第3話 think/意図[11月16日10時]

正直舐めていた。女だからとかもあるが、最初は僕に黙って殺されていたし、2度目もほとんど抵抗せずに殺されたのだから。そんなか弱いと思っていた彼女がここまでするとは思っていなかった。流石の僕も周りの人間を巻き込む気は無かった。覚悟だ。彼女の覚悟だ。僕はすぐさまそこから走り出そうとした。しかし黒板の覚悟には続きがあった。

「5月16日。」

暗号、暗に示すものがなんなのかはわからない。その文字は弱々しく書かれていた。覚悟が足りないぞ薫。そう言える立場ではないものの少し頭の中でそういうものを、そう言う者を想像してしまう。何を意味しているのか、どこを指し示しているのか、誰を暗示しているのか、簡単にわかれば苦労はしないし、考えた奴は面白くないのだろう。そもそも面白さを求めているのだろうか。2人で話したいという文面から見て[誰かに来て欲しくない]ということだろう。つまり、僕と彼女しか知らないことなのだ。しかし昨日今日、もとい今日今日としか会っていない僕と彼女に繋がりがあるとは思えないし、あるのなら僕がまだ知らない、認識していない繋がりなのだろう。そんなものあるのだろうか。あったとしたらなんなんだ。


その時、思考している僕とは違う僕が、僕を走らせた。僕は訳もわからず、走っていた。学校を抜け出した上靴を廊下のそこらへんに投げ、先生のことなど目にもくれず走り去った。どこに行くんだと聞こえる声もあった気がする。そんなことカンケーない。5月16日。なにかが僕の記憶にあるのだ。いや、記憶ではない。記憶ではないが、何かはあるのだ。忘れているのかもしれない。しかし何かがあるのだ。僕が今、向かっている場所は彼女のメッセージにより心当たりがある場所だ。心にしか当たりがない。僕の脳にはないのだ。心だけが分かっている。

向かっている場所は天道虫公園。この街の南にある小さな公園だ。なぜかそれが浮かんだのだ。浮かんだのなら行くしかない。心しか信じられないのだから。それはしょうがないことだ。

レッドゾーンを超えて行け。僕は多分、生まれてから2番目くらいに走った。1番目はゲーム機がかかった運動会でのマラソン大会だったと思う。人気だった携帯ゲーム機を買ってもらうために必死に走った、練習もした。その時以来だ。


天道虫公園に着いた。16日10時半。

そこで僕は何も思い出さなかった。思い出すことがない。来たことはある。記憶もある。記憶があるから思い出すものはないのだ。しかし僕がそこで感じたものは[以前来たから]とは少し違う見慣れた感じであった。懐かしい。懐かしいのだが新しい。何かが違うのだ。この景色には何かがあり、それを僕の心は察知し、体と脳をここまで丁寧に運んできたのだ。

僕は目を凝らし、この風景の違和感を感じ取ろうとした。何かが違う。[きらり]と何かが反射した。ベンチの上で何かが日の光を反射している、微かな日の光。もうすぐ雲に遮られてしまうだろう天気の中、[きらり]と光を反射させ僕の目の中に像を結ぶものがあったのだ。信じられない。

ベンチの上に置いてあったジップロックの中には人の指が入っていた。

本物かどうかは流石にわからない。しかし僕はそこで嘔吐した。嗚咽の音などほとんどなく、タイムラグゼロでのスピーディな嘔吐であった。土に打ち付けられる今日の朝飯。流石にこれは予想外だった。世界広しと言えども、初対面の転校生を殺してタイムスリップする少年はいれども、流石に同級生が指し示した場所に行くと指がありました。などあり得るはずがない。目を向けるとジップロックの中に平然と人の指が入っているのだ。イタズラかもしれない。だがそれを見た僕が嘔吐するってことはそれなりものだろうし、多分、これは本物なのだ。嘘だろう。なぜ、指のみをジップロックに丁寧に入れ公園のベンチの上に置くのだろう。ボロボロで支柱も一本抜かれたベンチの上に置くのだろう。こんな乱雑に遊具だって壊れた状態で転がっているのだ。彼女のメッセージがここを指し示したということはどういうことなのだろう。彼女がやったのか、やられたのか、彼女関係がやられたのか。どれであろうと彼女はまともとは言い難い。そもそも殺すにも話すにもこれではどうしようもないではないか。しかも指が曲がって鬱血した状態でジップロックに入っている感じから見て、生きたまま切られたんじゃないかこれ。嘘だろ。猟奇的で狂気的で衝動的で計画的だ。そう、衝動と計画。なぜかそんなものを感じた。生きたまま指を切られた人間は平静でいられるのか。それを見た人間は平静ではいられない。僕はそのままそこで嘔吐した。もう出すものもなくなりそうだ。

