第6話 帽子/fight[11月22日15時_11月16日13時]

森に迷い込むという点ではアリスとも言えるかもしれない、しかし僕をアリスと考えた場合、迷い込ませた兎はあの殺人鬼なのだ。

僕はおっさんの話を半分聞きつつ、もう半分で思考をしていた。慣れすぎだろ。数年に一回とはいえ、上から落ちて来た招かざれる者への対応が柔軟すぎる。僕だったら困るな、もしかしたら目の前で必至に困る様子を隠しながら振舞っているのかもしれないが、奥にいる人は絶対に慣れている。というか僕でも分かるぞ、只者ではない。彼らにはもう一つ何か目標があるのではないか?疑心暗鬼。埒のあかない自問自答だ。目に見えるもので考えるには、やはり何か一種の証拠のようなものが欲しい。僕は単刀直入に聞いた。「何が目的ですか?」少し酷な質問だったかもしれない、目的があろうと下心があろうとも、ここに彼らがいなきゃ僕は死んでいたのかもしれないのだ。というか死んでいたのだ。よくわかんない記憶と銃を握らされたは良いもの、その後、落ちてグシャっと行っていたのかもしれないのだ。

それなのにこれは少しなかったのかもしれないが、それしか聞きようがないのだ。おっさんは少し返答に困る。そりゃそうだな。僕でも困る。

「面白いことになってるんだよ」帰ってきた返答は意外とシンプルなもので、そっけないもので、第三者の目線から言っているようだった。「あぁ素っ気ない答え方でごめんね、森の奥でホームレスを長いことやってると人が珍しくて、こういう出来事に実感が少し持てないんだ。でも、面白いことにはなってる。」また僕の考えていることは読まれていた僕はそんなに単純な思考をしてるのか、というか意外と流暢に話すではないか、もっと詰まりながら話すと思っていた。自給自足で暮らしてるってことは話し相手はもう一人のおっさんだけってことじゃないか、僕なら声の出し方すら忘れてるかもしれないな。

「ここには君と同じ日に、君の後から落ちてきた奴がいるんだ。」







タクシーが天道虫公園へ着くまでに俺は7回、脳内でミナを殺した。たかだか少しフェラが上手い程度の女に主導権のようなものを握られてることに納得ができないのだ。タクシーのおっさんに1万円札を気前よく押し付けてタクシーを出て、公園の方を見ると、昼間だと言うのに公園には子供が一人もおらず、代わりと言ってはなんだけれどもベンチの周りには誰かの吐いたゲロが広がっている。情報の感じから行くとこのゲロはミナのゲロってことなのか、ゲロ女め。というか周りを見てもミナはいないし今のところ手がかりはこのゲロくらいじゃないか。しかもゲロの下にはなんかが入ったジップロックが置いてある。どういう状況だよこれ。ミナは大方、ここから移動している。そりゃそうだ。

しかしなんかあっても良いだろ。俺の電話を放置してまでのことがあるのか?ないだろう。くそったれめ。そして俺はそこでタバコでも吸おうと思い、ポケットからタバコとジッポを取り出して火をつけた。そのタバコから煙が上がるより早く。


俺は後ろから重いっきり殴られた。


なんでそのことを理解してるかっていうと、それより速く俺は振り向いて蹴りをお見舞いしたからだ。50弱くらいのおっさんの金的に思いっきりだ。狙う相手を間違ってるよおっさん。俺はヤクザの幹部だぜ。ドベから這い上がってここにいる男だぜ。大方誰かに依頼でもされたんだろ。そう思ってたんだけどちょっと待ってくれ、滑り台の下に転がってるのって人の腸じゃん、おいおいこれは流石にないだろ、公園を正面から見たら絶対に見えない場所に人の腸。ホラーを通り越してコメディだろ。

しかも公園の奥の茂みを突っ切った後だってあるぞ。この下は崖だ。正気か?否、正気ではないのだ、目の前にいるおっさんの服はよく見るとベットリと血の跡が付いてるし、いつのまにか右手には鉄の棒を持っている、鉄骨というにはお粗末な棒。久々にスリルを感じてる、体感してる。俺は右足を俺の後ろに運びながら左足で地面を重いっきり蹴って回し蹴りをお見舞いしてやろうとした。竜巻旋風脚。

しかし現実はそう上手くはいかないし、俺は春麗ではないのでその蹴りは簡単に避けられる。っていうか俺が逸らした、相手の顔を見ればわかる。完全にぶっ飛んでる顔、目がイってる。流石にちょっとだけ俺の動きが鈍る、そして俺は間髪入れずに右手で肘打ち。これは完璧にヒット。

おっさんは呻き声をあげる。安心安全ホワイトヤクザである組でさえ、所属すればこんな危険が潜んでいるのかと震えた。俺は肘打ちの次は呻いて倒れてるおっさんの顔面めがけて膝蹴りをかました。右手でおっさんの後頭部を抑えながら、膝を上げる。くたばれサイコ野郎。それは俺も大概なのかもしれないが。そして俺はおっさんに向かって全力で竜巻旋風脚をかました。人は瞬間的に春麗になれる。とは言ってもコマンド打って終わりではなく、流石に物語の中などではないので反動をつけなければいけない。

その隙を突かれた。疲れていた俺は虚を突かれた。サイコ野郎が右手に持っていた鉄の棒はいつのまにかスタンガンに変わっていた。おいおい嘘だろ。昼間っから公園でサイコオナニーみたいなことして目イってるクソにスタンガン買う資金があるのか、などと思えたが、これが走馬灯のようなものであることには後で気づいた。後があるってことは最悪は回避したんだな。そして俺はスタンガンをサイコ野郎に刺される。意識が飛ぶより早く、俺は森へ飛んだ。意味などない。

人っていうのは偶には森に落ちてみたくなる生き物なんだろうな。ファックサイコ野郎。絶対殺してやる。死んでも殺してやる。ミナと一緒に殺してやる。ミナ以外に、あの女にも会わなきゃいけないのに、なんでこんなに面倒ごとばかり増えていくんだ。最悪。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る