第43話 作戦本番
丸一日の休日が与えられて、心なしかみんなの表情も明るいような気がする。
レベルも霊力も十分に上がって、金も入ってくるから文句はないだろう。
琵琶娘と書いてビワコと読むらしい山本のチームは、男に店番させた出店を開いている。
現在6名の男メンバーと9名の女メンバーで、店と輸送と作戦を手分けしてやっている。
チームに娘と入っているのは、メンバーが少数のうちに先走ってチーム名を付けたからだと七瀬は言っていた。
「いらっしゃい!」
テントを改造した出店では、元気のいい男が店番をしている。
装備に欲しいものはないが、ふざけた値段で売っている食べ物は少しだけ欲しい。
しかし、あの山本に金が入るのかと思うと買う気にもならない。
俺が品ぞろえを見ているうちに他の奴らがやってきたが、そいつらにはいらっしゃいの挨拶もない。
どうやら身に着けている装備を見て、金を持ってそうな奴にだけ愛想がいいらしい。
さすが山本のチームに属しているだけある見事な守銭奴ぶりだ。
俺の格好は、金属の丸みを帯びた鎧に、厚手の生地のクローク、それに手甲とブーツだ。
その下に薄手の革で作られた服を着ていた。
さすがに剣はアイテムボックスの中に仕舞っている。
あとは守護竜の首飾りというレアアイテムだ。
確かに、装備品を見れば大体の所持金にもあたりを付けることができる。
それでも山賊スタイルの格好をした奴はさすがに見なくなっていた。
しかし、すべてをダンジョン産で揃えている奴はまだ少ないし、ぼろ切れのようなマントの奴らが多い。
そこに俺と同じような恰好をした相原が出てきた。
傍から見ると、プロテクションクロークはさながら中世の騎士のようで見た目はいい。
昨日、俺に向かって散々悪態をついたくせに、すでにそのことは忘れているのか、相原はいつも通りの表情だった。
一晩中、この世に対する怨嗟の声を上げ続け、泣き疲れて寝るという離れ業まで披露したのに顔色は悪くない。
店番の男は相原にも元気よくいらっしゃいませと言っている。
「流石に、こんなところで一日過ごすのは暇ですよね」
「札幌まで往復でトラックを一台出してくれるってさ」
「いいですね。行きますか」
結局はいつものメンバー5人で、札幌まで行って遊んでくることになった。
たいして見るものもないが、有坂さんが相原を風俗に連れていこうとして桜に知られてひと悶着あったりもしながらの観光だった。
有坂さんと相原はキャバクラに行こうとしただけだと主張していたが、もっとハードなところに行こうとしてたのは間違いない。
それに桜にとっては、その辺の違いが分からないから不潔ですの一言で終わりだ。
そんなこんなで、戻ってきたのは夜遅くだった。
ほとんどの奴は魔力酔いでダウンしていたから、トラックの同乗者は少ない。
薄暗いトラックの荷台で揺られるというのは、なんとも言えない不気味さを感じる経験だった。
ベースキャンプに戻ると桜は寝込んでしまった。
そこらじゅうからうめき声が聞こえてくるベースキャンプは、さながら野戦病院のような重苦しい雰囲気がある。
俺以外で、比較的魔力酔いが軽そうなのは蘭華と有坂さんくらいだ。
敵を倒さないと急激に魔光受量値が下がって、魔力酔いが酷くなるのだろう。
もはや俺など、魔力酔いは意識しないとわからないくらい弱まっている。
帰りにラーメンを食べてきたから、満腹なのも手伝って、俺は早々に寝てしまった。
明けて翌日、蒼い顔をした山口さんは、顔色の良くない面々を前にして作戦内容を告げた。
その内容は俺が予想していたよりも、かなり激しい戦いが予想される内容だった。
全体のレベルが上がっているのは確かである。
怪我はヒールかクリスタルで治し、普段のような格下狩りではない、上位モンスターを相手にした狩りだから、参加メンバーにしてみれば、今までとは比べ物にならないほどのレベル上昇幅だろう。
