第4話 教室に戻る道中、彼は見てしまう。

 俺と優美は今、長椅子に座っている。俺らと対面しているのは校長先生だ。

 そしてその校長室には俺らが入ってすぐ沈黙が起きた。この雰囲気で沈黙はまじで苦しい。校長先生も校長先生で俺たちにここに来た理由さえも聞いてくれない。

 これは俺たちの方から口を開けろっていうことなのか。ならば、と思い俺は覚悟を決め口を開ける。


「校長先生、俺たち同好会を作ろうと思うんです」


「どうゆう?」


 髭を触りながら校長先生は俺たちに訊いた。


「ライトノベルにまつわる同好会です」


 俺は素直に答えた。

 さっきから思っていたが校長室に初めに行こう、と言い出したのは優美なのに、その当人は上の天井ばかり見ていて、話そうともしていない。

 作りたいのならそれなりの意欲を見せてくれ。


「それはそれは、おもしろそうじゃのー」


「「え?」」


 俺と優美は異口いく同音どうおんにそう言い放った。

 優美が校長室に入って、初めて発した言葉は一文字に疑問符を浮かべたものであった。

 もうここからして「お前に委ねたぞ」とか言いかねないよね、こいつ。


「作っていいよ」


「え! まじすか。ありがとうございます」


 俺が校長先生からの了承を得たというのに、優美の奴はぺこりとお辞儀をし、礼を言うのみ。まあ、俺もそんな口数多くなかったけど。

 だが、さらにムカついたのがここからである。


「ほら、陰仲も頭下げて」


 なんなんだこいつは。

 俺がせっかく校長先生から了承を得たというのに、こいつは何もせずお礼だけをしただけなのに、そのお礼の直後に命令形って。

 こいつには感謝の気持ちが俺に対して微塵にもないのだろうか。


 苛立ちを抑えながらも俺は校長先生に素直に礼を言いたかったので、優美に続いて頭を下げた。



「失礼しましたー」


 今日はその発言は二度目となる。

 一度目は校長室を出る時で、二度目は職員室を出る時だ。


「いやー、意外と企画書とか書かなくても同好会って作れるんだねー」


「そうだな。それに二分ぐらいしか話してないしな」


「えー、五分は話したでしょ。ほら時計」


 教室に戻る道中みちなかで優美は下駄箱の近くに飾られている時計に目をやった。

 俺も時計に目をやったが、その時計の針は一時を指していた。

 俺たちは確かに十二時五十五分程に職員室に入ったが、その後、職員室と直結している校長室に移動した時は十二時五十六分になっていた。

 そこから二分程の沈黙が続き、その沈黙を俺が掻き切って検討して、職員室を後にした。

 そして時計に目をやり針は一時を指していた。

 すなわち、校長先生に俺たちが検討した、いや俺が校長先生に検討したのに有した時間はおよそ二分だ。


 なのでこいつの言っている五分と言うのは厳密に言えば間違いだ。

 学年一位の癖に単純な計算も出来ないとは、少し驚いた。

 まさかこいつテスト中にカンニングとかしてないよな。そう考えていた時、階段から声がした。


「なにぼさっとしてるの? 教室戻るよ」


 単純な計算を真剣に考えてしまい、ぼーっとしていた。

 やはりどうでも良いことは考えない方が良いのだと、そう思った。


「あー、わかった」


 俺は優美の背中を追いかけるように階段を上って行った。


 しばらく上りなかなか疲れてきた時だ。

 俺にその疲れが一気に回復するようなことが起こるとは思っていなかった。


 俺よりも先を行く優美が疲れたのか階段を登るペースを落とし、その途中で息を切らし、てのひらを太股(ふともも)に当てながらお尻を突き出していた。


 俺も疲れていたが、「なんだ? もう疲れたのか」と揶揄やゆしてやろうと思ったその時だ。


 優美がお尻を突き出したせいか、俺にはスカートに隠れていた水玉のパンツがきちんと目に入ってしまった。


 これはやばい。

 俺は必死に目を背けようとするがどうしても見てしまう。

 男の本能というものだろう。


「どうしたの?」


 優美はもう息が整ったのか疲れた素振りを見せずに俺に訊いてきた。


「いや、なんでもない」


 俺は焦りながらパンツを見たことを必死に誤魔化そうとした。


「いや、なんかあるな」


 頼むから詰問きつもんだけはしないでくれ。


「まさか······」


 そう言われた時、俺は一瞬バレたと思い覚悟を決めた。口実を色々と考えたのだが焦りすぎて頭が回らない。

 そして彼女が次の語を口にする。


