第4話 他答自答/rabbit[11月16日11時]

死を確信する、空中で何に気づいたって何もできない。僕は下を見る気にはなれなかった。この速度で落ちていくのなら下にトランポリンでもなきゃ助からないだろう。下は森だが。

さようなら僕。落下速度は増していく。人生初めての落ちる感覚は爆発って感じだった。爆発。

脳から体にかけて絨毯爆撃は速さと衝撃を増す。色々な物質が脳から出てるんだろうな。



「よう、」

なんだお前は今、僕は落ちている途中なんだよ。死んでいる最中なんだよ。真っ最中。真っ死中。

「そんなこと言ったってなんかが変わるわけじゃない。建設的な話をしようぜ。」

身もふたもない正論。だけど今落ちてる人間に正論を言うってなんなんだよ。というかお前は誰?何?

「会ったことあるだろ」

いや誰だよ。記憶にないし心にも当たりがない。嘘をついてるんじゃないのか。というか何を言いたいんだ。お前は。そんな長い髪携えて、声は男っぽいのに。

「あーそこは触れなくていいところなんだよ、話すと面倒くさくなるし」

そんなことを言ってるうちに僕が地面についてグチャっといったらどうするんだ。話すと面倒くさくなるという割には核心を全然言ってくれないじゃないか。

「さっきから落ちる落ちるってうるさいなお前。足の先を見ろよ、立っている場所を見ろよ。」

俺の足は確かに地面についていた。立っていた。地に足をつけ立っていたのだ。

「嘘でしょ」

「嘘じゃねぇよ」

威勢良く女っぽい男は笑った。ハハハッ

前にいる髪が胸くらいまで伸びてる男は僕に何を話しに来たのだろう。というか来たのか、もしかしたら、いたのかもしれない。僕が迷い込んだのかもしれない。そもそも僕はもう死んでいてここが死後の世界だということもあり得るのだ。

「何しに来たんだよ」

「教えに来たんだよ、

「何を教えに来たんだ?」

お前はどうせ次に何を教えに来たか何て聞くんだろ?」

正解だ。

「なんも変わってないってことを教えに来たのさ。遥か彼方のそういうとこから」

何も分かんないし、そういうとこってどこだよ。やっぱり死後の世界なのかここは。

「ボヤッとした顔で俺を見られても困るんだよ。とりあえずこれだけ見といてくれなー」

間延びした声でそれは、彼がいうには彼、が言った。瞬間、僕はそこで記憶を見た。



人を構成するものは何か、と問われたら迷わずに[記憶]と答える自信はある。そんな記憶は自身にはないのだがそう言えるのだ。それは誰かの記憶であった。記憶の映像というものがフィルムのようにカタカタと音を立てる、なんてことはなく、無味無臭でただただ視界に記憶が写ってる、誰の視点ということもなく僕は三人称視点から見下ろしていたのであった。少年が2人と少女が1人。少年は、片方は童顔であり、きっと美少年と言えるようなタイプの顔つき、もう片方は髪が短く、服も半袖であるところからスポーツでもしてそうな雰囲気であった。どちらも僕とは似つかないものだ。もう1人の少女はショートカットのボブのような髪型をしていたが、これも「薫」とは似ても似つかなかった。これになんの意味があるのだろうか。この記憶を見せた理由はなんなのだろうか。3人が何か喋っているが何かはよく聞き取れない。内容は分からずじまいである、そこが1番重要だったと思うのだがそこが分からなかった。これでどうしろというのだ。無味無臭はともかく無音というのは如何なものか。映画の演出ならともかくこれは何かを俺に教えに来て、見せたものなのだろう。これで良いのか?そもそも僕はやっぱり死んだのではなかろうか、あの公園の下に広がる森に落ちて僕はきっと死んだのだ。高さは少なくとも10mはあった。死んではいないにしろそのまま落ちたのだから間違いなく何かの後遺症は残る。このよくわかんない彼との会話がすでに後遺症なのかもしれない。映像の3人は笑っていた。音がないので笑っている理由はわかるはずがなかった。笑った童顔の美少年は、なぜか髪の長い彼を連想させた。目の前にいた彼。気づいた時には映像は消え、僕は白い白い白い白い空間に一人で立っていて前にいたはずの彼は消えていた。目の前にはタオルでぐるぐる巻きにされたずっしりと重い[何か]が「よければどうぞ」と走り書きで書いてある紙の下にあった。その横には曲輪亀図書館の本を借りる時に使えるバックが無造作に投げ捨てられてあり、僕はそれらを半信半疑手に取りその重さを感じながらバックに入れ、バックこと抱えた。この空間を歩けばどこまでも続いていそうだが、帰れなくなっては困るので動かなかった。



気づいた時には僕はあの白い白い白い白い空間などという絵空事じみた場所ではなく、薄汚い小屋にいた。体を起こすと目の前にはこの場所にぴったりと言わんばかりの少し汚いおっさんが僕を見ていた。僕はここが地獄なのか天国なのかを確かめるよりも早くに腹に抱えたバックの存在に気づいた。絵空事からの戦利品であり、きっと彼からのプレゼントなのだろう。結局あのタオルでぐるぐる巻きにされていたものはなんなのかと確かめようとした時に、目の前のおっさんは大きな声で「起きたぞー!!」と叫んだ。誰がを呼んだらしいのだが音量が大きすぎて叫んだようにしか思えないし「ボウズ、どこか痛いところはないか?」と言いながらおっさんが僕の体にベタベタ触りその独特のおっさんっぽさとお世辞にも良い匂いとは言えないその匂いで僕はここが現世であり生きていたことを悟った。周りをちゃんと見渡すと小屋と呼ぶにも粗末で貧相なその建物は、「雨を防ぐ」という一点でしか使われない風貌をしており、壁は一方向が完全に無い状態であった。その空間の奥の方に、色とりどりのクッションがこれでもかというほど敷いてあり、その何個かが真新しく破れているのを見て、僕があそこに落ちたということに気づいた。下にトランポリンでもなきゃ助からないのだが、クッションが大量に敷き詰めてあれば話は別だ。おっさんに話を聞くとそれは数年に一度来る自殺する人を助けるためのものであるらしいし。さらに話の途中で先ほど呼ばれた人が来て一人増え、彼らはホームレスで、この小屋はおっさん二人で過ごしていることがわかった。食料はこの森にいる動植物を食べて生きており、たまに廃材などが森に捨てられるため、それらを集めてベットなどの家具を作ったらしい、7年前に大量に捨てられたというクッションはベッドや布団に使っても余ったため、数年に一度、自分たちの目の前で死んでいく自殺者のためにクッション敷き詰めて置いているらしいのだ。何はどうであれ僕は生きてていたのだ。そして僕は彼らに見つからないように話を聞きながら布団の中で両手を動かし、タオルを丁寧にずっしりとした[何か]から削いだ。思えば、それを彼らから見えないように出したという点で、僕はなんとなく何か入っているのか分かっていたのだろう。中に入っていたのは銃であった。実弾が全発詰まったオートマチックの拳銃であった。絵空事から持ってきたものは決して絵空事ではなかったのだ。

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