第56話 北海道ダンジョン





「それで愚連隊は高エネルギー結晶を手に入れたいらしいんやわ。でも裏ルートでそんなもんを買う金はないやろ。それで困ってる言うてたわ」


 こいつらは愚連隊に妨害でもされて北海道に来ることになったのかと思っていたら、あんな奴らと取引までしているらしい。


「一人であんな奴らと取引してんのか」

「一人で行くほどアホちゃうわ。ほら、覚えてるか。可愛げのない陥没がおったやろ。あれを連れて行ってん。アレがいたら、向こうも手を出せば無事ではすまされへんからな」

「覚えてるに決まってるだろ。人をなんだと思ってんだよ。七瀬を連れて行ってるわけだな」

「せや、あいつら探協のカードも持っとらんからいいカモやったわ」


「それで、あいつら結晶は手に入れられそうなのか」

「まず無理やな。でも中国の方からコンタクトがあったんや言うとったわ。向こうの出した条件は、相手の用意した人間をひとり仲間に入れてくれいうことらしかったわ」

「そんな話に乗ったら、島ごと乗っ取られるんじゃないのか」

「だから、そんな話は断った言うとったわ。気が変わるかもしれへんけどな」


 きな臭い話である。

 そうまでしても宝物が欲しいのだろうが、警戒を高めさせただけだ。

 それにしても余計なことをしてくれたものである。


 放っておけば、いずれは墜落してくれたものを、これではエネルギーも節約するだろうし、早めに売ってしまおうと考える可能性までも出てきた。

 中国は宝物のエネルギー切れについて、すでに知っていたのだろう。

 向こうには再チャージが必要になった宝物があるのかもしれない。


 そこまで知られてしまったとなると、墜落の可能性はかなり低くなった。

 しかもエネルギーが切れるようなことがあれば、中国の手に渡る可能性もないとは言えない。


「なにがあったんか知らんけど、伊藤のことをやたらと褒めてたで」

「褒められるようなことはした覚えはないな」

「あいつには気概がある言うてたわ。それで北海道には小銭を稼ぎに来たんかいな」


 北海道に人が集まっているのは、食料品で金を稼ごうとする奴が増えたせいだろう。

 俺は山本にそんなところだと答えた。

 今はそんなものでしか稼げなくなっているのだ。


「ダンジョンも景気が悪くなってきたな」

「北海道はまだマシな方なんよ。滋賀なんてルーキーしかおらんから、稼ぎにもならんわ」


 そんなことを話してたら、大きなビニール袋を持った蘭華がやってきた。

 こっちでは喫茶店しかないから、この時間になると料理は自分で作るしかないので蘭華に頼んであったのだ。


「なんや、誰かと思ったら伊藤に寄生しとる虫かいな。押しかけ女房気取りで鬱陶しいやつやで」

「あら、ごあいさつですこと。薄汚れてると、余計ブスに見えるわね」


 いきなり蘭華と山本は、俺の目の前でバチバチとやり始めた。

 空気が悪いから帰ると言って、山本は帰って行った。

 借りたペンションはキッチンと家具がついているもので、角では灯油ストーブが燃えている。


「なにを話してたのよ」

「別に近況を聞いただけだよ。水はペットボトルしかないのか」

「そうよ。洗い物が少ないものしか作れないから、焼きそばでいいわよね」

「なんでもいいよ」


 他のメンツはまだ来ていないので、今日は札幌にでも泊って、明日の朝にでもこちらに来るのだろうか。


「酷いところね。近くの町から持ってくるお弁当と、麺類のようなものしか売ってなかったわ」

「いや普通にしてるけどさ、いつの間にそこまで山本と仲が悪くなったんだよ」

「べつに普通のあいさつしただけじゃない」


 そんな普通があってたまるかと思うが、見た所、蘭華に機嫌が悪そうな感じはない。

 蘭華の作った焼きそばを食べて、その日は眠りについた。

 朝の冷え込みはかなりのもので、開発工事を請け負っている業者の声で目が覚めた。


 蘭華を誘って、唯一の喫茶店であるプレハブで朝ご飯を食べていたら有坂さんたちが店内に入ってきた。

 軽食を出してくれる店だから、朝早いのに凄い混みようだ。


 皆が集まったら、さっそく入ってみようという話になって、更衣室なんてものもないから借りたペンションに戻って着替える。

