第2話 精神安定剤を処方される

 世界征服、世界征服、世界征服、世界征服、世界征服世界征服世界征服せかいせいふくせかいせいふく……


「はあ……」


 ため息が、出る。


 叶わない夢、世界征服。


 なんてバカげたことを夢に見てしまったのだろう。


 いくら思春期で中二病だったとはいえ、もっとましな夢はなかったものか。


 自分で自分が悲しい。


 第一、「世界征服」なんかしてどうすると言うのだ。

 人民をしいたげ、そうして得た統治など、長生きするはずもないし、長生きしたところで、自分が死んだ後に歴史の教科書で、「オーディナリー・エンペラー朝の時代はオーディナリーの力による専制政治だった。それにより、人々の不満がたまり、彼が亡くなるとすぐに革命が起こった。この時代を、『冬の時代』といい、革命を『冬の革命』という」みたいに書かれて、

歴史の教師に「ここ、よーく覚えておけよ。オーディナリーは歴史上まれに見るばか君主だからな。絶対にテストに出す!」とか言われるに違いないんだ。


 ああ、僕は征服なんて望んでもできないし、したところで歴史の教師にしいたげられるんだ。

 どうすればいい、どうすれば……。助けて……。


 そういったよしを、主治医であり、家臣の1人でもあるメディカルに相談したところ、


「マオウ様、それはちょっと危ない、ですかねぇ……。なにか最近体のどこかにおかしいところはありませんか?」

「そういえば、なぜだか、なんでもないのに緊張して、ときどき吐き気がして、夢の中でも『征服はどうすればいいか』みたいに考えている。起きたらどっと疲れがたまっているんだ」

 

 そう言うと、メディカルは腕を組んで、うーん、とうなった。難しい表情だ。


「……身体症状まで出ているか。心身症しんしんしょうですね」

「しんしんしょう?」

 キョトンとして、僕は尋ねた。まるで聞いたことのない言葉だ。新手の呪文だろうか。


「わかりやすく、世間一般の言葉で言えば、うつ病です」


「うつ病!」

 目の前が真っ暗になる、とはこういうときのための表現だろうか。青天せいてん霹靂へきれきだ。

 

「おそらく、魔王という、慣れない激務にさらされたことと、他国との政治的駆け引きでのストレスが直接の原因でしょうね。今は厳しい状況ですから。

 それと、こういうのは遺伝要因も大きいですから、お父様がうつ病になったことも関係しているでしょう」


 メディカルがなにやら言っているが、耳に入らない。

 うつ病、うつ病……。

 

「大丈夫ですよ。うつ病と言っても、まだ軽いやつですから。本当に重くなったら、起き上がることすらできずに、寝込むばっかりですから」


 そんな気休めを言うが、全然ショックは収まらない。

 うつ病。僕は負け犬になってしまったのだろうか。

 たまらない。不安だ。1人で抱え込める感じの不安じゃない……。


「メディカル。いや、メディカル先生。うつ病って、僕は負け犬ってことですか?」


 そう言葉を発したとき、普段は温厚でいつも微笑んでいる彼は、ほんの一瞬、表情を歪めた。


「とんでもないです。うつ病が負け犬だなんて、そんなことはありません。私は何人ものうつ病患者を見てきましたが、彼らは必死に闘っていましたよ。闘っているように見えなくても、闘っていた。

 それに、いくら魔王様といえど、うつにならないという掟はありませんし、うつ病というのは誰にでもなるということを、まず理解してください」

 そして、続けて言う。

「でも、うつとは長い付き合いになると思ってくださいね。この病気は完全に治そうとするのではなく、上手に付き合っていくのが大事なんですから。

 とりあえず、精神安定剤と睡眠薬を処方しておきますね」


 そうして、この日、僕、新しい魔王、オーディナリー・エンペラーは、晴れて精神安定剤を毎日服用するようになった。

 精神安定剤を服用する魔王なんて、歴史上はじめてじゃないだろうか。泣けてくる。


 

 この物語は、平凡な能力しか持たない魔王が、精神安定剤を飲みながらも、人々のことを考え、立派な統治を目指す物語である。


 世界征服など、夢のまた夢で結構だ。

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