第42話 支給品





「ちょっと、あの女は何よ」

「なんだよそれ。ヤキモチ焼いてるみたいに見えるぞ」

「なッ」


 その一言だけを残して、蘭華は消えるようにどこかへと行ってしまった。

 忍者スタイルも様になってきたなと感慨深い。

 二刀流は攻撃力が出ないから、やめさせようかとも考えていたのだが、レアな刀の切れ味が尋常ではないから、あれでもいいかと思い始めている。


 気が付くと有坂さんと相原がニヤニヤしながらこちらを見ていた。

 俺はそんなんじゃないと手を振って否定する。


「今日は口上が聞こえなかったぞ。調子でも悪かったのか」

「違う目立ち方をしようとしたのですが、失敗しました。伊藤さんは後ろの方で、美少女とイチャイチャしてましたよね。どういうことか説明して欲しいのですが」

「そんなんじゃないって」


「相原君は敵を蹴っ飛ばして倒そうとして、前線を崩しかけたんだよ。伊藤君からも何とか言ってやってくれないかな。私が言ったんじゃ、聞こうともしないからさ」

「いえ、その必要はありません。自分にはまだ早かったと深く反省しています」


 あれは目立とうとしたんじゃなくて、士気を高めようと思ってやったのだ。

 そんなことをするよりも、相原がボスオークを受け止めた動きは誰もが凄いと思ったはずだ。

 出来ることだけやっていればいいのに、真似などするからおかしなことになるのである。


 ベースキャンプに戻ってくると、だいぶ遅れた晩飯の時間になった。

 皆は空腹だから気が立っていて、揉めている声も聞こえる。

 空腹なのに缶詰しかないという、どん詰まりの状況だ。


 この頃から、班の中でどこのチームが使えないといった諍いをよく聞くようになった。

 踏ん張りが利かないと吹き飛ばされて、戦線が崩れる。

 そこに命がかかっているとわかっているから、甘いことは言っていられないのだ。


 東京班は大体が赤ツメトロだから温和な雰囲気があるし、熊本班は前線がしっかりしているので揉めることも少ない。

 言い争いが起こっているのは、主に滋賀班だった。


 魔鋼から作られた装備を使っているから、ダンジョン産のものよりも動きが制限される。

 魔物は裏に回ったり、鎧の隙間を狙ったりという知能がないから、中世の鎧を復元した装備では無駄になる部分が多い。


 それに両手武器が多いのも問題である。

 盾でなければオークの魔弾は防げないのだ。

 気質なのか滋賀のダンジョンで出る敵の種類のせいなのか、なぜか前衛も武器を持つのが普通になっている。


 盾を持たせるにしても、武器を変えなければならない。

 このままだと滋賀班だけクリスタルが尽きてしまうこともありえる。

 俺は山口さんを見つけ出して、滋賀班にヒーラーを回すように進言してみた。


「これだけ強固にまとまったチームを崩すのはどうなんでしょうか。受け入れてもらえるとは思えません。それに班としてのまとまりも、東京班と熊本班は理想的なんですよね。ですから、私から東京班と熊本班のヒーラーに、滋賀班の回復も頼んでみましょう」


 魔法なら届くから、それでもいいだろう。

 作戦を開始してしまったからには、新しいオークが出てくる前に砦を制圧したいのか、山口さんには焦りの色が見えた。


 しかし、もう作戦参加者の魔光受量値は限界に来ている。

 事前の予定でも、明日は休日という事になっていた。

 俺でさえ、ボスなんか倒す羽目になったから、魔光受量値に余裕はない。


 全体的な雰囲気が悪くなっていたせいもあってか、この日は酒が配られることになった。

 わざわざトラックを一台走らせて、札幌から届けてくれたそうだ。

 酒だけじゃなくタバコやチョコレート、お菓子などの嗜好品も届いた。


 まるで戦時中の支給物資だ。

 しかし食べ物だけは、また米と缶詰だけである。

 ここで缶詰を届けると決めた自衛隊のお偉いさんに対しては殺意しかない。


 食料は運搬したり動かしたりすることはないのだから、缶詰である必要はないはずだ。

 戦いに出れば、配られた栄養補助食品をかじるくらいしか余裕はない。

 火だって使ってる奴はいくらでもいるのだから、調理ができないという話も今更である。


 ダンジョンの外にいても、敵を倒せば魔光受量値は溜まっていた。

 しかも常に下がり続けてもいるから、魔光受量値が下がるにしたがって魔力酔いが引き起こされる。


 だからここに居ると、常に魔力酔いしているような状態なのだ。

 なので俺は酒を飲む気にもなれなかった。

 静かに横になっていたら、蘭華が呼んでいると桜に言われて、テントを移動する。


「こっちのテントは広くていいな」


 蘭華も桜も細いから、もの凄く広く感じられる。

 テントの中にはチューハイの空き缶が転がっていた。


「言っておきたいことがあるのよ。剣治には最近になって女の人に愛想よくされている自覚はあるのかしら」

「言われて見れば、確かにな」


 どうも周りの女が俺に対して愛想がいいと、最近になって感じていた。

 これまではそんなことなかったから、明らかに何かが変わっている。


「強ければお金も稼げるし、身を守ってもらうこともできるわ。だから強い男に対して色目を使う女が多いのよ。ちょっと、聞いてるの。変な女に騙されないようにアドバイスしてあげてるのよ」


