第58話 秘密
裏庭ダンジョンに行くなら、なるべく暗くならないうちに出たかった。
それなのに山本なんかを相手にして悔しがっていた蘭華が、いつまでも自分のプレハブに帰ろうとしないから出発が遅れてしまった。
北海道に来てまで裏庭ダンジョンはいいかとも思ったが、自衛隊から手助け要請メールを受けてしまったから、そういうわけにもいかなくなった。
メールの内容は、探索者に危害を加えている愚連隊を捕まえたいので、その手伝いをしてほしいという内容である。
奴らは晴れて指名手配されたわけだが、うまいこと自分たちの犯罪行為を隠しているのか、生死問わずで捕まえて来いという事にはなっていない。
しかし逮捕すると言えば、抵抗を受けてどんな被害を被るかわからない。
かけられている容疑は大したものじゃないが、取り調べを受ければどんな犯罪が表に出てくるかはわからないので、かなりの抵抗が予想できる。
放っておけば、空飛ぶ島が独裁政権の手に渡って対抗しなければならなくなるかもしれないし、レベル上げで手を抜くことは出来ない。
買ったばかりのダウンジャケットを着こんで雲に乗ると、俺は北海道の地を飛び立った。
そろそろ裏庭ダンジョンの攻略は終わらせてしまいたい。
裏庭ダンジョンだって、他のダンジョンと繋がっているのだから、そろそろ他の探索者の探索範囲に入って来てもおかしくはない頃合いである。
深夜を過ぎた北海道の空は、少しでも高度を上げると寒さで末端の血行が止まり、放っておけば手足の指から壊死が始まりそうな寒さだった。
俺は雲の上でスクワットと足踏みをして心拍数を上げ、なんとか寒さに耐えながら本州を目指した。
そんな思いをして本州に入っても、青森辺りではまだまだ寒い。
高度を下げるために人気のない海上の方に出て、スマホのナビを眺めながら自分の家を目指した。
家に着いたら装備に着替えて、ダンジョンの入り口に被せてあるブルーシートの隙間から中に入る。
蘭華に借りてきた短剣を抜いたら、ひたすら奥を目指して駆けた。
魔力が上がっているから、カエル、ウルフ、骨は魔弾一発だ。
ゴブリン、ヘラジカ、コボルトも通り過ぎざまに倒せるものだけ倒して、とにかく奥だけを目指した。
図書館があって、その先に死霊なのか死神なのかわからないものが現れた。
大鎌、モーニングスター、杖など多彩な武器を持ち、魔法すらあたりまえのように使って攻撃してくる。
とはいえ、こいつらは見た目ほどの強さはなく、クリスタルを砕きながら攻撃をしのぎつつ、近づいて剣で斬りつければ簡単に倒せる。
今日の目的は、その先に合った。
そろそろ敵がドロップしてもおかしくない、最上位のクリスタルが欲しいと思っている。
最上位は透明なクリスタルで、体力とマナを回復させるいわゆるエリクサーのようなものである。
奥に進むと、まるで血液だけで作られた犬のようなモンスターが現れた。
ここまでくると敵の手ごわさが格段に上がってきた。
単独で出て来ても、下手したらトロールより強いんじゃないかというくらいだ。
血液の犬は剣じゃ大したダメージにならないし、魔法はあたり前のように避けられる。
どうにも一人で相手をするような敵ではないような感触だった。
なにしろ魔剣でもフロッティでも、大したダメージが入らない。
いろいろ試してみると、たまたまアイテムボックスに入っていた斬撃を飛ばせる剣ならば多少はダメージを与えられた。
魔法攻撃なら通るという事なのかもしれないが、こんな微々たるダメージではらちが明かない。
この手の便利な武器はどうしてもダメージが小さすぎる。
魔法剣のスペルスクロールでもあれば、この手のアイテムの使い心地も違うのかもしれないが、人気がありすぎて話に聞いたことはあっても、実際に売りを見たことはない。
ドロップの感じから、もう少し進めたらクリアクリスタルが手に入りそうなのだ。
