第5話 初めてのダンジョン探索

 ポポイアの森は、ザイン達にとって最も近場なダンジョンである。

 樹木の壁の内側には広大な森の迷路が拡がっており、けれどもそこまで複雑な構造ではない、至って危険度の低い森の迷宮として知られていた。

 ここに出現する魔物の多くは倒しやすい。日々戦闘訓練をこなしている者であれば、そこまで苦戦する事も無く、最深部まで到達出来るだろう。


「お前のスキルって、戦闘向けの能力じゃなさそうだよなぁ」


 歩きながら、ディックが何気無く呟いた。


「『オート周回』がどういう意味の言葉なのか分かんねえけど、俺の『見切り』とか……有名どころだと『必中』とか『倍増』みたいな、いかにも戦闘に役立ちそう! って感じの名前じゃないと思わねえか?」

「うーん……。周回っていうと、同じところを何回もぐるぐるする感じかな?」

「決まったコースで走り込み何周、みたいな? ……あー! 考えれば考えるほどワケ分かんなくなってきた‼︎」


 ディックは立ち止まって大声を出しながら、両手で髪をグシャグシャと掻き乱す。

 彼はそうして軽くストレスを発散させると、ザインに顔を向けた。


「とりあえずやってみろ、『オート周回』! うだうだ考えるより、さっさと試した方がスッキリするし!」


「な?」と、念を押しするディック。

 元々ザインのスキルを試すべくダンジョンに来た事もあり、いざという時の為のエルフの万能薬だって持って来ている。


「……そう、だよね。うん、とりあえずやってみる!」


 兄の言葉に素直に従い、ザインは大きく頷いた。


 一般的に、スキルの発動はとても容易だとされている。

 スキルの分類は、主に四つ。


『攻撃能力型』

『支援能力型』

『常時発動型』

『特殊能力型』


 この世界に存在する全てのスキルは、必ずこれらの内のいずれかに分けられるのだ。

 ディックの持つ『見切り』は、一つ目の『攻撃能力型』に分類される。

 敵からの攻撃を本人の反応速度に関わらず回避出来る、便利なスキルだ。

 探索者や騎士、傭兵として常に戦場を駆ける者であれば、どのような戦い方をする場合でも役に立つだろう。

 ザイン達の予想では、『オート周回』は残る三つのどれかだという事になる。

 そうしてザインは深く息を吸い込み、張り切って声を上げる。


「……よしっ! スキル『オート周回』──発動ッ‼︎」


 ……しかし、特に変化が起きた様子は見られない。


「……ええと、『オート周回』!」


 何も起きない事に戸惑いながらも、再度スキル使用を試みるザイン。

 だが、それでもパッと見た限りではスキルが発動された様子は確認出来なかった。


「おかしいなぁ……。お前のスキルタイプなら、スキル名を言えば能力が発動されそうなもんなのに……」

「でも、『常時発動型』のスキルだったらおかしくはないよね? 元からスキルが使われてるなら──」

「──だが、そうだとしたらとっくに変化が出てるはずだろ?」


 ディックの指摘は正しい。

『オート周回』が常時発動するスキル──例えるなら『体力自動回復』であれば、スキル所有者は常に尽きる事の無いスタミナを発揮しているはずだ。

 けれどもザインには、自身のスキルによる何らかの影響が及んでいる様子は無い。


「……もしかしたら、お前のスキルには魔力消費があるのかもしれないな。あの母さんですら知らないスキルなんだ。消費する魔力量が多いなら、自分の魔力量を上げる訓練をしないとスキルが使えないんじゃないのか?」

「俺の魔力量、か……」


 そう言われて、ザインは大神殿での判定結果を思い出す。

 基本六属性に対する全ての適性はあれど、能力段階はオール1。すなわち、それが彼の魂から生み出される魔力量の最大値だった。

 スキルの中には、使用時に一定の魔力を消費しなければ発動しないものがある。

 仮にディックの予想が的中しているのなら、今のザインの実力ではスキルの練習どころか、発動そのものが不可能だという事になってしまう。


「……じゃあ、ここに来たのもムダだったって事かな」


 ガックリと肩を落とし俯くザイン。

 そんな弟に対して、兄ディックはぶんぶんと首を横に振って否定した。


「そんな事はねえよ! スキルが使えねえなら、使えるようになるまで鍛えりゃ良いんだ。だってお前にはその弓があるだろ?」

「弓……?」


 彼が指差したのは、ザインの持つ母の弓──風神の弓。

 合点がいかないザインとは対照的に、ディックの口元はニタリと弧を描いている。


「ダンジョン探索者を目指すお前なら当然知ってる話だが、ダンジョンには敵が──魔物が出る! それも年がら年中、この中でボーッと突っ立ってるだけで何匹もだ! それってつまり、格好の練習相手が無限に湧き出て来るって事なんだ」


