第57話 薬レシピ




 巨大な水たまりはどこまでも続き、ちゃぷちゃぷ歩いてるだけで容赦なく体力を奪われた。

 島のようになった場所を見つけたので、休憩することになった。

 とにかく体を乾かしたくて仕方がない。


 天幕を出して中に入ると、なんでもいいから体の暖まるものを作ろうと思った。

 鍋で酒を煮て、その中に肉や葉や実などモンスターからドロップしたものを入れる。

 大図書館にあった活力剤のレシピ通りに作ると、訳のわからないグロテスクな料理ができあがった。


 効果は、痛覚の遮断、集中力の増加、瞳孔の拡大、空腹感と疲労感の無効化だった。

 身体を強制的に戦闘状態にするためのレシピである。


「食べてみろよ」

「もしかして、それは私に言ってるのかしら」

「あたりまえだろ」


 俺は魔鋼で作られたシェラカップに盛り付けて蘭華に渡した。

 食べられないものは入れてないし、おかしな匂いもしていないのだから、何をためらう必要があるのだという話である。


 無言で睨んでいた蘭華は、仕方ないというように渡されたものを口に運んだ。

 一口食べて目を見開いたかと思うと、汗をダラダラと流し始めた。

 実験台にしたようで申し訳ないが、ちょうどレシピの材料がそろっていたのだ。


「ん~~ッ!!!」

「ど、どうだよ」

「へ、変な感じだわ。でも美味しいわよ」


 俺も食べてみると、脳内麻薬でも出ているのか変な快感が体を駆け巡った。

 あきらかにヤバいものを摂取したような感じである。

 体が熱くなって、レシピの効能にあった通りの変化が起こった。


 一瞬で食欲が消し飛んだので味などまったくわからないし、周りの景色がギラギラしたものに変わった。

 有坂さんたちにも食べさせてみると、顔から疲労の色が消えて脂ぎった笑顔に変わる。


 いくらなんでも強烈すぎる効果だし、ちょっとヤバいかなとも思うが、心がポジティブになっているから気にならない。


「おかしいわ。もう休憩はいらないような気がするのよね」


 そう言って、蘭華は首をひねった。

 俺も同感であるし、同じものを食べた皆もそう思っているだろう。


「いやあ、おかしいな。外に出て暴れたくなってくるね」


 有坂さんも、肩を回しならがそんなことを言っている。

 俺も休憩などしているような気分じゃなくなって、体を動かしたくて仕方ない。

 皆がふらふらと外に出て行くので、まだ服を乾かしてもいないのに座っている気にもなれなかった俺もその後について天幕を出た。


 天幕を畳んだら、敵を見つけた相原が魔弾を放って戦闘を始める。

 カマキリとトンボの群れがこちらに向かってきた。

 休憩をしようと考えていたのに、その行動をありがたく感じるのだから明らかにおかしい。


 一度戦闘をしてしまったら、今度は目についた敵と次の戦闘が始まるので終わりがない。

 いつの間にか陸地に入り、それでも進んでいたら恐竜のような敵が現れる。

 これまでにないほど手ごわい敵だった気もするが、この時は敵を細切れにすることしか頭の中になかった。


 どんなに体力を消耗しても、まるで体の奥底から力が湧いてくるようだ。

 ずいぶんと狩りをして20分ぐらいは経っただろうかとステータスを確認したら、6時間は狩りをしたような魔光受量値になっていた。


「なあ、魔光受量値がやばくないか」

「あれ、いつの間にか滅茶苦茶に溜まってますよ。これ帰らないとまずい数字じゃないですか」


 集中しすぎていたために、時間の経過が短く感じられたようだ。

 あまりにも強烈なレシピの効果に少しだけ怖くなる。

 体の中に湧いてくる力の矛先を、どこに向けたらいいのかわからなくなるような感覚だ。


 レシピの効果が残っているうちに地上を目指して走ったが、いくら走っても疲れるという事はなく、走ることだけに集中して最大限の成果が得られる。

 気が付いた時にはダンジョンから脱出していた。


 その場で解散して、俺は自分のペンションに戻った。

 ストーブを付けて着替えが終わったら、天幕の中にある鍋に料理がまだ残っていたことを思い出した。


 寝る前に処分しようと外に出て天幕を出したら、鍋の中に赤黒い液体が大量に残っていた。