逃げながらファイアーボールで焼きつつ、なんとかアイスランスを近距離から食らわせて、血液の犬を倒した。
しかし、噛みつかれると腕ぐらい簡単に持っていかれるダメージを受ける。
ドロップは薄い青のマナクリスタルだった。
もう一段上の敵を倒す必要があるなと考えながら、8時間くらいかけて次のゾーンに進むと、ヴァンパイアが現れた
ファイアボールを浴びせても血液の沼に潜られてダメージはなく、、剣で斬りつけようにも霧になって逃げられてしまう厄介な相手だった。
なぜか俺が使うアイスランスよりも短い間隔で、俺のアイスランスよりも大きくて速い氷の槍を放ってくる。
せっかくここまで来たというのに、逃げるよりほかに手がなかった。
魔法を撃ってくる間隔が短く、魔法のスピードも速いので避けようがない。
魔力が相当に高く、まさにアンデットの王という雰囲気である。
蘭華あたりの助けを借りる必要があるだろうか。
俺一人でやるのは、必要となるレベルが高くなりすぎてしまう。
薄青とイエローのクリスタルを重点的に集めて、朝になったら新幹線に乗って仮眠をとりながら北に向かった。
新青森駅で降りると、そこからは空飛ぶ雲に乗って北海道に入る。
蘭華の借りているペンションのドアをノックすると、化粧っけのない顔の蘭華が出てくる。
俺はナイフを返すと、話があると言って上がり込んだ。
裏庭ダンジョンに誘うに当たって、口が堅いか確かめる必要がある。
信用できるかどうかと、口が堅いかどうかは別問題だ。
「それで新しいルートは見つかったの」
「いや、見つかってないよ」
裏庭ダンジョンに行く間、俺は北海道のダンジョンで新しい階層に行くためのルートを探していたことになっている。
蘭華は俺の返事には興味なさそうな顔で、窓際の椅子に腰かけると本を読みはじめた。
「本なんて読んで、何が面白いんだよ」
「新しい発見があると楽しいわ。昔は中毒のように読んでたけど、最近はあまり読まなくなったわね」
「お前、口は堅い方だよな」
蘭華は本から視線を上げて、こちらをちらりと見た。
「どんな秘密を打ち明けてくれるのかしら。そんな心配、するだけ時間の無駄だから、さっさと言いなさい。私は誰にも言わないわ」
確かに心配したところでわからないかと思い、俺は実家の裏庭にあるダンジョンについて話した。
蘭華は途中で興味なさそうな顔に変わった。
「呆れた。そんな場所があるなら、それだけで十分な稼ぎになるじゃないの。どうして東京に出てくる必要があったのよ」
当然そういう話になるだろう。
俺は訳のわからない図書館の司書になってしまった経緯と、ダンジョンの持つ力についても話した。
地球を百回滅ぼしても余るような力だと言えば、さすがの蘭華も顔色が変わる。
聞かなければよかったと言って、蘭華は表情を曇らせた。
「秘密にしてて悪かったけどさ。お前も手伝えよな」
「そんなの剣治が一人でやればいいじゃない。モンスターと戦う才能があるから、きっとやれるわよ」
「一番いいクリスタルを出したいんだ。今度一緒に来てくれよな」
「それは、いきなりボスが出て来て死んだりしないのよね」
「ボスくらい出るかもしれないさ。だけど死にそうになったら逃げればいいだろ。お前にはスキルもあるんだ」
「逃げられそうにない剣治を置いて、私だけ一人で逃げろと言っているように聞こえるわ。そんなこと出来ると思っているなんて、想像以上の馬鹿ね。その馬鹿が一緒に世界を救ってほしいと言ってるなんてね。今の話、聞かなかったことに出来ないかしら」
「そんなに情の厚い人間だとは知らなかった。なら、せいぜい死なないように気を付けるから、それでいいだろ」
なんとか蘭華は手伝ってくれることになった。
あれやこれやと図書館の知識について聞かれるが、謎が増えるばかりだと蘭華は言った。
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