 そこまで告げられたところで、ようやくザインも彼が言わんとしている事を理解した。


「そうか……! 魔物を倒せば、ちょっとずつ強くなれる。倒した魔物によって、筋力とか魔力がそれぞれ増えていくんだよね!」

「ああ! オレ達でポポイアの森の魔物を倒して、大人になるまで母さんとエイルにバレないように特訓していけば……」

「俺の魔力も増えて、いつかスキルが使えるようになるかもしれない──‼︎」

「その通りさ! やってやろうぜ、ザイン。オレ達だけの秘密の特訓……イン、ポポイアの森だぜ‼︎」

「おー‼︎」


 息を揃えて、天高く拳を突き上げる二人。

 すっかり元気を取り戻したザインは、ディックと嬉しそうに笑い合う。


 ──その時、二人の目の前に小さな影が現れた。


「……っ、ディック!」

「いよいよ魔物のお出ましってこったな……!」


 ザイン達の前に、ギィギィと不快な呻き声を漏らす魔物が躍り出る。

 全身緑色の肌に覆われ、ギョロリとした目と鋭い牙を覗かせる小鬼……ゴブリンであった。

 その数はたったの二匹ではあるものの、ザインもディックも魔物と対峙した経験はほとんど無い。

 いつもザインが戯れている鋼狼のジルやギルならまだしも、相手は間違い無くこちらを殺しに向かって来る。

 ディックはすぐさま短剣を手に、そしてザインは後方から弓を構えて待機。いつでも攻撃出来る体制を整えた。


「まずはオレから行かせてもらうぜ! 先手必勝ってなぁ!」


 威勢良く鞘から短剣を抜き放ち、一気に駆け出していくディック。

 相手はディックと大して体格の変わらない──大人であればそこまで脅威を感じない、小さなゴブリン。そんな相手の剥き出しの腹を目掛けて、短剣を突き出した。


「グブァッ……⁉︎」

「よっしゃあ!」


 ディックの放った一撃は見事に命中し、ゴブリンはディックの急な突撃に対処しきれず、バックリとした大きな口から血を吹き出した。

 だが、魔物との初戦はそう甘いものではない。

 初手の攻めを成功させた達成感に油断を生んだディックの元に、もう一匹のゴブリンが襲い掛かろうとしているではないか。

 しかし、後方で魔力の矢を精製していたザインは、その動きを見逃しはしなかった。

 ザインはしっかりと狙いを定め──微弱な白い光の塊ではあるものの、彼の手元には魔力の弓が出来上がっている。


「そうはさせないよっ!」


 弓術を得意とするエルフ族。

 その中でも勇者と共に旅をし、魔王討伐に参戦したガラッシア直伝の技。

 物心付いた頃から弓術と剣術を磨き上げてきたザイン。

 彼にとって、同じく母からの指導を受けるディックよりも優れていたのは、まさにこの弓術であった。

 ザインの手から離れた光の矢は、風神の弓の効果によりその属性を風へと変換させる。朧げな輪郭だった白の矢は、くっきりとした緑色の光へと姿を変え……ゴブリンの頭を貫いた。


「ガッ……」


 断末魔の叫びは、森に響く事無く溶けていく。

 その隙にディックも目の前のゴブリンにとどめを刺すと、二人の初めての戦場に静けさが取り戻された。


「やった……ん、だよね……?」

「……やったんだ……やったんだぜ、ザイン! オレ達だけで、初めてゴブリンを倒したんだ‼︎」

「そうだよね⁉︎ 俺達、ちゃんと戦えたんだよね‼︎」


 パァッと笑顔の花を開かせた、二人の少年達。


「この調子でガンガン行こうぜ! オレとザインの二人でなら、この森ぐらい簡単に攻略出来そうだぜ!」

「魔力の矢なんて初めて作ったのに、何であんなに上手くいったんだろう! 分かんないけど、出来ちゃったからまあ良いや!」


 華々しい初戦を終えた彼らは、更にダンジョンの奥へと目指して歩き出す。

 そうして次に二人が辿り着いたのは、美味しそうなフルーツが実った木々と、それらに取り囲まれた美しい泉であった。

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