第35話 海
雲に乗って遊びたいという相原兄妹のために、二人のアパートがある千代田区までやってきた。
外から声をかけると、二人は揃って隣り合った扉から出てきた。
「ちょっと機嫌が悪そうに見えるな」
「伊藤さんなら理由がわかるんじゃないですか」
「いや、想像もつかないよ」
そんなこともわからないのかと相原は鼻息を荒くした。
「僕と伊藤さんだけ、大したアイテムを手に入れていないじゃないですか」
つまらない理由に俺は呆れるしかない。
「それを言うなら俺の方が少なかったぞ。お前はいくつも貰ったじゃないか。かっこいいのがなくて怒ってるんだろ」
「いえ、僕はチームに対しては献身的な精神を持ち合わせているので納得しています」
「嘘つきで、強欲で、いいところが一つも見つからないな、お前は」
「誉め言葉と受け取っておきましょう」
「それよりも、あの建物は何だったんでしょうね。あんなものが地底にあるなんて気味悪いですよ」
「確かにな。モンスターの発生源と何か関わりがあるんですかね」
「俺にわかるかよ。それよりもどこに行きたいんだ」
「憂さ晴らしが出来るならどこでもいいっすよ」
好き放題に生きていて、どこに憂さの貯まる余地があるんだよという話である。
大図書館の知識では、この雲では騎乗魔獣である麒麟には対抗できない。
魔法による攻撃を受けてしまえば、騎乗魔獣のように魔法やアイテムで治すということは出来ないし、すぐに機能が落ちて墜落の危険性がある。
もし対抗できるのなら、また現れた時のために隠しておくメリットもあるが、対抗できないなら、噂にして相手に危機感を持たせた方が、日本のダンジョンにちょっかいを出しにくくなっていいのではないかと思う。
現に魔法の絨毯が日本にあるうちには、あいつはやって来なかったのだ。
日本にやってきたのは、魔法の絨毯が海外の金持ちの手に渡ってからである。
売らないと言っていたくせに、とんでもない額を積まれて持ち主は売ってしまったのだ。
「これを売ったら、みんな一生遊んで暮らせますよね」
「似たようなものが出てくるだろうし、どうだろうな」
「でも、法律で海外の人には売れなくなるみたいですよ」
ダンジョンの攻略が終わったらどうでもいいのだが、それまでは売らずにとっておきたい。
それを相原に納得させておく必要がある。
「しばらくは俺たちで足がわりに使えばいいだろ」
同意を求めた俺に、相原は青い顔を向けた。
「楽しむどころか、金玉が縮みあがって手がべたべたですよ」
最初の十分くらいは俺も死ぬほど怖かった。
しかし、すぐ慣れて恐怖は感じなくなる。
下にいる人たちに見つかったので、今日の夕方頃にはニュースに取り上げられるだろう。
これであの麒麟に乗った奴への牽制になればいいが、持ち主として俺たちが取り上げられるのはあまり感心しない。
地上からなるべく顔がわからない距離を保って飛行した。
鎌倉の山中に降りて、海で少しだけ泳いだ。
少しだけと言っても、力も体力も肺活量も探索者のそれだから、ひと泳ぎのつもりで、あっという間に沖に出てしまった。
「伊藤さん、高そうなエビがいますよ。捕まえましょう!」
「……それ密漁なんじゃないのか」
少し泳ぐだけだと言ったのに、相原はシュノーケルまで買っている。
そして同じものを桜にまで買って、密漁を強要していた。
相原は捕まえられなかったが、桜が一匹捕まえて相原に取られる前に逃がした。
まだ魔力酔いの強い桜の顔色がよくないので、早々に切り上げて帰ることにした。
二人を帰してホテルに戻ると、蘭華が部屋にやって来て、俺に買い物袋を投げてよこした。
「自分だけ遊んできたのね。こっちはアンタが、ずだ袋みたいな服をいつまでも着ているから、哀れだと思って買い物に行ってきてあげてたのよ」
「相原が雲に乗せろって、一日中メールを寄こすんだから仕方ないだろ」
「私も連れていけばいいじゃない」
「お前があんなもので喜ぶとは思わなかったんだよ」
「馬鹿じゃないの。喜ぶわけないでしょ。それで鎌倉で遊んできたわけね」
「なんで場所まで知ってるんだ」
「ニュースでやってたわ」
これで蘭華をどこかに連れていったら、有坂さんもという事になりはしないだろうか。
有坂さんはダンジョン教室に行っているので、休みの日は忙しい。
「鎌倉じゃ寒かったから沖縄でも行ってみるか」
行きたくないようなことを言っていたくせに、水を向けたら蘭華は顔を輝かせている。
