第55話 北海道
ダンジョンから出て着替えを済ませたら、ファミレスに入る。
まずは高エネルギー結晶体をどうするか話し合わなければならない。
今回見つけた結晶は、いくらになるのかわからないような大きさのものだ。
最近の研究では、この結晶体に含まれる力を魔法として取り出すことが可能になるかもしれないと言われている。
その魔法の目的は地球上にある物質を、一瞬で炭と灰に変えてしまう力だ。
本当にできるかどうかはわからないが、魔装のない人間から見れば、核兵器すら生ぬるく思えるほどの力になるだろう。
そんなこともあって、ダンジョンに入りたがる人は増え続けている。
どの国でも高エネルギー結晶体の取引には厳重な決まりがあり、気軽には取引できなくなっていた。
だから俺たちも、今回の結晶を売るには探索協会を通すしかない。
そして、当然ながら売られる先についても、口を挟むことなど出来ない。
宝物も世界各地で出るようになっているはずだが、エネルギー切れになったという話はまだ聞いたことがなかった。
ダンジョンで俺たちが見たように、敵が群がっているものなら、深部では騎乗魔獣がいたところで結晶を持ち帰ることは出来ないだろう。
魔獣だって麒麟以外のものが出ていてもおかしくないのだが、情報が出てこない国も多いのでわからない。
「やはり売るんだよね。凄い金額になることは間違いないよ」
「やっぱり探索協会に売るんですか」
相原だけでなく、有坂さんまで柄にもなく興奮で手が震えていた。
「まあ、それしかないだろうな。売れるまで時間がかかるだろうし、それまで他のダンジョンに行ってみないか。俺は北海道のダンジョンを攻略したいんだけどどうかな」
三層であれだけの敵をさばけるのなら、準備が整ったとみてもいい。
だから次の目標は、北海道から厩舎を目指すことになる。
「あきれた。これだけの大金を手に入れても、まだダンジョンに入るのをやめる気はないのね」
俺としての問題はそこにあった。
あまりに大金が転がり込んでしまうから、それで探索をやめられてしまっては、俺の目的が果たせなくなる。
「確かに、やめるならいい機会だ。命を落としてからじゃ遅いからね。伊藤君はまだ続けるん気なんだね」
「伊藤さんは、もっと高いところに目標を持っているんですよ。それに、最近じゃレベルを上げておかないと、大切なものを守ることもできませんからね。北海道は稼げると噂になっていますから僕はついて行きますよ」
俺は最初から、相原はそう言うだろうと思っていた。
北海道には赤ツメトロも行っているから、断られるとも思っていない。
「それじゃ、私もついて行くよ。最後までね。生きているうちにダンジョンの生れた理由を知りたいんだ。伊藤君なら、それもできるだろう」
主郭に航海日誌のようなものがあれば、そんなことも明らかになるだろう。
しかし、ダンジョンとは宇宙船のようなもののはずだが、地図の中には居住区のような場所を見つけられないのが不思議である。
「桜はどうする」
「私はお兄ちゃんのお目付け役ですから」
「蘭華は」
「みんなが行くなら、私も行こうかしら」
すんなりと全員が継続してくれることになって安心した。
これで北海道から厩舎を目指すことができる。
まだ相原は魔光受量値が上がりやすいが、慣らしでやっているうちに数日くらいはダンジョンに潜れるようになるだろう。
話が決まったところで、北海道に行かなければならないのだが、みな飛行機で行きたいと口をそろえた。
確かに空飛ぶ雲で行くには寒くなりすぎている。
集合時間だけ決めて、それぞれで北海道に向かうことになった。
その後はたわいない話で時間を潰してから、俺だけ探索協会に向かった。
皆の話だと、北海道は稼げるダンジョンとして名を馳せているようだった。
オークの落とす肉以外にも、食材のドロップに高値が付いているらしい。
探索協会に行くと、それまでに持ち込まれたこともないような大きさのエネルギー結晶体に自衛隊の人まで出てきた。
「伊藤さんが見つけたんですよね」
「ええ、モンスターが集まって、かなり危険な場所にありましたよ」