 そんな話、俺に限っては必要ない。

 あきらかに酔っぱらっているのだろう。

 蘭華には、いつもの凛々しさが感じられなかった。


「お前も強い奴に興味あるのか」

「ないわよ」

「それで何が言いたいんだ」

「だから、鼻の下伸ばしてるんじゃないわよ。だらしないわね」

「伸ばしてないだろ」

「アンタみたいな唐変木にはわからないでしょうけど、みんなくっついたり離れたり、周りは凄いのよ。しかも、今一番狙われてるのが剣治だわ」


 本当だろうか。

 そんなに周りが乱れているとは知らなかった。


「わかった。気を付けるよ」

「よろしい」


 そう言って蘭華は俺に寄りかかってきた。

 そんなに飲んでいたのかと思ったら、桜まで蘭華に寄りかかって、俺に重しが乗ってくる。

 その時、テントの入り口が風に吹かれてバタバタと舞い上がった。


 俺と目が合った相原は、やっぱりクズなんすよーと叫びながら走り去ってしまった。

 それに気づいた桜が蘭華から離れる。

 蘭華の方は離れる気がないので、無理やりテントの中に横たえて、俺は自分のテントに戻った。


「伊藤さんはやっぱりクズなんすよ! だってそうじゃないっすか!」


 ビールを抱えて戻ってきた相原は、俺を見るなりそんなことを言いだす。

 有坂さんは何も言わずに、相原の抱えるビールを一本引っこ抜いてフタを開けた。


「それは羨ましいってことでいいのか。それが、どうしてクズってことになるんだ。たまたま酔っぱらいに絡まれてただけだろ」


「普通、飢えて死にそうな人が近くにいたら、豪勢な食べ物を食べたりしないでしょう!? でも、百歩譲って、食べるだけならまだ許せますよ。まだね。だけど伊藤さんは、見せびらかしながら食べるんですよ! 人の皮をかぶった悪魔の所業ですよ!! どうして餓死寸前の、飢え死にしそうな奴の前で、よりによって3Pなんか見せつけるんすかぁ。わあぁぁぁぁあああ!!」


 あまりのくだらなさに話を聞く気も失せてくる。


「お前、言葉には気を付けろよ。蘭華に聞かれてたら殺されるぞ。それに妹の名誉も傷つけすぎだからな。あと、たまたまお前が通りがかっただけで、見せつけるつもりなんて微塵もなかったよ。しかも、お前がゲスの勘繰りをこじらせてるだけで、俺は無実だぞ」


「僕を責めるんすか! こっちは飢え死にしてんすよ!」


「本気で号泣するような話じゃないって言ってるんだよ!」


「まあまあ、そんなに興奮しなくてもいいじゃないか。相原君のいいところをわかってくれる女性もきっと見つかるさ」


「そういう心にもない慰めが一番いらないんすよ! 可愛いツンデレの幼馴染を超える属性なんて、この世に存在もしないんすよ!」


 強い男がモテるというなら、相原にもチャンスの一つくらいあってもいいはずだが、女と話せないというのでは救いようがない。

 禅問答じゃあるまいし、そんな難題をどうしろというのだ。

 テントの中にいると相原がウザ絡みしてくるので、俺は眠くなるまで外を歩くことにした。


 相原は酔っぱらうといつもこうだ。

 外を歩いていたら、なんともいいにおいが漂ってきた。

 ふらふらと匂いに吸い寄せられていったら、山本と七瀬が鉄板を囲んでなにやら作っていた。


 覗き込んだら、なんとそこにはお好み焼きがあるではないか。

 ソースの上にマヨネーズまで乗っている。


「いくらでも払うぞ」

「なんや、食べたいんか。お金なんか取るかいな。座りいや」


 一瞬だけ、山本も悪い奴ではないのかもしれないと思ってしまった。

 まず七瀬が食べ、そして山本が食べたら、七瀬が俺の分を焼いてくれた。

 ひっくり返されただけで、いいにおいが漂ってくる。


「こんなものどうしたんだよ」

「荷物を運ばせとるのに持ってきてもらったんや。役得やな」


 山本のウインクはなぜか様になっていた。


「もう食えるんじゃないか。そろそろいいだろ」

「いいわけないやろ。ここからが腕の見せ所や。素人は黙っとき」


 七瀬は顔はいいくせに口はすこぶる悪い。


「勘弁したってや。これで、こいつも満更でもあらへんのやで。アンタのパーティーメンバーが、えげつない装備を使わせてもろてんのは、周知の事実やしな」

「そんなわけないやろ。うちは嫌や」


 そう言いながら、七瀬はもう一度ひっくり返した。


「いいから早く仕上げてくれよ。もういいだろ」

「アホ、素人はうちの手際を黙って見てればええねん」


 こいつはと思うが、お好み焼きの作り方なんて知らないから口出しは出来ない。

 しかし、出来上がってると思うのにひっくり返しているのが納得できない。


「もういいから。ちょっとどいててくれ。形になってりゃいいんだよこんなもん」

「これだから素人は――って、ちょっ、何してんねん。お好み焼き作ってんのやぞ。邪魔すんなや」


 邪魔くさいと思ってどかそうとしたら、本気で抵抗された。

 抵抗するどころか殴りかかってくる勢いだ。


「わしぁ、アイドルやぞ。なに気安く触ってんのや! おどれは変態か!」


 小さいくせに、興奮したらやたら高圧的な喋り方でギャーギャーと騒がしい女だ。

 俺はただ、殴りかかってきたから突き放しただけである。

 やっとお好み焼きにありつくころには深夜になっていた。


 明日は魔光値をさげるための休みらしいから、このくらいの時間なら平気だろう。


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