 そして東京にあるものよりも大きなトンネルをくぐって下に降りると、いきなり広い平地が広がっていた。


 入って早々船橋のチームが管理している街があって、その中では各チームが一つの鍋を囲んで朝ご飯を作っていた。

 ここは東京で言えば三層に当たる階層からのスタートだ。

 俺は頭の中の地図を開いて方角を確かめた。


 5分も歩かないうちにオークが現れるが、そいつらは問題なく倒す。

 地上にいた時のように群れになっていないから、これなら普通の探索者たちにも倒せるだろう。

 そして、入り口からそれほど離れないうちに、加護の石塔が立ち並び始める。


 そこにあったのは東京のガーゴイルゾーンにあるような低位のものばかりだ。

 加護の種類が多く、契約すれば魔法を授けてくれるようなものまであるが、魔弾やマジックシールドのような、今となっては使い道のないものだった。


 初心者には良さそうだが、いきなりこんなところに来たらオークに踏みつぶされる。

 特に問題もなくオークゾーンを抜けたが、オークの鼻息を聞いていると、その辺り一帯にいる敵がすべて一斉に押し寄せてきたら、俺たちでも勝てないのだろうなという事を意識させられた。


 試しにオークの魔弾を受けてみたが、そよ風くらいの威力にしか感じられない。

 それでも討伐作戦の時のような数が押し寄せてくれば、脅威を感じるほどになるのだ。

 オークゾーンを抜けたら、大きくて頑丈そうな顎をした巨大トカゲが現れた。


 アゴと呼ばれているモンスターだそうだが、確かに強烈な武器を持っている。

 相原の魔弾を食らって怒り狂ったアゴが、ぶ厚いタワーシールドに突っ込むが、棍棒のようなアゴが砕けて、何もできないうちに蘭華に斬り捨てられた。


 チーターのように個体で狩りをするのではなく、犬やハイエナのように群れで狩りをする個体だってあってもおかしくはない。

 そんなことを考えていたら、ゴブリンの最上位と呼べるような個体が出てきた。


 コボルトやゴブリンも群れで狩りをすると言えなくもない。

 それらの雑魚を蹴散らしながらどんどん進んでいくと、大きな石が転がっている荒地のような場所に出る。

 そこからは敵が複数種類で出てくるようだった。


 そこで出てきたのは王冠のようなものをかぶったコボルトと、さっきまでのゴブリンだ。

 コボルトの王冠も最上位という意味合いだろうか。

 ゴブリンとコボルトに魔法で焼かれていたら、だんだんと痛覚がマヒしてきた。


 体力が200も削れないような魔法を、これでもかというくらい休みなく放ってくる。

 魔装のおかげで神経まで焼かれなくなったのか、なぜか前に魔法を受けた時よりも痛みを感じた。


「二人ともちょっと焦げ臭いわよ」


 さっきから魔法に焼かれているのは、俺と相原の二人だけである。

 戦ってる最中に魔法を放り込んでくるから、どうしても炎から逃れられない。


 蘭華などは俺たちから距離をとっているので、今さら魔法などを食らうこともなく上手いこと立ち回っていた。

 桜の回復が飛んで来るから、たちどころに火傷は直り、休む間もなく戦う羽目になる。


 さながら無間地獄にいるような気分になっていたら、やっとコボルトが出てくる地帯を離れたようだった。

 次に出てきたのは暗黒カマキリと岩でできたイノシシのような敵だった。


 ダンジョンが繋がっている階層だけあって、東京で見た敵も混じるようだ。

 カマキリよりもイノシシの方が強烈で、相原がタックルで吹き飛ばされて地面を転がった。

 そこに魔法の効かないカマキリが突っ込んでくるのだから、本気で手ごわい。


 俺が魔剣の陰に隠れるようにして攻撃を受けていたら、蘭華が後ろからカマキリを始末してくれた。

 イノシシの方は俺が自由に動けるようになったら、手こずるような敵ではなかった。

 魔剣の一撃で頭を砕いておしまいだ。


 下見のつもりだったが、相原の魔光受量値には余裕があったので、さらに先に向かって進むことにした。

 そのまま進んでいると、浅い水たまりのようなものがどこまでも続いているゾーンへと入った。


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