 山本にでも売ってやるかという気になって、探しだして鍋の中身を売ってやった。

 そしたら次の日には、血相を変えた山本が朝から俺の部屋にやってきた。


「昨日の精力剤な、もっと売ってくれんか!」


 疲れきって寝ていた俺は、起き上がることもできない程に体が衰弱している。

 昨日のレシピは失敗だろう。

 いくらなんでも次の日に疲労が吹き出るようでは使い物にならないし、体の方も寿命を削っているような実感があるレベルのダメージだ。


「めっちゃ評判がええわ。作り方を教えてくれるなら、利益は折半でもええよ」


 まあ、そんな使い方なら危険はないかと、レシピを教えてやったら山本は扉を壊すような勢いで帰って行った。

 半日ほどベッドの上で寝返りをうっていたら、やっと体が動くようになった。


 弁当でも買って来ようと外に出たら、商店の前で七瀬と鉢合わせる。


「山本に変なもん売りつけたやろ。大騒ぎしてかわなんわ。ホンマやめてな、そういうん」

「ああ、ずいぶん雰囲気が違うな」


 スーパーに来ていた七瀬は、スエットのパーカーにジーンズという出で立ちで、ショートカットが似合う地味な女になっていた。

 まったくイメージが合わずに混乱してしまう。


「なかなか私服のセンスは悪くないんやな」


 俺が着ている服など全て蘭華が選んだものだから、俺のセンスなど関係ない。

 ダンジョンが出来る以前は自分で買った服も持っていたが、それらは全て穴だらけにして捨ててしまった。


「山本は何してんだ」

「製薬会社の人に会いに行くとか言うてたわ。アンタが変なこと吹き込むからやで」

「あいつはいないのか。じゃあ、お前が昨日出たアイテムを買い取ってくれないか」

「うちは商売人ちゃうわ。売り買いなら土屋にでも頼みや」


 役に立たない奴だ。

 俺はスーパーの帰りに、買い取ってくれそうなところを探してドロップを売った。

 大した金にもならないし、大型のリサイクスショップのわりに大した売り物もないから困りものである。


 売っている魔法も、目を引いたのはファイアブレスくらいしかない。

 これは射程が短く爆発を起こすから前衛を巻き込みやすい。

 悪くないものだが、俺のチームでは誰に覚えさせても微妙だった。


 どんなアイテムがあればチームとして強くなるか考えているが、あまり具体的なことは浮かんでいない。

 ダンジョンの探索域が深くなるにつれ、かなり大型のモンスターが増えてきている。


 役に立たないこともないかと思い、俺はファイアブレスのスペルスクロールを買ってリサイクルショップを後にした。

 それを有坂さんに届けたら、プレハブ小屋に戻ってだらだらと過ごしていた。


「すごいで! ごっつい額で売れそうやわ!」

「なんでこのブスは、いつも私たちの周りをうろちょろしてるのかしら」

「チッ、またこいつもおるんかいな。まあええわ。それよりな、伊藤の作った薬の権利が売れるかもしれん」

「そうかよ。よくやったな」


 とてつもなく大きな高エネルギー結晶体を競売にかけている最中なので、そのくらいの事では驚きもしない。


「あれを売るのね。それなら私に取り分があってもおかしくないわ」

「なんやねん。こいつがどんな手伝いをしたいうんや」

「被験者第一号ってところかな」

「ははん、実験台か。まあ小遣いくらいならくれてやってもええやろな」


 蘭華が青筋を浮かべて俺を睨んだ。

 実験台にされたことを怒っているのか、山本と絡んでいることが気に入らないのかはわからない。


「そんな怖い顔するなよ。金なら、そのうち競売から入ってくるだろ」

「でも、あんなものを売ったら死ぬ人が出るんじゃないかしら。賠償金なんてことになるかもしれないわよ」

「製薬会社が間に入っとるから心配いらんわ。素人は黙っとき」

「二人きりになりたいわ。ブスは帰らせてくれないかしら」

「なんや、またそれかいな。付き合ってる言うんなら胸の一つでも触らせてみいや。そしたら信じたるわ」


 蘭華は悔しそうな顔で山本を睨んでいるが、何も言い返せないようだった。

 何を張り合っているのか知らないが、この二人は本格的に馬が合わないようだ。


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