本当に行くことになってしまって、4時間もかけて沖縄の無人島まで行った。
そこでも俺はコンビニで買った500円の海パンで泳ぐことになる。
蘭華はとても高そうな水着を着ていた。
どうにもこいつは、ダンジョンで拾ったものを勝手に売る癖がある。
相原ですら拾ったものは最後には俺に集めるという意識があるのにだ。
しかし、普通のドロップ品の処理など、もはやどうでもいい。
「何考えてるのよ」
「……泳がないのか」
「子供じゃないのよ」
さすがに水着で近くをうろうろされると恥ずかしい。
シートやらなんやらの準備が済むと、俺の隣に座ってくれたので、視界から見えなくなって安心する。
「これで、どこのダンジョンでも行けるようになったな」
「そうね。でも、心地よく移動できるのは、今の季節だけじゃないの。私は冬にあんなもので移動するなんて御免だわ」
「お前は歳を重ねるごとに性格が刺々しくなっていくよな」
「はあ? ふざけたこと言ってると、容赦しないわよ」
大人っぽくなったのは見た目だけで、中身は昔から何も変わっていない。
闘争心にあふれた目で睨まれては、さすがの俺だって何も言えなくなる。
綺麗な景色を前にして、よくこんなにも神経を尖らせられるものだ。
昔は俺が子分のように連れまわしていたのに、最近は俺の方ばかりが振り回されているように思える。
その関係が逆転したのはいつ頃からだろうか。
休みが終わったら、5人で三層を回ることにした。
更衣室から出ただけで、皆の装備が尋常じゃないから注目を集めた。
蘭華なんて足が光っているし、有坂さんはローブの裾から足が4本出ている。
相原は重そうな盾を背中に担いで、どしどしと歩いていた。
構えたら全身が隠れるような、とてつもなく大きな盾だ。
「見てください。テレビの取材カメラまで来ていますよ。もはや僕らに文句を言える奴は誰も居ませんね」
「そんなの、もともといなかったろ」
「早く新しい装備を試してみたいですよ。さっさと下まで行きましょう」
三層に降りても、先行した蘭華がすべて倒してしまって、俺たちに出番はなかった。
やたらと足の速い奴である。
新しく出た刀は、オーガの胴体を一刀の元に真っ二つにした。
有坂さんの魔法も次から次へと放たれ、オーガくらいなら軽々と倒していた。
宝物庫に入る前は、俺一人しか戦えなくて、全部俺が倒していたのにだ。
やっと戦力になってくれたかと、うれしい誤算だ。
大した武器も出なくて落ち込んでいたのに、こんなにも戦えるようにってくれるとは思っていなかった。
相原もオーガの棍棒に殴られたくらいじゃびくともせずに、魔槍によって伸びた槍が相手に届くようになった。
魔槍はいきなりグンッと勢いよく伸びるから、相原のリズム感のなさも手伝って敵も避けにくいだろう。
重量のある盾が衝撃を殺してくれるから、持ち手にも負担がない。
相手が強化コボルトに変わると、三人はまだスピードについていけてなくなったが、レベルを上げれば何とでもなりそうだった。
有坂さんは手数頼りだし、相原は無謀さに磨きがかかったが、決して悪くない。
これならオーク討伐に参加するメンバーを鍛えた方がいいように思える。
どっちを優先したほうがいいのだろうか。
「相原、もっと周りを見ろ」
「えっ、周りに敵なんかいないじゃないですか」
「有坂さんの射線を遮ってたぞ。それに槍を振り回したら蘭華が近寄れない」
「なるほど。勉強になります」
素直だが、まだこんな調子なのだ。
蘭華と有坂さんは今日で、霊力二万は超えるだろう。
桜と相原はそれよりも六千くらい遅れている。
数だけは多い強化コボルトを相手して、その日の探索を終えたら、俺は自衛隊の宿舎に顔を出した。
そこで赤ツメトロに蘭華と有坂さんを貸し出したいと伝え、自衛隊の方は俺が手伝うと申し出た。
すでに二回くらいしかダンジョンに潜れる余地はないが、それでも霊力の底上げにはなる。
山口さんは日程表を眺めながらいいでしょうと言ってくれた。
そして、もう一つ参加する船橋のチームには、相原と桜を派遣することになった。
「ですが、東京班だけだけが参加する作戦ではありません。伊藤さんとダンジョンに行くメンバーはこちらで選ばせてください。他の参加チームに関しても、こちらでメンバーを指定します」
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