第44話 退路
今回は、東京、滋賀、熊本、自衛隊に分かれて四方を担当する。
俺は押されている班を手伝うことになっていた。
とはいえ、すぐ乱戦になって、受け持ちも何もなくなった。
いきなり誰かの血飛沫が飛んで来る。
敵の数に押されて、丘の頂上に押し上げられてしまう格好になった。
これほどの猛攻を受けて、陽動作戦は機能しているのだろうか。
陽動が上手く行っていて、これほどの猛攻を受けているのなら、陽動がなかった場合はひき殺されて全滅だっただろう。
オークがオークに突進して、後衛の所にオークが上から降ってくるような状況だ。
それを魔法で倒してしまっているから、回復が足りなくなる可能性もある。
オーク相手なら回復がなくとも、ほぼ無限に戦える俺が頑張るほかないだろう。
なるべく俺がヘイトを集めるようにして、苦戦している奴を手助けするようにした。
やはり滋賀班が穴になっていて、罵り合う声さえ聞こえてくる。
「攻撃が足りてないぞ! こんなんじゃ耐えられねーよ」
「誰か伊藤さんを呼んでこいや」
「琵琶娘の奴、知り合いがいんだろ。さっさいと呼んでこい!!」
俺は聞こえてるよと思いながら、滋賀班の方に移動しようとした。
このままでは確実に崩されてしまうように思える。
いくら何でも数が多すぎるし、前衛も後衛もないほど敵味方が入り乱れている。
その時、自衛隊の使う電撃魔法が光って、あまりの光量に俺は目をつぶった。
目を開けると、ブスブスと背中から煙を上げている三体のオークが俺に向かって突っ込んでくるところだった。
体勢もできていなかった俺は避けられないと判断して、せめて体当たりしようと肩をオークに向ける。
オークは三方向から向かってきているので、それでも二体の攻撃はかわし切れない。
衝撃に備えた瞬間、不意に背中を強く押されて、俺は正面から突っ込んできたオークの脇を抜けるようにして地面に転がった。
後ろを振り返ると、小さな腕がオークの突撃に磨り潰されるようにしてこちらに飛んできた。
その瞬間にフロッティを鞘から抜いたような加速感を感じる。
桜が加速魔法を使ってくれたのだろう。
すぐさま魔剣を振り下ろして、目の前の三体を斬り倒しながら、俺の背中を押した山本に駆け寄る。
山本は何か呟いているが、間延びしていてよく聞き取れない。
それでも生きていることに安心した。
俺はアイテムボックスから取り出したイエロークリスタルを山本の鎧に叩きつけて砕いた。
「――がやられたら、皆死んでしまうやないか。しっかりしいや」
不意に加速が解けて、山本の声が耳に入ってくる。
肩から先の服や鎧が無くなって、戦うには華奢すぎる細腕が露になっていた。
軽口を言う気にもなれずに、山本を立たせると、持っていた手袋を渡す。
そこに駆け寄ってきた桜が言った。
「大丈夫でしたか」
「助かったよ。マナは大丈夫か」
「使い切ってしまいました。対象になる人数が多すぎたみたいです」
俺はアイテムボックスから、渡せるだけマナクリスタルを桜に渡した。
そして滋賀班に飛び込んで魔剣を振り回し、オークの数を減らす。
多少は周りも慣れてきていて、槍で急所を狙うような事が出来るようになっていたのに、乱戦になって場所取りが難しいのか手こずっている奴が多い。
わざわざ三人で対峙しているのに、三人とも正面に立っているから、一人ずつ弾き飛ばされている。
もう少し捨て身で攻撃してくれれば、急所も突けるだろうにもったいない。
俺は走り回りながらオークの頭を潰して回る。
あまりに敵の休みない攻撃が続き、最初にヒーラーのマナが尽きて、周りからもクリスタルの砕ける光が見えるようになった。
なんとか怪我人を後ろに下がらせて、もはや桜だけが回復を行っている。
その桜も、そのうちクリスタルが尽きるだろう。
こうなってしまっては潰されてしまうのも時間の問題だという時になって、蘭華と有坂さんが戻ってきた。