指の先にはネイルがしてある。ボコボコに潰されたネイルだ。拷問。それはされた側にとって拷問だと思うし、それを見た僕にとっても拷問なのだ。喉に迫り上がる異物感。しかし僕はそれを堪えた、少し気持ち悪いが飲み込んだ。異様。この公園は異常なのだ。僕はジップロックに入れてある指を見た。指。ジップロックは丁寧にベンチの上にガムテープでグルグル巻きにされている、固定されている。これも何かのメッセージなのだろうか。僕は単純に指が差している方を見た。滑り台。大きな像の滑り台。下には大きな空洞があり、かくれんぼなどができるのだろう。しかし見つかってしまったのだ。僕に。僕も見つけてしまったのだ。

指だけで終わるはずがない、平静と指を失った被害者は狂うだろうし、それをやったもっと狂ってる奴は悪化するだろう。なぜ固定するのにガムテープだったか、口をふさぐため、呼吸をさせないため、動きを制限するため、なにかを固定させるため。僕は恐る恐る指が指し示している滑り台の下の空洞を見た。僕もすっぽりと覆い隠してしまえるような大きな空洞。大人も入れるし多分大人が入ってるのだ。迫り上がる異物感。そこには女の死体があった。周りには腸がぶちまけられ、片方の目は糸で結ばれ、もう片方の目は大きく見開いて、呼吸をできなくさせられたのであろう顔は青ざめ、乳房には横からナイフのような刃物が1本ずつ刺さっていて、耳から出ている血と周りに転がっている小さなヘリコプターのラジコンがあって、足の指は1本ずつ釘で刺され、固定されて、さらには喉をズタズタにされて、なおかつ女性器には、大きな棒が刺さっていた。ベンチの引っこ抜かれてた棒。


彼女じゃなくて良かった。薫じゃなくて良かった。なんて考える間も無く僕は嘔吐しそうになった。腰が抜けた。腰が抜けたら僕は腸を靴で踏んづけた。生きていたものを踏む感触っていうのはすごい気持ちが悪く、気持ちが悪いと考えること自体が女性にとって悪いのだ。僕は警察を呼ぼうとした。呼ぼうとした。待ってくれ、このまま呼ぶとどうなる?僕は女性のグロテスクな死体の、肢体の第一発見者だし、その近くのベンチで嘔吐をしており、腸を踏んづけているのだ。こんな白昼堂々と女性を拷問して殺している犯人が証拠を残していくだろうか。衝動と計画。計画があったんじゃないか?心のあるがままにここに来て死体を発見して嘔吐した僕と違って犯人には計画性があったのではないだろうか。じゃあここで警察を呼んだらどうなる?僕が捕まるんじゃないか。僕は彼女を殺すために来たというのに捕まってしまう。捕まってしまえば何もできない。無力なまま何十年かの間牢の中だ。こんな凄惨な殺し方なのだから死刑かもしれない。沈黙が正解だということは僕にも理解はできた、異物は喉の奥に戻っていった。何もせずにここを後にするのは少し悪い気がしたから僕は少し手を合わせた。望みではない死など可愛そうすぎる。この犯人はやはり死ぬべきだと思った。このままこの死体が見つかれば僕が疑われるのは確定であるようなものだろう。しかし僕はこの遺体を動かすというのは最もしてはならないことだと直感的に感じていた。

