第36話 下見
普段は品川や船橋、赤羽の入り口を使っているチームが新宿までやってきた。
そこで初顔合わせとなる自衛隊メンバーとともにダンジョンに入った。
蘭華と有坂さんは、すでに4人ずつ引き連れてダンジョンに入っている。
俺も一直線にゴーレムを目指したが、すでに蘭華と有坂さんに狩りつくされていたので、コボルトを目指した。
魔法を使ってくる相手だが、敵の数にも限りがあるから仕方ない。
「自分たちがダメージを受けても気にしないでください。超回復がありますから」
そう言ったのは山田さんだった。
俺はその超回復とかいう言葉を聞いたことがない。
最近はネットもやってないし、情報を得ていないのだ。
「なんですそれは」
「知りませんか。レベルが上がると、霊力を使って素早く回復できるようになるアレをそう呼んでいるんですよ」
そんなことが出来たのかと思いながら話を聞いた。
できれば使ってほしくないが、それは無理な相談だろう。
加護から得られる自然回復は、かなり時間がかかるので休憩が必要になる。
俺は1チームにつき2回、計4回もダンジョンに入ることになってしまった。
さすがにパワーレベルリングであっても、そんなことをしていれば自分の魔光受量値も4千を超えてしまう。
筋斗雲で簡単に裏庭ダンジョンに行けるようになったのに、まったく手が付けられなかった。
ゴーレムとコボルトを一日に千体以上は倒しただろうか。
参加者のほとんどは、1万を超えるところまで霊力が上がった。
驚いたことに山口さんまでも探索組で、霊力を1万5千まで上げている。
そして山口さんが陰で、探索組のアイドルと噂されていることまで知ってしまった。
どこにアイドル要素があるのかわからない。
どちらかと言えば近寄りがたいオーラを放っている。
相原と桜も無事に霊力2万を超えた。
俺は5万を超えて、蘭華と有坂さんも二万半ばまで届きそうだ。
格下狩りでは上がりにくいはずだが、あまりに倒した数が多すぎて上がったようだった。
魔光受量値を下げるため二日ほど買い出しや準備で消費して、特にお菓子などの間食を革で包んだものを作ったりしていた。
立ち入り禁止区域の周囲では、ほとんどの店が閉まっていて、買い出しなどができるのは初日のみだと言われている。
決行日前日、国が費用を出してくれた飛行機に乗って北海道に向かう。
まるで戦地に向かう兵士のような気分だ。
空の上ではアイテムボックスの使用と喧嘩は厳禁であると言い渡されている。
どちらも墜落の危険性があるから、誰もそれを破らなかった。
俺は誰かが飛行機を壊して、墜落するんじゃないかと思って青くなっていた。
誤って壁を壊すくらいは誰にでもあることだ。
蘭華はそんな間抜けはいないでしょと笑っていて、その言葉に俺は傷ついた。
飛行機から降りると、少し肌寒さを感じる。
東京ではまだむわっとした暑さがまだ残っているのに、こっちはもう秋になったようだ。
「なあ、佐伯はうちで預かれないか」
空港のロビーで京野がそんなことを言ってくる。
「無理だよ」
あそこまで育て上げるのに、どれだけ労したか。
そんな話には耳を傾ける気にもなれない。
「あの有坂ってのはロビンフットだろ。いつの間にスカウトしたんだ」
「講習会で席が隣だったんだ」
京野はへらへらと笑っていて、その緊張感のなさに怖くなる。
北海道の開けた大地でオークと戦い、背丈がビルほどもある怪物までいるというのに何も感じないのだろうか。
ガラス窓は曇っていて、外は寒そうだった。
「ビビってんのかよ」
「まあな。少し怖いよ」
「お前がそんな調子じゃ、こっちまで怖くなってくる」
そんなことを笑いながら言っているから説得力がない。
少しは怖がれよと思うが、根本的に楽天家なのだろう。
もしくは俺のように重要な役割を与えられなかったからか。
山口さんから詳細な日時と作戦を知らせるメールが来た時から、俺は変なプレッシャーをずっと感じている。
そこにはトロールと戦う作戦決行日時まで決められていたのだ。
なんでも、俺がヘイトを買って引きずり回す作戦らしい。
「アイツ、あんな調子で大丈夫なのか」
「平気よ。どうせ戦いが始まれば、誰よりも無謀な行動を率先してやり始めるようになるわ。止めたって聞く気もないんだから」
「戦いが始まるまでは、いつもこんな調子なのか」
「どうだったかしらね」
俺に聞こえるところでなにを言ってるんだと思ったが、口は挟まなかった。
無謀ではなく、現実的に考えて敵を倒すしかない場面になったら、それに集中しているだけだ。
「不満そうな顔をしてるぞ」
「あら、不満そうね」
おちょくって遊んでいるだけかと気づいて、俺は無視することに決めた。
これは戦争以外の何物でもないと思うが、なぜか俺以外は遠足気分である。
「飲むかね」
有坂さんがビールを持ってやってきた。
この人も昼間から飲んでいて大概である。
俺は首を振って断った。
かなり飲んでいるのか顔が赤い。
そんなことで、もし明日までアルコールが体に残ったらどうするのだろうか。
「君がそんな調子じゃ、周りも不安になるよ」
「アドレナリンが足りてないんすよ。伊藤さんは。そっとしておいてください」
相原が勝手にそんなことを代弁している。
こいつは周りが女だらけで、有坂さんから離れられずにずっと付きまとっていた。
この中では、俺しか作戦の詳細な概要は知らされていない。
北海道のダンジョンは、日本にある中では最も厩舎に近い入り口である。
一度はそこから攻略したいとも考えたが、距離的に一日ではたどり着けなくて諦めた。
だから北海道の入り口を開放するこの作戦の成否は、俺の選択肢を広げる意味でも他人事ではない。
「空港のそばに知り合いがやってるレンタルバイク屋があるんだ。借りてみないか」
「借りてみないかって、有坂さん酒飲んでるじゃないですか」
それに今はホテルの割り振りを決めている最中で、ロビーから出るなと言われているのだ。
「北海道は道が空いてるから平気だよ」
「いや、俺免許持ってませんよ」
いいからいいからと、有坂さんは俺を連れ出して、本当にバイクを二台借りてしまった。
買い取るのかというくらいの額をバイク屋に渡しているのはなぜだろうか。
飲酒運転をする口止め料かと思っていたら、バイク屋は丁寧に乗り方を教えてくれる。
有坂さんは、事故っても死なないからほどほどでいいよなんて言っている。
かくしてギアを変えるたびにガッコンガッコンと吹き飛ばされそうになりながら、バイクに乗る羽目になってしまった。
有坂さんが前を走っていて、それについていくだけでも精いっぱいだ。
あの空港はオークの砦に近すぎて普段は閉鎖されているような場所だから、下手したら帰れなくなるなんてことがあってもおかしくはない。
なんでこんなことになっているのだと思いながらバイクを走らせた。
バイクのことはよく知らないが、やたらと力があって簡単に百キロ出る。
しばらくして、やっと慣れてきた頃には全身が汗だくになっていた。
なにか通行止めの検問のような場所を越えたと思ったら、有坂さんは本気でスピードを出し始めた。
先ほどまでのノロノロ運転とは違って、本気でスピードを出さないと背中も見えなくなってしまう。
いったい何なのだと思いながら必死でついて行ったら、何もない道の真ん中で急にバイクを止めた。
二百キロ以上出していた俺は、力ずくで止めようとしてブレーキを壊し、止まり切れずに横転して、バイクを捨てながら腕の力だけで飛んで着地した。
バイクは火花を上げながら地面の上を滑っていって、草むらに突っ込んでしまった。
さっきから人通りもなくて、走り出してからここまで、まだ車を一台も見ていない。
こんなところじゃロードサービスも呼べないんじゃないかと不安になる。
辺りは鬱蒼とした森の中だ。―――いや、もとは畑だったのが放棄されたのか、生えている草木の高さが同じになった藪だった。
「なにを考えているんですか」
「来たよ」
有坂さんの指さした先には、でかいイノシシ、ではなく二足歩行のオークがいた。
そのオークは前足を下ろして、こちらに突っ込んできた。
見ればオークの後ろには、砦のように組み上げられた木が遠くに見える。
俺は慌ててヘルメットを投げ捨てると、アイテムボックスから剣を引き抜いて、オークに叩きつけた。
オークはそれで倒したが、その後ろでは森から頭が出るほどのトロールがこちらを向いていた。
いつの間にか、俺たちは砦を見下ろすような位置の丘の上にいたのだ。
立ち入り禁止区域だから車を一台も見なかったし、放棄された大きな畑があるのだ。
有坂さんが放った三本のマジックアローは、トロールにぶつかったところではじけ飛ぶ。
「やはり魔法は効かないようだね」
トロールはでかいが、動きは早くない。
毛むくじゃらの猿のような巨体が、のしのしとこちらに向かって歩いてくる。
当然ながら俺の放ったアイスランスも弾かれた。
こんなものを魔法の引き撃ちで倒すことは出来ない。
だが、剣なら倒せないこともないように感じた。
「下見はこれくらいにしよう。さ、早く後ろに乗って」
有坂さんのバイクの後ろに乗って、俺たちはその場から逃げた。
途中で道を歩いていたオークの魔弾を食らって、有坂さんのバイクも粉々になり、俺たちは筋斗雲に乗ってその場から去った。
追われないように、上に高く上がってから逃げたので、空港の方までやってくることはないだろう。
何考えてんですかと憤る俺の前で、まずは敵を知ることさと言って有坂さんは笑っている。
下見などしなくても、自衛隊の撮影した映像がテレビで何度も流れているのにだ。
それでも、いつの間にか最初に感じていたような不安はなくなっていた。
人間は詳細のわからないものに対して、不安や恐怖を感じるのだ。
トロールの詳細を知ってしまえば、今まで倒してきたモンスターがでかくなっただけに過ぎないと思えるようになっていた。
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