俺は蘭華を熊本班に入れて、相原のお陰でなんとか持ちこたえていた東京班には有坂さんに加わってもらった。
蘭華がそのスピードで駆けまわってオークを仕留めてくれるようになると熊本班は安定した。
レア装備とレアスキルのお陰で、とてつもない機動力でその攻撃をばら撒いてくれる。
このくらいの相手なら蘭華の方が俺よりも数を倒せるくらいだ。
遠くから相原の咆哮が聞こえてきて、そっちもやっと調子が出てきたなと感じる。
今日は周りに女しかいなかったから、さぞかし息苦しい思いをしたことだろう。
俺は周りに人がいては戦いにくいから、滋賀班の前に出た。
集まってきたオークを、移動しながらタイミングを合わせてなぎ倒す。
オークはオーガより少し強いくらいでしかない。
自衛隊の方はレアスキルとレア魔法に恵まれているので、前線の維持は難しくない。
しかし山口さんまで戦闘に加わっているので、戦況を把握できている奴がいるのかは疑問だ。
作戦開始から6時間が過ぎていた。
そこから二時間も続けたら、さすがに俺も息が上がり始めてきた。
少しずつ魔剣を重く感じ始め、倒しきれずに半死のオークから魔弾を食らった。
顔面に食らい、血が目に入って後ろに上体がそれるが、それでも半死のオークを蹴り倒す。
体力は次の一撃で回復できるが、いったいいつになったら終わるのかと不安になってくる。
「おい、そろそろ伊藤さんもやばいぞ!! 引き上げ時じゃないのか!」
「自衛隊は何してんだ。いつまでやらせる気だよ!」
「そろそろ暗くなってくるぞ!」
滋賀班の血気盛んな奴らが、自衛隊に向かって野次を飛ばし始める。
こんな奴らにさん付けで呼ばれると、不良の後輩に懐かれてしまったような、なんとも言えない気分になってくる。
野次に応じるようにして、山口さんがやってきて言った。
「東京班と自衛隊で時間を稼ぐので、他の班は撤退を開始してください!」
東京班にそこまでの余裕はないはずである。
有坂さんが魔法で俺の前にいたオークの一団を倒してくれたので、俺も丘を登って上の一団に戻った。
急勾配な丘を登るのでさえ、体の重さを感じる。
上は思った以上にひどい有様で、動けなくなって背負われているような奴が少なくない。
安定していたはずの熊本班も、装備がボロボロになっていてまともに戦えるような状態ではなくなっていた。
「誰か死んだりしてませんよね」
「まだ死んだ人はいないようだよ。数えてみないとわからないけどね。おかしな動きで相原君が敵を集めてくれていたから、東京班はまだ被害が少なくて済んだよ」
退却の言葉を聞いた滋賀班と熊本班は既に逃げ始めている。
疲労で目の周りが隈で覆われた蘭華がやってきた。
「もう少し下がりましょう。ひと固まりにならないとまずいわ」
敵がやってくる前に、腹に何か入れておこうと、俺は革の包みを開いてプロテインバーを取り出して食べた。
無限水瓶で水を飲んでいたら、途中で蘭華にひったくられた。
蘭華は浴びるようにして水を飲んでいる。
俺が一本目を食べきらないうちに、敵が丘の上にあがってきた。
赤ツメトロのメンバーに介抱されていた相原が、ファイアーボールを放って敵のヘイトを買い、有坂さんがまず加勢した。
俺もカロリーメイトを咥えながら、相原の隣に構えた。
しばらくは片手で魔剣を振り回しながら、オークを倒す。
「気合い入れないと、ここが墓場になりそうだな」
「僕はここを墓場にすると決めましたよ」
「冗談じゃない。俺まで道連れにすんなよ」
自衛隊は半分ほどが、撤退した班の後ろを守るためについて行っている。
だからここに残ったのは、東京班と残りの自衛隊だけだった。
物を食べたら急速に血糖値が上がって、体が少しだけ軽くなった。
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