第21話 新宿一層






「もっと魔法を使ってモンスターを倒すんだと思ってたわ。それにしても剣治にはこんな才能があったのね」


 洞窟で会った男のことについてはわざと話題から外してくれている。

 蘭華も怖かったのだろう。今になって声と足が震えていた。

 とりあえずこれから二日間は動けもしない程に苦しむだろうから、あとで食べ物でも買って行ってやろう。


 俺も疲れたのでひと眠りすることにした。

 何故か悪夢を見ることはなかった。

 あんなのはモンスターよりもモンスターに近い存在であるから、罪悪感も湧かなかったのかもしれない。


 そして起きたら村上さんの元に向かう。

 なんせレックス400体分のドロップがあるのだ。


 俺は村上さんのところに行き、裏庭ダンジョンのドロップと、レックスからの服のドロップを積み上げた。

 革のズボンとジャケットだが、凄く伸びる素材である上に、サイズも関係なく誰でも着られるようになっている。


 価値のないスキルストーンも大量に出ている。

 それに恐竜の肉という、食用肉も大量にある。

 いつか地上の食肉業者はいなくなるのではないかと思えた。


「全部売りですよね」


「うん。それで、アイテムボックスのスキルストーンと、剣術系と魔法系のスキルストーンかスペルスクロールを、適正価格で仕入れてもらえないかな。予算的には今日の買取価格くらいでお願いしたい」


「わ、わかりました。とりあえず時間をください。石とスクロールも、あとで届けますからホテルを教えてもらえますか」


 俺はホテル名を伝えてホテルに帰る。

 どうせ動けなくてつらい思いをしているだろうと、コンビニに寄って蘭華に食べ物を買ってから帰った。

 ホテルに帰り、蘭華の部屋をノックすると、死にそうな顔をした蘭華が顔を出す。


「生きてたか。食べ物買って来てやったぞ」

「私、栃木に帰ろうと思うの。とてもやって行けそうにないわ」


 いきなりのリタイア宣言である。

 目の周りにクマを作り、化粧もしてないから昔の蘭華に戻っている。

 確かに最初の魔力酔いは地獄を見るが、だんだんマシになるのだ。


「なに言ってるんだよ。ダンジョンで一獲千金は、お前が言いだしたことだろ。それに昨日だけでめっちゃ儲かったんだぞ。ここで帰るなんてもったいないって。ほらお前にも分け前やるからさ」


「どうせ訳のわからない物を買えって言うんでしょ。いらないわ。私は帰る」

「お前が買いたいものに使えばいいよ。俺が買って来てやる」


 新宿というのは便利なところで、こんな俺でも簡単に蘭華の言うバッグを見つけることができた。

 軽く車が買えるくらいの値札が付いているのだが、何かの間違いだろうか。


 子供の頃、アイスの当たり棒をあげたら飛び上がって喜んでいた女の子が、まさかこんなものを欲しがったりするようになるなんて信じられない。

 値札を眺めながら、思わず走馬灯のような光景が見えた。


 俺は確認のために電話をかけたが、それを買ってこいの一点張りである。

 まあ探索を進めればこんなものとは比べ物にならないお宝が手に入るのだ。

 俺がしぶしぶ買って帰ると、蘭華は笑顔とも何とも言えない顔をした。


「本当に買ってくるとは思わなかったわ」


「ほら、ダンジョンは儲かるんだぞ。もう少し俺に付き合えよ。でもこんなわがままを聞くのは一回だけだからな。それにしたって、さびれた蕎麦屋の倅にこんなもの買わせてさ。お前の良心は痛まないのかよ」


