんな事になるのは、私も初めての事でして……。王都のギルドに依頼を出してからほんの数日の間に、薬草畑のほぼ全域に葉の変色が拡がってしまったんです」
「少し確認したい事があるので、一枚だけ葉を貰っても良いですか?」
「ど、どうぞ。少しぬめりが出ていますから、衣服を汚さぬよう気を付けて下さい」
改めてセッカから許可を得て、ザインはすぐ近くにあった葉を一枚、優しく摘み取った。
(うわ……本当にヌメヌメしてるな……)
ほんの少し葉に手が触れただけだというのに、セッカの言葉通り、ザインの指先に不快な粘液が付着した。
ヌチャリとした手触りがするが、何か嫌な臭いがするという事は無い。
軽く観察してみただけでも、葉の表と裏、それぞれ別のポイントに黄色い斑点が出来ているのが分かった。
どうやらその斑点が浮かんでいる箇所から粘液が出ているようで、それ以外の箇所はごく普通の緑色をしている。
少し葉を千切ってみると、フワッと青臭い薬草特有の香りがした。葉の香りには、特に異変は起きていないらしい。
「師匠、何か分かりましたか?」
横からひょっこりと顔を覗かせたフィルに、ザインは一つ頷いて答える。
「ああ、ちょっとだけだけどな。葉の断面からして、多分だけど薬草そのものの成分には大きな異常は出てないと思う。黄色く変色しているのは葉のごく表面だけで、内部にまでは被害が及んでないんじゃないかな?」
「そうなのかしら、セッカさん?」
少し後ろから様子を眺めていたカノンが、深刻そうな顔をしたセッカに問うた。
「ええと、ザインさん……でしたよね。貴方の仰る通り、確かに被害が出ているのは葉の表面のみです。ですが……この薬草には、微量ではありますが魔力が含まれています」
「まさか……葉の魔力の方に異常が出ているというの?」
「まさしく、その通りでして……。変色が多い葉であればある程、葉に含まれた魔力量が減少しているようなんです」
セッカが言うには、この変色被害が出始めたのは十日程前の事だという。
最初は単なる栄養不足か、害虫による被害だろうと思っていたそうだが……たった一日の間に、変色した薬草が目に見えて増えていたのだとか。
「試しに私がこの畑で採れた薬草でポーションを作ってみたんですが、普段の作り方では効果がいまいち発揮されず……。同じ改めて作り直し、まさかと思い自分の魔力を多めに注ぎ込みながら完成させたところ、ようやく本来の効能になったんです」
それはつまり、従来のレシピ通りに作っても正しく完成しない、効能の低い薬草になってしまったという事だ。
ポーション作りでは、薬草に含まれた魔力だけでなく、作り手の魔力も注いでバランスを整える必要がある。
本来よりも多くの魔力を注がねばならない薬草となると、一般的な薬師では従来よりも余計に多くの魔力を消費せねば、まともなポーションを作れなくなる。
この実験を行ったセッカが魔力量の多いエルフであるからまだ良いものの……これが人間であれば、一日に生産出来るポーションの数が少なくなってしまう。
市場で価値のある薬草は、魔力を豊富に含んだ、見た目の良い薬草である。
しかし、この農場の薬草はその正反対。魔力が少なく、葉が黄色く変色した最悪の品質だ。
すると、エルがハッとして声を上げた。
「あ、あの……! もしかして、この薬草で作ったポーションには、変なぬめりも出てしまうのではありませんか……?」
恐る恐る尋ねたエルに、セッカは更に表情を曇らせる。
「そう……なんです。葉を煮込んで出た薬液を布で
目に涙を馴染ませるセッカに、ザインは胸を痛めた。
身内に薬草とポーションに詳しいエルフの義母が居る事もあり、とても他人事とは思えなかったのだ。
ザインはグッと奥歯を噛み締めてセッカに歩み寄り、彼の両手を力強く握り締めた。
少しでも彼を励ます事が出来ればと、真心を込めて。
「セッカさん! 必ず俺達が秘薬の材料を取って来ます! だから……だからどうか、諦めないで下さい!!」
「ザ、ザインさん……!」
へにゃりと眉を下げ、今にも涙が零れ落ちそうなセッカ。
そんなセッカを励まさんとするザインに、横からカノンが一言。
「……セッカさんの手、アナタのせいで汚れちゃったわね?」
「ああっ……!?ご、ごめんなさいセッカさん! 俺、悪気があった訳じゃなかったんですけど……手を汚しちゃって、本当にすみません!!」
「ふふっ……! 良いんですよ、ザインさん。だって、私を励まそうとしてくれたんですよね?」
カノンに指摘され、大慌てでセッカの手を離したザイン。
何か彼の手を拭ける物は無いかと右往左往していると、エルがそっと手頃な布切れを渡してくれた。
「あ、ありがとうエル! あの、良かったらこれ使って下さい!」
「どうも、助かります。……皆さんにだったら、安心して仕事をお任せ出来そうですね」
布で手を拭きながら、いつしかセッカは口元に笑みを浮かべていた。
粗暴で仕事の雑な質の悪い探索者とは異なる、真っ直ぐで明るい青年のザイン。
セッカはそんな彼と仲間達を見回して、きっと彼らであればあの『カピア洞窟』からでも生還してくれるであろうと、静かに確信を得るのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます