第7話 瞬き/清水寺[11月16日15時_11月22日13時]

意識は飛ばなかった、俺は空中でも、落下中でも、その意識を保ちながらクソサイコとゲロミナをどうやって殺すかっていうのを想像していた。想像をしていたら時間ってのは早く過ぎるものだ。俺は気づいた時にはボロボロのクッションの上だったのだ。破れ方が真新しいことから俺は最悪を想定する。俺が落ちたこともクソサイコの掌の上。これが1番最悪だ。本人がいなくとも、仲間がいたら即詰みなのだ。だから俺は駆け寄ってきたおっさんに開口一番に銃口を向けた。「ヤクザ舐めんな。」銃を取り出す暇と冷静さがあれば一般人など余裕だ。ましてや、あんなチンパンジーと大差ないパンピーとは程遠いクソサイコなど赤子の手を捻るように殺せただろう。

困っているおっさんの後ろから出てきたのはもう一人のおっさん。ただならぬ気配は感じ取られたのだ。そして俺は次の瞬間ぐるんと視界が周り、俺の体が一回転し、地面に叩きつけられた。


そして俺は目の前にいるおっさんが只者ではないことを理解した。俺が銃を抜いた現状がどれほど悪手だったかも悟った。銃っていうのは離れているやつに使うものなんだよ。組の幹部に教えられたことだ。俺は全力でその銃のグリップを男の足首に打ちつけた。どんな強靭な奴であれ、一瞬は怯む。その一瞬で良いんだ。何をするにも一瞬で良いんだ。一瞬の決意で物事っていうのは変わる。そんな感じがした。それが答えなんだろう。俺は反動を付けて立ち上がり鳩尾めがけて肘打ちをした。だけど2発目は流石に打たせてくれない、俺は手ごと裏拳で飛ばされた。肩ごと持ってかれる一撃。そして俺は絶対に避けなければならない気配を感じた。下顎のあたりにだ。何故だ?男の左手は俺の右手を弾いた後だからそこにある。男の右手は肩ごと反動を付けるように地面の方を向いている。俺は咄嗟的に体を倒した。男の足は俺の顎の近くの空気ごと持っていった。当たっていないのに擦れている感覚がする。空気と真空の狭間によって。


ぶっちゃけ、俺は上で殺人鬼と殺し合ってきたので、それを理由にすれば俺がやられたことも言い訳できるのだ。でも俺が五体満足で体の調子が最高だったとしてもこの男には勝てる気がしない。死にたくないなら逃げろ、立ち向かって生きて帰れると思うな。これも組で教えられたことだ。実践しろよ俺。

俺の顎を掠めたのなはソバットだった。顎のあたりをソバットで持っていこうとするとか、後ろ蹴りで人に死を実感させられるやつなんか本当にこの世にいるのか。まさにこの男と対峙した時からの思考が全て走馬灯なのだ。それほどに強い。底が見えない。後ろ蹴りの勢いを生かしてそのまま、もう一方の足で俺のこめかみの辺りを狙っている。というかノーモーションで打ってくる。くそったれ。俺は地面についた足で全力で地面を蹴り上げた。気休め程度にはなるだろう。相手の回避不能の一撃も、当たる場所をズラすことくらいならできるのだ。俺はそこで意識が飛んだ。





僕以外にもここから飛び降りた奴がいるのか。僕以外にもそんな人間いることを知って、少しだけ安心した。「その人はどこで寝てるんですか?」僕の純粋な問いだ。別の場所で寝ていると考えるのが妥当だ。流石に落ちてきて全くの無傷というのは有り得ないと思ったからだ。事実、僕も6日ほど寝込んでいる。しかし僕の目の前のおっさんは頭を掻きながら言う「実は20日の明け方に見たら居なくなっていたんだ。」嘘だろ。「君と同じところから落ちてきたのにこんなにも違うなんてなぁ」

待て、俺と同じところから落ちてきたってことは十中八九、あの殺人鬼と遭遇しているはずだ。遭遇して落ちてきて3.4日でどこかに行くなんて有り得るのか?いや、遭遇ではないとしたらどうだろう。僕は彼を目撃しているのだ。顔を見たのだ。単純に追ってきたのではないだろうか?後ろから追われた状態だから下をよく見ていなかったが、冷静に見ればクッションがあるというのも見えるかもしれない。それを目印にゴミが捨てられてるのかもしれない。最悪のシチュエーションだ。僕を探しに殺人鬼が降りてきたというのは最悪だ。下手をしたら図書館に辿り着くまでに殺人鬼と遭遇して殺されるかもしれない。


しかし、彼女のメッセージを見てから6日、1週間弱が経過している。早くに向かわなければ彼女の方が移動をしているかもしれないのだ。僕は荷物に銃を巧妙に隠しながら入れ、おっさんに周りがどうなっているかを教えてもらった。本当に親切なもので、森の木に彫ってあるマークを辿れば街に着くらしい。僕は少しずつ森に足を踏み入れて行く、なんだか森を歩いていると不思議な浮遊感に襲われる。

恩義を感じつつも少し半信半疑に進んでみたが本当に出ることはできた。歩き始めてから2時間ほどが経った時に森の奥に灰色の自動車道が見えた。

そして、森から出ると、前には錆びれた、というかもう使われなくなって何年も経ったであろうスーパーマーケットがあった。待ち構えていたかのような佇まい。

そして周りには羅生門よろしく、というか追い剥ぎをされたらしきヤンキーが転がっていた。本当に現代日本において、こんな現場はあるのか、痛い痛いと言っているが目立った外傷は見られないところから全員、鳩尾か金的なのだろうなと推測する。そして彼らを倒した誰かはめちゃくちゃに強いのだろう。この街は僕が知らないだけで物騒なのだ。いや、正確に言うと全ての物が、万物がそうなのだろう。日常から一歩横に逸れればそこには非日常が嫌という程広がっている。隣国の兵器騒ぎだってそうだろう。僕たちはきっとそれらの非日常が目の前の3cmくらいの所まで来なければ見えないのだ。日常は近眼。ヤンキー達はうずくまりながら唸っている。僕は恐る恐るスーパーマーケットのドアを開ける、錆びれていたが先客がいたらしく意外とスムーズに開く。開くと中には男がいた。男は俺を見ると間髪入れずにこう言った「ヤクザ舐めんなよガキ。」

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林檎は廻る。 八下 @i8under

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