「なによ。ダンジョンでやりたいことがあって、それを私に手伝わせたいんでしょ。剣治の考えなんてわかってるのよ。だったら、このくらいで恩着せがましいこと言わないで」


「ほら飯だ。二日くらい大人しくしてろ」


 ダンジョン酔いが辛い間は、心が折れそうになるのもわからなくはない。

 俺は寝ることで苦痛から逃れたが、蘭華はいきなり魔光を浴びすぎて寝ることすらできなかったようである。

 俺のようなドーパミン中毒にはならないだろうから、動機を持たせるのが難しい。


 呆然とバッグを見つめながら、なにやら一生懸命考えているようである。

 現実の苦痛と欲望が戦っているのだろうが、きっと欲望が勝つだろう、

 俺の魔光受量値はすでに1000を切ってるから、半日ほど休んでからダンジョンに行こうと思う。


 半日休んで蘭華から賢者のローブを回収し、下に降りる。

 ホテルを出て、更衣室の前にできた列に並んだ。

 夜だというのに行列が出来ている。


 協会の壁の穴がどうだとか、俺のことを噂している奴らがいる。

 あの講義室での講習は続いているから、噂として広まっているのだ。

 俺はなるべく気にしないようにしていたが、かっこいいとか噂してる女の子までいてだんだん緊張してきた。


 奥にある自動ドアが遠く感じられる。

 列で待っているうちに吐きそうなほど緊張してきて、早く中に入りたくなった俺は、トイレの前の通路を通って行こうと考えた。

 そういうふうにショートカットして入っていく人もいるのだ。


 トイレの方はドアノブの扉を開けて中に入るのだが、俺は緊張のあまり鍵がかかっているドアノブを力ずくでねじ切ってしまった。

 そしてドアが開かなくてパニックになり無理やり引っ張ったら、ドア枠が曲がってしまった。

 これはまずいと誤魔化そうとしたが、どういうわけかドアが閉まらない。


 なんとか失敗してない風を装おうとしたのがまずかった。

 ドアを閉まった位置に無理矢理固定しようとして、蝶番の部分を壊してしまう。

 そのままにしておけば危ないから、仕方なく俺は苛立ちまぎれにドアを引きちぎって、修理費を払うことにした。


 かっこいいという声援はいつの間にか聞こえなくなって、沈黙が針のムシロである。

 またこれで噂の種を一つ与えてしまったなと考えつつ中に入る。

 有料の更衣室を運営してる店の店長は、お金を払うと苦笑いで許してくれた。


 更衣室に入って、新しく手に入った革の服を着てみる。

 魔法によるサイズ調整の機能は大したもので、かなりの厚みがあるのに、ほとんど意識させないくらいの着心地である。


 ブーツに手袋、鎧、ローブを着こんで、ナイフを腰に取り付けると更衣室を出た。

 昨日もそうだったが、こんな格好をしてるやつは一人もいないから目立ってしょうがない。

 みんな古ぼけた服に毛皮のコートを着て、武器を一つくらい持っているのが標準である。


 ガーゴイルがドロップする毛革から作られたコートは、かなりワイルドな風貌である。

 しかし、あれが快適だとかいう話で、非常に高値で売られている。

 俺が大量に出した革の服も、村上さんが頑張って売っているらしく、上下セットですでに出回り始めていた。


 なんせ200着くらい出したのだ。

 いい金になるというなら、今日もレックス狩りをしてもいいが、俺のレベルを上げるには無数に狩りまくる必要がある。


 俺としてはもう少し手ごたえのあるやつと戦いたい。

 レックス地帯から5キロは歩いた頃、やっとハイゴブリンが現れた。

 またこいつらの相手かと嫌になるが、裏庭ダンジョンにいたのよりも少しだけ手ごわい。


 相変わらずファイアーボールと弓、それに近接武器である。

 適当に倒して回るが、魔光量的に経験値は良くなさそうだ。

 俺はここで下に行く階段を見つけなければならない。


 それにしても、地図を見ながらでも戻れなくなりそうな入り組み方だ。

 俺の頭の中にある地図は、この世界が地球に来る前のものだから、位置関係くらいしかあっていない。


 その位置関係もだいぶ変わってしまっている。

 おそらく地球に現れた時に、崩れたりずれたりしたのだろう。

 もしかしたら埋まってしまった場所もあるかもしれない。


 ハイゴブリンが槍と盾、それに弓を落としてくれるのはありがたい。

 そしてファイアーボールとアイスダガーのスペルスクロールも落ちる。

 あとは加護の影響で、剣やら斧やらの近接武器がまともな値段で売れるようになったかが重要だ。


 よほどのことがない限り、パーティーで役割分担するのが一般化するだろう。

 そうなれば様々な武器に加護によるボーナスがあるから、使用される武器は分散するはずだ。

 例えば敵に近づけば近づくほど武器の威力が上がるとかいった加護もある。


 行きつ戻りつしながらレックスとハイゴブリンを倒しつつ10時間ほど歩きまわったが、下に降りる階段は見つけられなかった。

 図書館の情報よりも数キロ単位でずれているようだ。

 仕方なく、安全そうな場所を探し大円天幕を出して一休みすることにした。


 天幕の中は中心にたき火ができるようになっていて、ベッドが置いてある。

 そして、どういうわけか外の気配がわかるようになっていた。

 火は特に燃料などなくてもつけられるが、あまり使いすぎると高エネルギー結晶体が必要になってしまう。


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