警察に見つかるよりも早く、僕は僕の望みを叶えるべきだ。

僕は滑り台の下から出て、公園の近くの坂を人目を憚りながら降り、彼女の出掛かりを探そうと思った。依然として彼女がどこにいるのかはわからないが死んでいないのは分かった。生きてるだろう、僕が殺していないのだから。僕は滑り台から出ようとした時、死体の近くに何があることに気づいた、何があるのかはわからない、何かはあるのだ。女性の遺体の近くには黒いマジックで何かが書かれていた、「いつか戻ってきましょう」その近くには小さなたどたどしい字で無数の言葉が書かれていた。「かくれんぼー」「ここ見つかんねー」「夏あつい」「どーん」「ざまーみろ!」「ここに書いてるやつ全員ばか」「なんでこんなに文字書いてるん?」「ペンだ」「学校行きたくない」「かくれんぼ楽しい」「ここすぐ見つかるじゃん」「ハゲ来るぞー!」「みたやつは呪われます………バカが見るー!」「ここに書いてるやつがバカなんだって」「お前も書いてるだろ」「全員バカだな」「それはある」「うるせーハゲ呼ぶぞ」

そんな会話を上から塗りつぶすように上から13文字の覚悟。


「次は曲輪亀、その次は鳥実空」


彼女はここに来たのだ。死体が上から少し隠しているからこの女性が殺される前に来たのだ。ひとまず正解ではあった、良かった。曲輪亀ってこと曲輪亀図書館だ。この街の郊外には大きくてボロボロの図書館がある。多分そこだ。僕は滑り台の下から出て、坂を登り、郊外の図書館を目指すことにした。僕は滑り台の下から出てバックを取り、図書館を目指した。


「ドン」


僕は後ろから思いっきり何かで殴られた、頭のあたりが熱くなり、ドロっとしたものが頭の上を嬲りながら下っていく、血。

僕は咄嗟に殴られた方を見た、そこには真新しいジャンバーを着て右手に鉄の棒を持った男が立っていた、40代程度だろう。目はかっと見開き、今にも全身が爆発しそうなほど興奮している、暴力に酔っている、僕がここを出るのを待っていたのだろう、計画は殺人前と殺人後、この様子からして殺人中は衝動なのだろう。馬鹿野郎。殺人犯が肢体を隠してトンズラするわけないだろ、新たなエサが来るのを待つはずだ。蜘蛛のように。どうしようもできない時間。捕まって捕食されるのを待つ、糸で包まれる時間。僕がここで死んだら全てが終わってしまう、彼女と話すのが第一優先であり、彼女を殺すのが第一優先だろう。ふざけんな。邪魔すんな。僕は今から曲輪亀図書館に行くんだ、こんなサイコに人を殺すような奴なんかにやられてたまるか。絶対痛いだろうし、そもそも生きて帰れないだろ。死体を見たんだから。死にたくない、殺されたくない、そう思うほどに彼女を思い出す、僕が殺そうとした時に笑った彼女を。理解できない。この状況で笑えるのか。それは異常だろう。尋常じゃない。彼女は尋常じゃないのだ。そんな彼女を殺すためには僕は普通であってはいけない。僕の目の前を血が嬲る。滴る。一瞬でこんなにも思考が早いのは走馬灯とか言うやつなのだろう。死ぬ。体はそう思ってるけど脳はそう思ってない。その乖離から生まれるのが走馬灯なのだと悟った。死ぬ間際の悟りなど意味はないけど僕は生きるから意味はあるのだ。僕は右手で持っていたバックを男に向かって投げつけた。急に視界にスピードが戻る、チカチカする。けれどもこのままに黙っていては殺される。僕は周りが見えない中で方向を1つ定め、そこに向かって走った。とりあえず走った。後ろからの男の声など完全に無視。そもそも聞いていられる余裕がない。多分これは人生ナンバーワンの走りだ、全力疾走。僕はそのまま公園の横の藪を突っ切り足をズタボロにしながら足を踏み出した。踏み出した先に足場はなかった。


僕はそのまま公園近くのガケから落ちたのだ。


これは流石に死ぬかもしれない。11時の鐘が鳴る中、意識が遠のいていった。

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