それは金銭的にも十分な恩恵が得られていることでもあり、だからこそ脱走者ゼロでここまでやって来られた要因にもなっている。
琵琶娘の買取価格でも、それは十分に感じられているはずだ。
しかし万全の態勢でやっていた今までの作戦ではそうだったという話である。
それも、砦から離れた場所で、比較的楽な作戦内容だったからだ。
今回は、かなり砦に近い位置での作戦になる。
「なあ、今回の作戦はやばくねーか」
京野ですら不安そうな声を漏らすほどだ。
これでは全体の士気も上がらないだろう。
「どうだろうな。体調はどうなんだ」
「昨日は苦しかったけど、今日はそれほどでもねーかな」
下手をしたら四方からオークが突っ込んでくるような場所である。
それに、山口さんは気付いていないのかもしれないが、最初の作戦で倒したオークのリスポン時間はそろそろである。
だから砦の近くは、新しいオークがダンジョンの中から出て来ている可能性すらある。
「今までは伊藤さんのチームがいてくれたからこそ可能だった作戦です。今回も、重要な役割を担ってもらうことになりますのでよろしくお願いします」
みんなの前で、改めてそんなことを言われる。
その後で、俺のチームだけ作戦本部のテントに呼び出された。
そこで告げられた詳細な作戦の内容は、俺と蘭華と有坂さんに敵の数を減らすための工作をやってもらうという内容だった。
詳しい内容は、単独で森の中に入り込み、複数の手負いのゴブリンを作り出すことだ。
複数個所で、ゴブリンからの悲鳴が上がれば、作戦を展開する地点にやってくるオークの数を減らせるのではないかという読みである。
これは確実な習性だという確信はないだろう。
チームであれ単独であれ、オークの森に入って行ってゴブリンを半死にできるような探索者は自衛隊の中にいないと思われる。
山口さんも言った通り、今までの作戦は俺のチームがいたから何とかなった部分が大きい。
つまり作戦が上手く行かなければ、これまで以上の数を俺のチーム抜きで倒さなければならなくなるのだ。
蘭華と有坂さんが単独で森に入るのは問題ない。
蘭華はそもそもスキルと靴によってオーク程度には捕まらないし、有坂さんは木を蹴って地面に足を着くことなく移動ができる。
オークに木をなぎ倒される心配はあるが、そもそも有坂さんはオークに近寄る必要もない。
これまでの作戦で戦場となった丘は、一帯の木がなぎ倒されて、かなりひどい有様になっている。
「俺だけでも残った方がいいんじゃないですか」
「確かにそうかもしれません。今回は四方から来ますからね」
今思えば、俺がこの作戦で最初に抱えていた不安は、誰かの死を目にすることになるかもしれないという不安だった。
今になってそれがはっきりとわかる。
だから、どうしても皆から離れて一人で森に入る気にはならなかった。
作戦は朝の8時から開始となった。
隊列を組んで、これまでよりもかなり長い距離を移動する。
森の中では蘭華が音もなく、発見と共に敵を斬り伏せた。
森の中を数時間歩いて着いたのは、いつもより急斜面を持った丘の上だった。
これなら山口さんが無理な作戦をやろうとするのもわかるというほど、理想的な陣地だ。
現場に着いたら、蘭華は左の森に消え、有坂さんは右の森に消えた。
どちらにもイエロークリスタルを多めに持たせているから、事故はないと思いたい。
「ロビンフットっていうより忍者みてーだな」
木の幹を飛び移りながら、森の中に消えていった有坂さんを見た京野の感想である。
具足に生えた昆虫のような足には、鎌のようなものが生えていて、真っすぐに伸びた木でも、そこを足場にして上に飛べる。
しばらくすると遠くの方で木がなぎ倒されるような音が聞こえてくる。
それを作戦開始の合図にして、通りがかったハイゴブリンに魔法が放たれた。
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