第6話 私のさよなら
きれいな花だと思った。その近くにある花も。私は、その花の意味を知っている。
――ちょうど一年まえ。働いていたメイド喫茶で事件が起きた。
強盗が入って、私を刺した。私は、白いエプロンが赤く染まっていく様子をみて、ああ、私は死ぬんだって思った。実際死んだけど。
当然、殺人事件があったって事実のあるメイド喫茶が続けられるわけなくて、私は死んだあとの居場所も失った。
すぐにここを去ればよかったんだけど、あまりに短い人生。もう少しだけ存在したということを記したかった。
だから、このメイド喫茶のチラシをもらってくれる人がくるまでは、この場所に居てやろうって、なんだかちょっとしたゲームだと思って配ってた。コンセプトだった猫の着ぐるみも着てさ!
けど、ちょうど記念すべき一年目、どうやらその時が来たみたい。
熱視線の主が、こっちに向かってくる。
きっと私に気付いているあの子が、私のチラシをもらってくれる子なんだろう。
その子は私の足にすりよってきて、鳴いた。
「みゃお」
愛くるしい、その顔に見覚えがあった。
「あら猫ちゃん、あなた、もしかして、餌ドロボーの猫ちゃん?」
当時のメイド喫茶のチラシ。そのメイド喫茶はたくさん猫を飼ってて、黒猫喫茶というの。けど、飼ってない猫が(勝手に)遊びに来ていたことをふと思い出す。
「みゃ」
答えっぽい言葉を放つと、
期限切れのクーポン券が付いたそのチラシを得意げに口にはさんで、姿を消した。
「ありがとう、お別れを言いにきてくれたのかな」
秋葉原は今日も晴天。あの日も晴天だった。
私はもうここからいなくなるけど、この歩行者天国はなくならないといいな。
そう思って、青い空へ手を伸ばした。
秋葉原と歩行者天国と着ぐるみ少女 如りん @kisaragiringo
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