Invoke-インヴォーク-

【加奈】

「なんだ……また来たのかい? もうできる事は全部やったはずだよ!?」


【博一】

「いや、今日はオイル交換に来たんですよ。

 1000キロ走ったし、給料も入ったから」


【加奈】

「1000キロで交換! 贅沢過ぎじゃないか?

 ほら、見てみなよ。まだちょっとしか汚れてないじゃないか!?」


【博一】

「だけど、このペースだと給料日前でケチっちゃいそうだし……」


【加奈】

「あんまり頻繁にやりすぎるのもエンジンによくないよ?

 50の原付で安いオイル入れてるならいざ知らず、

 モテール3Pは世界で評価されてる高性能オイルなんだから2000キロでも平気だ」


【博一】

「ははぁ……いや、でも……仕方ないか……

 デカい荷物に、見た事ないバイクも入ってるしで大変そうだし……

 じゃあ、色々と聞きたい事があるんですけどいいですか?」


【加奈】

「ダメだと言っても気になるんだろ? 言ってみな」


【博一】

「ちょっと聞きにくいんですけど……加奈さん、ここ辞めるってホントですか?」


【加奈】

「へぇ~、一番最初にそれが来るなんてね……びっくりだよ。

 このマシンについて訊いてくるかと思ってたんだけどね?」


【博一】

「確かに気になりますけど、そのマシンは納車整備かなんかしてるわけで、

 実際のところ俺とはあまり関係ない。だけど、加奈さんがいなくなったら、

 俺のマシンはどうしたらいいのかって、気になるんですよ」


【加奈】

「俺とは関係ないか……いつまでそういってられるかね?

 まぁいい……ずいぶんと私の腕を買ってるみたいじゃないか?

 でも、私より晴樹の母さんの方が腕はあるよ。指名料取られるけどね?」


【博一】

「指名料って……そうだとしても、加奈さんに任せたいんですよ……

 次はどこに行くんです?」


【加奈】

「そのマシンが生まれた地へ出てみようと思う。そこで、チューニングを学んで、

 私の知らない事をいっぱい知って……何年かかるかはわからない。

 だけど、それが終わったらまた戻ってくる」


【博一】

「AltaiR-MX125が生まれた地……スクーターの聖地とも呼ぶべき場所……

 小排気量にターボやスーチャー、ありえない事をやってのける、

 スクーターチューニングの聖地でもある」


【加奈】

「あぁそうだ……あっちの国じゃできない事。この国じゃできない事。

 それを裏返せば、できる事とできる事。自分の限界を広げたい。それだけ……」


【博一】

「そしたら、一番最初にコイツが実験台になりますよ?

 いいや、俺とコイツか。とにかく、加奈さんが戻ってくるまで、

 弄るのはしばらく打ち止めですかね……」


【加奈】

「とか言って、数年後には面影もないくらいソイツも変わってるだろうよ……

 この話は終わりだ、自分の話をしてるとむず痒くてしょうがない……

 んで、他に聞きたい事は?」


【博一】

「あぁ、じゃあ次にそのバイクの話を……

 最初、SSが止まってるのかと思いましたよ……だけどスクーターだ。

 いったい何者なんですか? ソイツ」


【加奈】

「AIRMAX(エアマックス)-GTX155……フロントもリアも骨太な14インチに、

 水冷のグリーンエナジーエンジン搭載で15馬力」


【博一】

「グリーンエナジー? 可変バルブ搭載のマシンですか!?」


【加奈】

「そうだ……未だにメーカーが正規の取り扱いを始めないから、

 データがあんまり出回ってないんだよ。でも、コイツは速いよ?」


【マトイ】

「いえっすぅ~! カナカナ、ついに来たんだって、どんな子どんな子」


【博一】

「マトイ? 加奈さん、もしかしてそのマシンのオーナーって!?

 なんですかニヤニヤして!!」


【加奈】

「そうだ、見ての通り、察しの通り!