山口さんには敵について、あれこれと沢山質問を受けた。
そして探索協会には三層の地図に関する情報提供を求められる。
最近ではそういった需要も高くいらしく、地形などの情報を集めているようだった。
振込先の探索者カードを登録したら、俺は次のことをしなければならない。
そのために各自で北海道に向かうことにしたのだ。
俺は夜の間に裏庭ダンジョンまで行ってから、一夜明けたら東京に帰って来て、蘭華と共に北海道行きの飛行機に乗った。
飛行機の中でぐったりしていたら、蘭華が北海道のダンジョンについて集めたらしい情報を教えてくれる。
少しでも寝たかったのに、話し相手になりなさいよと無理やりに起こされた。
蘭華によると、種のない桃のような実が数万円で取引されているらしい。
世界樹の実と呼ばれていて、睡眠をとらなくても済むようになる効果があるそうだ。
他にも二日酔いにならないワインや、活力の湧いてくる酒などが出るらしい。
確かに、そんなものがあるなら稼げると言われているのもわかる。
食料庫にあったような物が、なぜか北海道のダンジョンに多くドロップしているようだった。
最近では装備の在庫がだぶついていて、武器防具はよほどのレアでもないかぎり、たいした稼ぎにもならなくなってしまった。
今の探索者ほとんどが、スクロールと石をメインの稼ぎにしているだろう。
その辺のことについて、山本に聞いてみようとラインを送ったら、あいつらも北海道に行っているらしかった。
アイツがいるなら稼げるという話に間違いはない。
夕方頃に北海道に着いたら空港のホテルに一泊して、次の日になってダンジョンの入り口があるところまで行ってみる。
驚いたことに、すでにそこには街と言えるほどの家並みができていた。
ビルの建設なども始まっていて、プレハブのような建物が立ち並んでいる。
どうやらそれがペンションらしいので、そのうちの一つを借りることにした。
もうすぐ冬になるから、貸せるのは一か月もないとのことだった。
もう少しどうにかならないかと聞いてみたが、絶対に無理の一点張りだ。
ストーブが止まった瞬間に死ぬしかないとまで言われてしまう。
北海道の冬をなめ切っていた俺は、考えが甘かったようだ。
本州と同じような感覚でいれば、本当に死ぬぞと脅された。
そもそも水道も電気も、まだ引かれていないそうである。
となれば、冬になれば近くのホテルから通うしかない。
そうなる前に何とかしたいなと思っていたら、さっそく山本が訪ねて来た。
ボロボロな装備で、さっきまでダンジョンに潜っていたのか、汗と埃にまみれた格好だった。
「なんや人の縄張り荒らしに来たんかいな」
「いつから北海道がお前らの縄張りになったんだよ」
「ここじゃ、うちらのレベルが一番高いねん」
「ずいぶん北海道はレベルが低いんだな。俺とお前らじゃ狩場も被らないし別にいいだろ」
「ずいぶんな自信やな。今なんぼや」
なんぼというのはレベルのことだろうと考えて素直に申告したら、山本は目を白黒させた。
ほんまに次元が違うとか何とか言って落ち込んでいる。
「どうやらここは今日から俺たちの縄張りになるらしいな」
「リーダーには縄張りの仲間を守る役目があるんやで。わかっとんのかいな」
「ならリーダーは降りるよ」
そうだろうというふうに山本は頷いている。
「ここが開いとるのは雪に埋もれるまでやいうんは聞かされたやろ」
「ああ、さっき聞いたよ。断熱材の入った家がまだないってさ」
「そこで裏技があんねん。ふなっしーの街に住むか、探協の施設に泊めてもらうかや」
あいつらも北海道に来ているのか。
そして、街を作り出す宝物をダンジョン内に広げているのだろう。
ダンジョンの中なら凍え死ぬ心配もなさそうだ。
食べ物はきっと山本あたりが雪をかき分けて、買い付けに行ってくれるだろうから心配なさそうだ。
この商売人は小銭のためなら何でもやるだろう。
ならば特に、ここでの生活で心配するようなことはないようだ。
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