第6話 彼は一人、活動部屋に残され役目を課せられる。

 俺と小泉先生は特別棟へと移動し、疲れながらも階段を上って行く。そして活動部屋に着いた。

 この学校は大きい方だと思う。だからここまで移動するのにもこんなにも体力を使ってしまう。いらない優しさというやつなのだろうか。


「疲れたなー」


 俺が発そうとした言葉を小泉先生に奪われた。先生は疲れて、太股ふとももてのひらを置き、お尻を後ろに突き出している。いかん、あの時のことを回想してしまう。それを避けるために首を横にブンブンと振った。


「どうしたの?」


 急に肩を叩かれた。心臓が飛び出るぐらいにビクッた。


「いや、なんでもないです」


 俺が優美のパンツを見たことを回想し······そうになったことはバレたくない。回想しそうになっただけだからな。あくまでも俺は回想してないぞ······多分。


「そうか」


 この言葉を聞いた後に俺は安堵あんどした。


「まあ、これがお前たちの同好会の活動部屋だ」


 小泉先生が扉を開いた後でそう言った。その部屋とやらに目を通してみたが、予想以上に――汚かった。

 大量の埃が一見すると目に入るし、窓が太陽の光を反射させない程汚い。なおかつ、ダンボール箱の山が積み重なっていた。これは掃除するのにだいぶ時間がかかるな。そんなことを俺は考えていた。


「じゃあ、早速掃除しましょう」


「え、今からですか」


「そうよ。今日から同好会スタートなんでしょ?」


「そうですけど······。ならもう一人この同好会のメンバーがいるので、そいつも連れてきます」


 俺は優美のことを明確に覚えている。だから、優美だけこの部屋を掃除しないというのはおかしいことなのだ。


「いや、一人で掃除しなさい」


 え、今、小泉先生が何か言ったようだが俺には聞こえなかった。


「なんと言いましたか?」


「一人で掃除しなさい!」


「え······」


 明確に耳に入ってしまった。俺は一瞬この人が何を言っているのかが分からなかった。


「いや、それは理不尽過ぎます! 掃除というものはみんなで協力してやるもんですよねー!?」


 口ではそう言ったが、俺の心の中はこの時、闇に支配されていた。

 なんなんだ。このクズ教師! 時間の効率とか、メンバーとの協力性とかが掃除によってアップするものではないのか。なぜ、協力が駄目というのだ!

 おかしい。こんなの理不尽だよ、クズ教師!そして、さらに嫌悪感溢れる事実を俺は突き付けられる。


「ちなみに私も協力しないからな」


「――は!? いやいやいやいや、これを一人でやれと言うのですか。ならお断りします!」


「ダメだ。私に決める権利というものがある。君の掃除スキルが高いと高校で噂になっているから、そのスキルとやらを見せてくれよ」


 え、スキル? この人は何を言っているのだ。俺はクラスの陰キャラだ。そして、友達も一人。そんな俺が噂されるのか? いや、違うな。ここで俺のスキル『嘘を見抜く』の発動だ。


「小泉先生、嘘ですね?」


「いや、ほんとだ」


 すんなりと嘘を認めてくれないだろうか。認めさせるのなかなか億劫おっくうなのだが。


「んじゃ、掃除頑張って!」


 ――は? 教室にはいつの間にか小泉先生の姿は無くなっていた。まじで俺一人にやらせる気なのかよ。これじゃあ、掃除終えるのに三時間はかかっちまうよ。

 最悪な気分だ。

 あの教師の脳内はどうなっているのだろうか。なんで俺だけがここに残されているのか。自然と俺は扉へと足を向ける。ただ優美を呼びに行くだけだ。罪悪感というものは一切なく、そんなことを考えながら扉の凹みの部分に指を入れた。扉はすんなりと開き、小泉先生が閉じ込めていたわけではなかった。

 俺はふと、安堵してしまった。それがフラグを立てるようになるとは思っていなかった。


 部屋を出た時だ。頭を何者かに軽く叩かれた。ふと、振り返ってみると、


「······小泉先生!」


 俺は自然と焦ってしまう。「一人でやる掃除を抜け出そうとして、何が悪い!」とその時、言いたくなった。


「よう、陰仲。掃除は終わったの?」


 ニヤリとした視線で見るなし。分かっての通り、まだ終わっていないし。


「あれれー? 終わってないじゃん······早くやれ!」


 あ、俺には反抗する権利というものはないのね。

 俺はそのまま活動部屋に入れられた。

 なぜ、小泉先生はここまでして俺に単独で掃除をさせるのか、全く分からない。だが、どうせまだ警備していると思うから、仕方がない、掃除してあげるか。渋々ながら活動部屋の掃除道具入れに向かう。


「あの、くそ教師め。俺まじ優しい」


 愚痴と自画自賛を繰り返しながらも掃除を行う。こんな立場に陥って掃除を行うのは多分俺ぐらいだろう。優越感に任せて、埃などをほうきき、窓や細かなところまでに水拭きをして、ダンボール箱までもきちんと整理した。何気に俺は精密な奴なんだな、と自分でも実感させられる。


 そして、掃除をやり始めてから三時間後。


「ようやく終わったー!」


 とりあえず達成感がすごかった。

 埃は探しても見つからないし、窓もさっきとは打って変わって金ピカになっているし。これは星マークが出ていてもおかしくないのではないか。一方、ダンボール箱は縁にぽつんと置き、存在感というものもきちんと無くしていて、気にするまでも無くなっている。


「これ、本当に俺一人でやったのか」


 掃除をした俺でもびっくり仰天だ。そのぐらいこの活動部屋はさっきとは打って変わって綺麗になったのだ、俺のおかげで。


「とりあえず疲れたな。俺、今日頑張ったから明日、優美になんか奢ってもらうか」


 だが、待てよ。俺たちは友達を始めて一日目。それで奢る、奢られるの関係をもう持つのもなんだろうな。

 俺は逡巡したが、


「やっぱり、奢ってもらお」


 と結局、最初の考えと結論は変わらなかった。ここまで頑張ったのだからそのぐらいのご褒美は欲しいものだ。だから友達になって一日目とか、もうどうでもいい。とりあえず、ジュースが飲みたい。そんなことを考えながら俺はきびすを返し、活動部屋を後にした。

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俺は陰キャラ、別に友達なんて羨ましくない······。 刹那理人 @ysistn

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