 ほら、親が猫を買い与えてくれたみたいにじゃれてるね!!」


【博一】

「って、マトイあんなに喜んでますけど……ここだけの話SS125Vは?」


【加奈】

「あの子はエンジンだけ生きてるからこれから別の世界で生きてもらう。

 晴樹の母さんが欲しがったんだ……溶接屋にハンガー作ってもらってる。

 今年の1/20Kmには出場するんじゃないのか?」


【博一】

「マトイはそれでいいんですか!?」


【加奈】

「察してやりなよ! あの子、自分の所為でVを壊したと思ってるんだ。

 クシャクシャになったマシン見てドシャ泣きしてたんだから、

 忘れさせてあげるのがいいんだよ」


【マトイ】

「うぅ~ん! Sweet!!」


【博一】

「それ、流行ってるのか!?」


【加奈】

「アンタもこの前言ってたじゃないか?

 FLAT6よりV12よりSweetなシングルだって……

 まさか、知らないで使ってたの!?」


【博一】

「知らないでって、Sweetに用法ってあるのか!?」


【マトイ】

「ね~ね~ヒロ、この子ちょ~イケてると思わない?

 エッジの効いたフォルムと、鋭く突き出したヘッドライト、

 触ったら指が切れそうなヘッドカウルと、刺さりそうなテール!!」


【博一】

「鋭いとか切れそうとか、ほとんどおんなじ事しか言ってないし!

 って、本当にこれに乗るのか!? 見るからにスピード狂専用じゃん!!」


【マトイ】

「うん! 今はドノーマルだけど、ヒロのバイクよりぜ~ったい速くなるよ!!」


【加奈】

「じゃあ、私がいなくなるまでの一か月ちょっとが勝負だね?」


【博一】

「弄るつもりでいるんですね。ってか、焚きつけないでくださいよ……

 こっちは……マトイが乗るだけで冷や冷やするんですから……」


【マトイ】

「心配なっしぃ~んぐ! この前、ヒロが言ってた事、ウチにもわかったから……

 スクーターは対話が重要って……Vには……」


【博一】

「……でも、マトイはVの事、嫌いになれないんだろ?

 それなら、別の道を歩むだけだ。いつかきっと、道が重なる日は来る……

 Vもその日まで……いや、その日からも、走り続けるだろうから」


【マトイ】

「……そっか……そうだよね? ウチはア~ちゃんと走り続ける……

 そうしたら、ヒロとアルちゃんみたいになれるかもねっ!

 って、うわあぁ!! いったたぁ~、なぁにぃ~この箱!?」


【博人】

「大丈夫か? って、マトイが躓くとなると相当重たいみたいですけど、

 何なんですかこの箱の中身?」


【加奈】

「そうだそうだ、特別に見せてやろうと思っていたんだ」


【博人】

「これは……クーラーにパワフィル……マフラー?

 これって、まさかっ!?」


【加奈】

「そのまさかだ……AltaiR-MX125専用ターボチャージャーキット。

 調整しなおせばボアアップにも取り付け可能。

 実はこれを付けたら向こうへ行こうと思っててね。客がいればだが……」


【博人】

「ターボ……チャージャー……」


【加奈】

「向こうじゃ当たり前みたいなもんだからね。

 こっちにいる間に一度やってみたかったんだよ……工賃込みで25万」


【マトイ】

「えぇっ! 25万!? ってなると、PMAXでいうとぉ~……

 何台分になるんだっけ?」


【博一】

「あのパフェって台でカウントするのか……

 多分、食べきるより先に飽きるぞ……

 それで……ターボは156㏄にも搭載できるんですか?」


【加奈】

「圧縮比落とさないとダメだけど、実験だからエンジンをバラす工賃はなしだ。

 貯金はまだあるんだろ? アンタの場合、扱えるかどうかってのが問題のはず……

 どうだい!?」


【博一】

「もっと、速くなる……のか……」


【マトイ】

「ヒ~ロ! きゃはっ!?」


【博人】

「……あぁ、そうだった……もっと速いヤツと……

 本当に悪夢を終わらせるために……バトルがしたい!」


【加奈】

「なるほど……決まったみたいだね?」


【博一】

「それじゃあ、お願いします!!」

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湾岸の赤い悪夢 白鳥一二五 @Ushiratori

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