「陰仲って体力ない系の男子なんだ」


 俺は安堵した。バレてなくって良かった。もう、また友達がゼロ人に戻るところであった。

 だが、苦笑しながらそう言われたので、少し苛立った。

 元々、そう揶揄するのは俺の仕事だったのに、逆に俺がされてしまった。

 くそ、あの時パンツなんて気にせずに、揶揄しとけば良かった。

 俺はそう後悔したが、パンツを見た時のことを反芻はんすうしてみた。


 ――いや、やっぱり美少女のパンツをバレずに見られたことは最高のことなんじゃね? 俺は、そう考えると後悔の心が皆無かいむとなり、一人で頷いていた。


「ああ、そうだ俺は体力ない系男子だ」


 俺は満足そうな表情をして、優美の言ったことを否定せず、肯定した。

 そこに違和感を持ったのか、


「なんか、いいことあった?」


 と、俺は訊かれた。

 当然、ここは肯定してはいけない、否定する場面だ。

 なので、すぐ俺は否定の言葉を入れる。


「んなわけ――にぇえだろ」


 この時、俺は死んだ。

 明らかに噛み噛みで焦っている状態であることを優美に気付かれた。

 彼女と少しの間、目を合わせたが、明らかに懐疑の目を向けられていたのですぐに背けた。


「あ、目を背けた! やっぱ隠し事してるー」


 ······しまった。どうやら俺はもう一つミスを犯してしまったようだ。

 昔、『嘘を見抜く方法』を視聴者に伝えるテレビ番組の企画があった。その企画で嘘を見抜くことが出来ると言い出した芸能人がいて、確かそいつはこう言っていた気がする。


『焦る表情を見せたり、目を合わせようとすると背ける人は百パーセント嘘をいています』


 しまった!

 俺は今更こんなことを思い出したが時すでに遅しだった。


「何か隠してるなら言ってみ? 君、友達私だけでしょ。私なら相談乗ってあげてもいいわよ」


 厳密に言えば、友達は優美だけではない。

 小・中学生の時は結構友達がいたのだ。それを自慢したくなったのか俺は勝手に自分の口を開いていた。


「俺、小・中学生の時は人気者だったんですよー?」


 少し内容を盛ったがまあ良いだろう。


「そうなんだー」


 え、こいつ特に驚いていない。

 恐らく、俺の言うことを信じていないのだろう。

 実際は半分真実で半分虚偽なので、半信はんしん半疑はんぎはして欲しいところだ。


「でさ、何隠してるの?」


 ダメだ。隠し切れない。多分、嘘を吐いたらまたバレる。それを知ってはいたが、俺がパンツを見たことを優美が知ったらどうだろう。

 一応女の子だ、それも才色さいしょく兼備けんびの。

 だから普通の女の子よりもより重い罰を課せられる気がした。

 なので俺は――もう1回嘘を吐くことにした。

 次はバレないように、慎重に。


「分かった。隠してたこと言うよ。実はさ俺――シスコンなんだよね!」


 良し! 俺なりになかなかなの嘘を吐いたと思う。

 これは多分騙せる。後は表情を変えないだけ。

 そして五秒程の沈黙の後に優美が口を開ける。


「ごめんね。嘘丸見え」


 なぜ、今のがバレたのだろうと俺は焦る。というかなんでバレたんだ。誰か教えてくれ。


「私のパンツ見たんでしょ?」


 何。元からバレていたのか。俺はより一層焦る。とにかく焦る。顔は気付けば真っ赤になっていた。


「あはは。元から私が仕組んだ罠なんだけどね」


「は! じゃあお前、俺にパンツ見られて良かったの?」


 どうやら優美のさっきの行動は故意的なものだったらしい。

 恐らく俺をパンツという武器を使ってもてあそんでいたのだろう。


「別に――いいよ? 同じ趣味だし」


 俺は驚いた。

『同じ趣味』ということを彼女は理由に使っていたが、同じ趣味ならばなんでも言うことを聞いてくれるのだろうか。

 俺は咄嗟とっさに考えついたことが卑猥だったので、首を横に振る。


「じゃあさ、お前俺の言うことなんでも聞いてくれるのか」


 早速さっき心で思い付いた質問を口に出した。そしたら彼女は、


「私の出来る範囲内のことならいいよ」


 と言った。

 俺は返事を返そうとしたが、その前に昼休みの終了を伝えるチャイムの音が学校に響いた。


「やばい! 授業始まっちゃう! 早く戻ろ」


 そして彼女は水玉のパンツが丸見えということに関わらずそのまま階段を急いで上って行った。

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