第2話 一瞬/対話[11月16日9時_11月16日5時]

倫示[りんじ]、これは僕の名前である[倫理を示す]親はそういう意味を込めてこの字にしたのだろう。しかし、皮肉なもので世間的にはそれとは真逆のことを僕はしたのだ。しようとしたのだ。それが僕の望みなのだから。重ね重ね言うが、これはしょうがないのだ。


彼女に僕の一撃を避けられたことにより一瞬、僕が固まる、思考を巡らせる、高校生に深謀遠慮を求めない方が良い。僕は最善策を考えるために一瞬の間フリーズした。脳のコンピュータが音を立ててフル稼働するイメージだ。この一瞬は、他の生徒が僕が彼女を殺そうとしたのを見て騒ぎ出すには、あまりにも長すぎる一瞬だった。初めに叫んだのはクラスの女子数名、いわゆるクラスの中心のグループの子たちだ。大きく悲鳴をあげた。そして、それに共鳴するかのようにクラスの男子と教師が止めに入ろうとした。この一瞬で涙が出かかっている生徒もいた。


そして、その一瞬は、僕がもう一度彼女にペンを突き刺すのにも十分すぎる一瞬であった。

僕は彼女の首をもう一度狙うのではなく、眉間めがけて思いっきり突き刺した。額というものはとても硬く、ペン先から伝わる感触で、石のような硬さであることを実感した。石というものは割れるまでが長いが割れてしまえば脆いものだった。僕は突き刺したペンを下に引っ張った。思いっきりだ。額を割りに行ったのだ。流石にこの行程は簡単なものではなく少し時間がかかった、この時間があれば、教師や生徒にとっては、僕を捕らえ、彼女を助けることなど容易だったのだが、教師も男子生徒も初めて見る、体感する殺意に脳がフリーズしたのだろう。さっきの僕のように。そしてまた、彼女の体が光に包まれ、僕以外の時が止まる、正確に言えば僕と彼女以外の時が止まる。




次に目覚めた時は、通学路の上、空の下、ではなく僕は揺れる電灯の下、畳の上であった。時計を見ると朝5時。日付は11月16日のままである。つまり僕はさっき彼女を殺した瞬間から4時間戻った。最初に殺した時から数えると、9時→8時(1時間戻る)→9時(4時間戻る)→5時(現在)と推移しているのだ。目に見えるもの、感じたものを並べ、それらから考えてみても頭が痛くなる現象であった。しかし信じるより他はないのだ、実感している、体感しているのだから。これから僕がすべきこととして何があるだろうか、

[もう一度学校へ行き、前回と同じことをして、もう一度同じになるかどうかを確かめてみる。]

まずこれが挙げられるだろう。本当にこれでいいのだろうか。そもそも、これはできるのだろうか?実現可能なのだろうか?僕が同じことをしようと、他の有象無象が同じことをしようと、彼女が同じことをしなければ、これは立証ができないではないか。そもそも自分が殺される光景を2度見て(一回は抵抗をして)3回目からは無抵抗なんてあり得るのだろうか?つまり前回と同じことをするのは得策ではない、するべきではないのだ。つまり、次に僕がすべきことは

[前回と違うことをする。]である。


違うと言ったってどこを変えればいいのだろうか。まずは殺すか殺さないかである。言わずもがな、僕は彼女を殺す殺さないでは、殺すしか選択肢はなく、する気はない。

もし僕が彼女を助けるとしたなら、それはきっと僕以外の誰かに命を狙われている時だろうし、それは、この街では考え難いことなのだ。彼女が僕以外の何者かに殺されることなどないし、あってはならないのだ。そもそも僕の存在自体が、思考が、望みが、この街にとってイレギュラーなのだ。最近、世界は少しずつ暴力的な気配を孕んでいるけど、この街はきっと違うだろう。朝5時に目覚めているため、耳をニュースを読むアナウンサーの声が霞め、通り過ぎる。「某国の大統領に対するクーデター計画が国の上部に感づかれ政府軍と解放戦線による内戦が開戦してから72時間が経過。」「以前不透明な情勢、この国に対する影響も甚大なものになりそうです」そんな国の情勢よりも、この40%都会60%田舎で構成されてる街で、人が2回死んだことには気づいてないのか。

まぁ現在だと死んだことにはなっていないのだが。

話を戻そう。次に僕がすべきことは前回と違うことをする、ということだ。殺すことは前提である。ならば僕は何をすべきなのだろうか、そもそも僕が何かせずとも、彼女が勝手に何かするのではないだろうか?そうなった場合、何をするのだろうか、僕を殺しに来るのだろうか、そもそも来るのだろうか、僕は今日、今から3時間後に何をすべきなのだろう。

学校へは行きたいのだ、彼女はいなくとも、今日、学校に来ることになっている彼女の情報は聞けるかもしれない。もしかしたら少し、他の生徒の日常が変わっているかもしれない。この自問自答に終わりはあるのだろうか。


遅刻。それはこのまま考えていたらなってしまうであろう事実だ。きっと[今日何をすべきか]に答えはないのだと思う。6時半になって悟った事実であった。自問自答の終わりは簡単だ、終わらせれば終わるのだ。文字通りの自己完結。そもそも、遅刻というのは悪くないのではないか、先に学校に来るであろう彼女も見れるし、来なかったとしても学校に行くのだから、なんらかの情報は得れるはずだ。遅刻、それこそが僕の3度目の11月16日にすべきことではないか。



11月16日午前10時。


僕は確固たる意志を持ち、殺意と探究心を持ち、通学路を歩いていた。空の下。通学路の上。約3時間前の自問自答から導いた答えがこれであった。そして僕が学校に着き、校門を抜け、先生に見つからないように上靴を履き、階段を登り始めた時、声を聞いた。正確に言うと耳に飛び込んできた。

「なんなんだこれは!」

「タチの悪いいたずらをしたやつは誰だ!」

嫌な空気を感じた。担任が説教をするときの言葉使いであり、その話の内容は同じことを延々と繰り返すため、大方、1時間目どころか、HRから進んでいないのだろう。触らぬ神に祟りなしとも言うし、僕は恐る恐る廊下の陰から教室の黒板を覗いた、1つ余分に空いた真新しい机と椅子。黒板の上に弱々しく書いてある文字。書いてあるというより乗っている文字。


「私の名前は雅野 薫です」


その下には、掘られているように、刻み込まれているように、上の字とは明らかに違う字で書いてあった。書いてあったが理解した。これは彼女が、薫とやらが書いたものなのだ。


「2人きりで話しましょう。殺人者さん。」


僕が、遅刻し、後から行ったのに対し。相対し。彼女は朝早くから学校に入ってこの字を、メッセージを書いたのだ。

何が確固たる意志だ。弱々しい字だ。覚悟はよほど彼女の方が深く、強かったではないか。

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