第5話 彼と彼女はひたすら先生を探す。
授業が終わった。
窓からは帰宅する生徒や、部活に行く生徒達が多数見えた。 俺はいつもなら帰宅する生徒だが、今日からは違った。
――同好会へ行くのだ。
物理の教科書を鞄にしまいながらあることに気が付いた。そういえば、活動場所どこだ。疑問を晴らすため、高校で出来た唯一の友達、優美の席へと足を向かわせた。彼女は現国の教科書を鞄にしまっていた。
「ん? なんか用?」
「同好会の活動場所どこだっけ?」
そう訊いたら優美の顔が段々と険しくなっていった。まさかとは思いながら彼女が質問に答えようとしてくれなかったので、もう一つ言葉をぶつけることにした。
「お前······活動場所分からないとかないよな?」
訊くと彼女は険しい表情のまま肩を震わせていた。どうやら図星のようだ。呆れてため息を
優美は口を開ける素振りを全く見せないので、俺は一つ提案してみることにした。
「小泉先生の所に行って同好会の詳細を聞きに行くぞ」
小泉先生とは二年六組を担当している――俺たちの担任の先生だ。
「うーん。分かった」
「身分が高いから校長先生に頼もう」と優美は提案せず、素直に俺の提案に賛成してくれた。
良かった、良かった。
まあ、仮に反対していて、その顔じゃなかったらぶっ飛ばしていたところかもしれない。
そして、俺たちは職員室へと向かう。
授業後の階段は人が沢山いて
「失礼します」
俺に続いて優美も、
「失礼します」
と言い、二人で職員室の中に入った。
「この二人、仲良かったの!?」と言いそうな目で現国の教師は俺らを見ている。別に仲は良くないが友達ではある、高校初の。
ずっとにまにまと見られるのもあまり好きじゃなかったので、とっとと要件を言うことにした。
「小泉先生はいらっしゃいますか」
「えっと、小泉先生ならさっき職員室を出て行ったよ」
現国の教師は言った。
めんどくせー。これはわざわざ先生を探さなければならないパターン。
くそ、俺の隣で笑顔を見せているこいつがもうちょっと早く準備をしていれば間に合ったかもしれないのに。
「そうですか。教えて下さりありがとうございました。では、失礼します」
心でそんなことを愚痴っててもどうにもならないので、真面目に先生探しをすることにした。
様々な部活を回り、様々な視線を浴びながらも探すことおよそ三十分。
「なんで見つからねーんだよ!」
イライラしてしまう。あの人は一体どこへ行ったのか。
そして結局、俺たちは
「本当に。見つからないねー」
「そうだな。てか、あの時、お前がもっと早く準備していれば探さずに済んだのかもしれねーじゃねえか」
ここまで見つからないとなると三十分前に心で思っていたことを口に出さずにはいられなかった。
「え、私のせいなの?」
疑問符を浮かべて訊いてきたので、俺はこくりと頷いてやった。
「何それー。酷い!」
彼女は頬を膨らませながら俺を睨んできた。その顔、反則だからやめてくれ。俺が女に惚れるなんてありえない。頬が赤くなっていくのを感じたので、彼女から目を逸らした。見る場所に困ったので、不意に視界に入った窓を見ることにした。
――その時だ。
一台の車がバックして駐車しているところを俺は見る。
まさかと思い、その車を凝視する。
後ろでは誰かの声が聞こえるが、それは無視だ。
そして駐車を終え、その車の中からは一人の女性が降りてきた。
その人はパイピングコートを着ており、目はサングラスによって見えなかった。
だが、百七十センチ程の身長と細やかな体格からして予想がつく。
多分あれは小泉先生だ。
なんだろうな。容姿をある程度隠せば生徒からの目を誤魔化せるとでも思っていたのか。だとしたらあの先生、馬鹿だな。
俺は心の中で先生を罵ってしまった。だが、実際これで「ファミレス行ってた」とか呑気に言われたら俺の脳の血管は切れそうになるだろう。
とりあえず先生、三十分返せ。
俺は優美を置いてき、ダッシュで学校の駐車場へと向かった。
普通だったら俺が駐車場に着く頃には先生は職員室にいるだろう。
だが、違った。先生はまだ駐車場にいた。車から一度出てきたはずなのに何故かもう一度車の中に身を潜めている。遠くからでもそれは認識できた。仕事でもしたくないのだろうか。だが、しなかったらしなかっただけの量が後で自分に飛んでくることをあの人は知らないのだろうか。
とりあえず、何をしているのか気になったので、車窓に顔を近付けることにした。
えっと、鏡で自分の顔を確認している。仕事サボって何やってんだこの人。
おっと次は鞄から化粧品が出てきてしまった。いや、本当にこの人仕事サボって何やってんだ。
そんなに女性って見た目を気にするのか。この人の場合、化粧をしない方がマシな顔をしているので、気にすることは害を呼ぶのだと俺は思う。いや、待て、今の発言はやっぱり撤回でただ単にこの人のメイクが下手なだけだった。
なんだとそのメイクの仕方は――下手すぎるだろ。メイクしたことない俺でもわかっちゃうよ。ポンポン適当すぎて顔が幽霊化しちゃってるよ。
小泉先生、大丈夫······なのか?
そう言いたくなった時だった。
幽霊顔の小泉先生と目が合ってしまった。
「······!」
車窓を開けて先生が言い放った。
「なんで、陰仲ここにいるのよ!?」
「なんとなく」
笑いながら個人的最強言葉ランキング第一位の言葉を述べた。
とてもおもしろい表情を俺は見させてもらった。幽霊顔ではなかったらもっとおもしろくなっていたかもしれない。
なんで、先生は化粧なんてしたんだよ。まあ、それはそれで本人が決める権利を持っているが、やはりメイクが下手すぎるということは教えた方が良さそうだ。
「先生、一つ言いたいことがあります。メイクしない方が美しいですよ」
俺は一番良い言葉を選択したと思う。先生は傷つかないし、メイクをやめさせられるし。
自分の優秀さには驚いてしまうな。
先生は顔が段々と赤くなってきている。やはり女性だ。
「な、なに、冗談言ってるのよ!」
「いえ、冗談じゃないですよ。『メイクしない方が』美しいですよ」
俺は敢えて『メイクしない方が』を強調して言った。
「あ、あら。そう? じゃあ今度からはメイクをするのをやめるわ」
先生は照れていた。
呆気なく、メイクの件についての話は終わった。この人、人の意見を素直に受け取りすぎだろ。まあ、ともあれあの恐ろしいメイクとは先生も無事にお別れできるだろう、多分。
救世主になった気分だ。
先生は顔のメイクを落とし、車から出て、俺の方を向いた。やはりこちらの方が美人だ。
「それで陰仲、なんか私に用があるの?」
「はい。校長先生から同好会についての話は聞いてますよね?」
なぜか、先生は首を横に傾げた。
そしてこう言ったのだ。
「知らないけど」
「え、まじすか」
「まじっす」
あの校長はきちんと伝えていなかった。そりゃあ同好会設立のための了承を得るまでの過程が二分で済んでしまったので、あまり頭にも残らなかったのだろう。
では、俺が今からここで小泉先生に同好会についてのことを話そうとしよう、面倒くさいが。しかし、話そうとした時、俺と小泉先生の間には帽子が飛んでいきそうな程の強風が吹いた。
「「寒っ!」」
季節はまだ五月だが、その時の風は妙に冷たかった。
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